156.次なる戦場へ
皆ちゃんと考えていたんだなあとオッサンは思ったのだ
「疲れているところを呼び立ててすまんな」
「いえ、一晩しっかり休めましたので、お気遣いなく」
セクンディ侯爵の詫びに、頭を下げて応える。実際、柔らかいベッドで休めたのだから問題はない。
「それで、私に何か御用でしょうか」
「うむ……実はな」
私の問いに応えたセクンディ侯爵の話は、「神聖ガイア王国西の国境を越えて、フェイゼ国軍らしき勢力が侵攻中である」というものだった。
……兵士が呼びに来た時に感じた予感は当たりだったようだ。
「私にお話になるということは、その軍勢には魔物が混じっているということでしょうか?」
「……いや、混じっている、ではない」
私の確認に、侯爵は「誰が見ても分かる魔物が大半である」と答えた。そして「その数は少なくとも推定、五十万」と続ける。
これはちょっと予想外だった。
神聖ガイア王国・国王に憑依した名もなき神は、十万の人間を魔物化させて使役した。ヴァラールの話を信じるなら、これは数年間に渡って行われていたらしい。
そしてフェイゼ国は、ガイア王国よりも前に名もなき神の魔石を受け入れた国だ。だから十万以上の軍勢になっていてもおかしくはないのだが、五十万というのは……。
――いや、よく考えれば教皇の生み出したスケルトンは五十万どころではなかった。森という森から湧いて出てきのだから。
たまたま「精霊光」を即興で作れたから楽に対処できただけだった。
であれば今回の名もなき神は、どこにでもいる魔物を使役しているということだろうか。そういうことなら五十万が百万でも不思議はない。
際限なく操れるとは考えたくないが……。
「現在、王都にも報せが走っている。だが、その頃にはすでに王都に魔物が到達しているだろう」
「……飛行型がいる、と?」
「そういうことだ」
それは最悪だ。
確かフェイゼ国は元々岩山が多く、飛行型の魔物も多いという話だったはずだ。さらに度重なる戦争で国土は荒廃、荒れ地や砂漠が土地の大半を占めるようになっているとか。
そうなれば魔物は当然、増えているだろう。飛行型もだ。それらを自在に集めて軍を編成しているなら、「空軍」が真っ先に王都を落としに行くのは想像に難くない。
「分かりました。対処に向かいます」
「……よろしく頼む」
私の言葉に、侯爵は苦虫を噛み潰したような顔で応えた。おそらく自分に何もできないことが悔しいのだろう。良い意味で「貴族らしい貴族」という感じの人だなあ。
「ということで、私は王都北へ向かう」
女性陣の部屋に戻り、私は事の次第を説明してから、そう宣言した。
「私も――」
「ちょっと待って、もう一つ話しておかないといけないことがあるから」
グレイシアの言葉を止め、私は話を続ける。それは「進化」に関することだ。
このまま次の戦いに臨めば、全員、進化することは確実。だから子供たちには、もう戦いに参加してほしくない。私の思いはこれに尽きる。
人として生きるのなら、家族と同じ時間を過ごしたいのなら「進化」はすべきではない。
元々短命な種族であるコナミ、エリザベート、アルジェンタムは特に。
シェリーはクォーターエルフだから、単純計算で二百~二百五十年は生きるだろうが……やはり大きく寿命が延びることには違いない。なにせ進化種は千五百年は生きるのだ。
名もなき神さえいなくなれば、魔物もこれ以上増えることはないだろうし、統率者がいなければ種を超えて徒党を組むこともなくなるだろう。
そうなれば、大量の魔物と連日戦うようなことも、まず無くなる。
つまり九度目の昇級をする可能性は、今後の生活ではほぼ無くなるということ。
だから、ここが分水嶺なのだ。
「よく考えて、決めてほしい」
私の言葉に、子供たち全員が沈黙する。
だが、それはほんの数秒のことだった。
「アルは進化する。おとうさんを一人にはしない」
最初に声を発したのはアルジェンタム。お父さんというのはアルジェンタムの実父・クラーツのことだ。
彼は神狼族最後の一人と思われていた人物で、長きに渡って竜人族と共に生きているらしい。であるなら進化しているということだろう。
アルジェンタムは父と共に生きることを選んだということか。
「私も。おばあちゃんをソウシ一人に任せてはおけないわ」
次はシェリー。どうやら私が頼りない、ということのようだ。こんな時に、そんなこと言われるとは……。
グレイシアは何故かニコニコしている。
「……ごめんね、私は行かない。お父さんとお母さんと一緒に年をとるよ」
「私もです。我が家が永代貴族になった以上、長生きしすぎる者は邪魔になるでしょう」
コナミ、エリザベートも続く。少しずつ違うが、家族のための選択ということだろう。
それで良いのだ。
「わかった。それじゃあ、グレイシアたちはグランツと一緒にガイア側の街道上を東へ。私はさっき言ったとおり、王都北に向かう」
「了解よ。飛行型を片付ければいいのよね?」
「うん」
子供たちの答えに頷き、戦うことを選択した仲間たちに指示を出す。グレイシアは行動の確認をし、私はそれを肯定した。
今回、最も厄介なのは空を飛ぶ魔物である。まずはそれを漏らさず撃破する。
さあ、行動開始だ。
セクンディ侯爵領・領都セクノから南西に流れる川の上空を私は飛ぶ。川に沿って移動すれば、ベナクシー王国・王都の少し北にたどり着くのだ。
馬車であれば直線距離でも四日はかかる距離も、空を飛べば一時間もかからない。
これは進化したことによって得られた強化の一つだ。
四十分程すぎた頃、眼下にはアルムット士爵家の治める村が見えてきた。
どうやらフェイゼ国軍は、まだこの辺りには来ていないようだ。となると現在地は、もう少し北東か。
ほんの少し左に体を傾け進路を修正する。荒れた山と平原が眼下を通り過ぎ、正面下方に豊かな森が現れた。王家の管理する領域を含んだ森だ。王都の湖へと続く川が流れ出ているのも見える。
そしてその北側に、雲霞のごとき無数の黒点が飛んでいるのが確認できた。
まだ何十キロも離れているのに、大量の瘴気が漏れ出ているのが感じられる。間違いなく魔物の群れだ。
「まだ山を越えたばかりってところか」
いいタイミングだ。ここなら地上への影響を考えず、大魔法をぶっ放せる。
さて、ここで使う魔法だが――。
「アレから行ってみようか」
私は一気に速度を上げ、魔物の群れ前方をフライパスする。と同時に風の魔法を発動、飛行の軌道に沿って酸素と水素を奪ってゆく。
するとそのラインを通過した魔物の多くが、フラフラと高度を落とす。酸素の足りない空気を吸って「窒息」したのだ。
「上手くいったな」
私は西に向けて急速旋回しつつ、眼下を確認しほくそ笑む。しかし、これで終わりではない。
次は、もはや「お馴染み」と言っていい魔法をお見舞いするのだ。
「爆裂陣」
発声と共に、先程集めた酸素と水素に着火、半径数百メートルの空間に轟音と衝撃波が発生し、ワイバーンを始めとした飛行型の魔物の多くを引き裂いた。
ここに、戦いのゴングは鳴らされたのだ。