154.三柱目・撃破
これは凶悪なコンボだとオッサンは思ったのだ
まんまと名もなき神に騙され、おそらくは「分体」と思われる触手巨人と戦っていた私は、その核を成していた食屍鬼・グールに対処し、一路セクンディ侯爵領・領都セクノへと飛んだ。
タイミングがいいと言うか悪いと言うか、私が到着する直前に触手巨人が大規模な攻撃に出た。
「石壁」
一気に戦場へ急降下しつつ、防壁魔法を発動させる。
何人もの兵士が吹き飛ばされていく様を見つつも、私は彼らをそれ以上傷つけられないように、触手による攻撃を「石壁」が地面から生える勢いを利用し、すくい上げる形でさばいた。
ハイヒューマンに進化したことで、同時に展開できる魔法の数は飛躍的に増している。そのおかげで、なんとかほとんどの攻撃を受けそうな人を守ることができたようだ。
「ごめん、皆。来るのが遅くなった」
適当な石壁の上に降り立ち、「妖精の唄」の仲間たちの顔を見回しながら謝罪する。
幸い、みんな大怪我をしたりはしていないようだ。
そして予想通り、コナミとエミリアはエミリアの母らしき女性を治療中だ。
見たところ効果の程は芳しくはないようだが、暴れるようなこともなく「回帰」を受けているので、たちまち問題が出ることはなさそうだ。
後の問題は、二人がどの程度の時間「回帰」を行使し続けているか、という部分か。治療中に魔力が切れては困る。
なんにせよ、さっさと名もなき神を倒して、私も治療に参加すべきだろう。
「おのれ、人間ごときが! 私の邪魔をしおってぇ!」
名もなき神=触手巨人が吠える。何百メートルかは離れているのに。耳元で怒鳴られているような声量だ。
……分体と同じことを言うんだなあ、でもちょっと滑舌がいい。などと私は場違いな感想を抱いた。
「あまり時間はかけたくないから、一気に行こうか」
一言つぶやき、私は石壁を蹴って再び空に舞い上がった。
「土壁」
そしてテンタクルジャイアントの巨体を収められるサイズの穴を作るべく、魔法を発動する。懐かしの落とし穴戦法だ。いきなり落とされた巨人本人は、表情もわからない顔なのに戸惑っているのが見て取れる。
とはいえ、相手の大きさから槍で突いていてはどうにもならない。だから今回は魔法を使う。
「蛟」
私の言葉とともに、城壁の水堀にも使われている川から巨大な水の蛇が生まれる。これはグレイシアの「水流槌」と似た「水流壁」のアレンジ魔法だ。
近くに水場があることが前提だが、巨大な魔物を相手にする際に使うことを考えて開発したもので、魔力を供給し続けることで自在に操作することが可能となる。
その水蛇を操り、穴の中から触手巨人が逃げ出さないように押さえつけつつ、その全身を水に濡らす。当然、蛇からこぼれた水は穴の中にも溜まってゆく。
「グランツ、全力で頼む」
「ウォン!」
グランツに声をかけると、彼は一声吠えて蛟に右前足を触れ――。
「ウォオオオオン!」
全力で「電撃」を発生させた。
「ガガガガガガァアアア!!」
グランツの放電は水を伝い、一瞬で名もなき神の巨体に流れ込んだ。それは辺り一面を白く照らし出すほどの光を伴い、水をどんどん蒸発させてゆく。名もなき神も絶叫を上げるほどの威力だ。
そして、水はただ蒸発しているわけではない。電気分解されているのだ。
自然の雷であれば一瞬で終わりだろうが、グランツの「電撃」は長時間、それも全長数十メートルはあろう「蛟」の大半を気化させるほどのものだ。
「グランツ、アレいくぞ」
私の言葉で、グランツは大急ぎでその場を離れて地面に伏せ、両耳を両前足で覆った。それを見てか、シェリーが「みんな伏せて耳ふさいで!」と呼びかける。
そう、アレというのは――。
「爆裂陣!」
これだ。
私の声で魔法が発動し、酸素と水素に着火すると同時に耳を聾する爆音と、戦場の空気を劈く衝撃波が発生した。
その破壊力は、断面を見ると南側が土壁によって長い部分を構成した「し」の字型のすり鉢状に掘られた穴によって、穴の中心に位置する触手巨人に集中する。
谷間でもないのに、戦場中に轟音がいつまでも木霊し続ける。衝撃の大半は上空に向かって吹き上がったが、熱風は地上にまで及んだ。どうやら「土壁」による防壁で、なんとか、南側に位置する友軍に被害は出ていないようだ。
とはいえ、砕けた地面から吹き飛んだ土は広範囲に渡って降り注いでいるし、キノコ雲まで発生している。
……ちょっと威力ありすぎたかも。怖い。
「まあ、これでかなりのダメージは与えられた、かな」
自分のやったことに若干引きながらも、私は爆心地の様子を確認する。
穴の内側の土はすっかり溶けて、マグマのように赤熱していた。これが冷えて固まればガラスのようになるのだろう。
穴の底に横たわるテンタクルジャイアントは、アインス側での戦いで「招雷」を受けた個体同様、真っ黒に炭化していた。当然、末端部の触手は全て消し飛んでいる。
「さて……あっちでは、このあと『骨棘』による自爆まがいの攻撃があったけど」
相手が行動するまで待ってやる理由はないな。
おあつらえ向きに激しい雨も降ってきたことだし、次なる攻撃に移ろう。
「石槍」
名もなき神の下の地面から石の槍を発生させ貫く。「ガッ」という苦悶の声が聞こえてきたが無視する。
発生させた槍の戦端に鉄が集まるように意識、そして上空の雷雲に向け、「電磁砲」で鉄でメッキされたドラゴンの牙から作られたボルトを発射する。
これにて「招雷」の完成だ。ボルトに落ちた雷を呼び水にしたかのように、地上の巨人めがけて幾条もの雷光が突き刺さる。
なんというか、このコンボは「地震雷火事オヤジ」という感じだな……。
アホな感想を抱く間に雷は収まり、炭化していた触手巨人は跡形もなく消し飛んでいた。あとに残ったのは大きな魔石一つ。
これで一先ずは区切りがついたか。
地上に降り、まだ赤熱している落とし穴を火の精霊をその場から移動させる「火払い」で急速冷却し、名もなき神の魔石を回収する。
「今回は意外と苦労なく倒せたか……。次はエミリアのお母さん、だな」
手の中の大きな魔石が本物であることを確認しながら、私はそう独りごちた。
「ソウシさん! コナミとエミリアを!」
仲間たちの所に戻った私に、エリザベートがそう要請する。
私は一つ頷き、エミリアの母の背に手を触れると即座に「回帰」を発動させた。すると彼女の体から大量の瘴気が排出され、私の手に持つ神の魔石に吸い込まれた。
「これは……」
私が魔法を維持している間中、魔石による瘴気の吸収はエミリアの母の体から瘴気が放出されなくなるまで続いた。そして終了と同時に、彼女の体は糸が切れた操り人形のようにガクリと傾いた。
「おっと」
「お母さん!」
「ジーナ!」
私が慌ててその体を支えると、それまで必死に自分の「回帰」を維持していたエミリアと、彼女の関係者と思しきエルフの女性が駆け寄ってきた。
関係者でエルフってことはエミリアのお祖母さん、かな?
確認した限りではエミリアの母は健常な状態に戻ったようだ。アルジェンタムもグランツも、なんの反応も示さないから大丈夫だろう。
ふー、これで今回の戦いに関わることは全て片付いたか……。片付いたよね?