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152.領軍の活躍

 オッサンは教えたことの成果が目に見えるのは嬉しいことだと思ったのだ




 私の放った火・風の合成魔法「火災旋風」を浴びて多少数を減らした神聖ガイア王国軍もとい食屍鬼の群れは、案の定これまでと違う動きを見せ始めた。


 それは、戦場のある一点に集まるというものだ。しかも単に集合するということではなく、文字通りお互いに押しつぶし合いながら一つのまとまった肉の塊になってゆくという、おぞましいものだった。


 そうなると、この後の展開もなんとなく想像がつく。

 この状態はおそらく、二柱目の名もなき神であった教皇の「眷属の吸収・強化」と同様の効果を持つものだろう。


 教皇の能力に関しては、吸収すべき眷属を事前に私が片付けていたために不発だったが……。


「グオオオオ……オノレ人間ゴトキガ……」


 咆哮を上げて肉塊が立ち上がる。その姿はさながら死肉の巨人だ。

 ただ、下半身は人型ではなく大量の触手集合体で、腕も同様に特に関節などはない触手のようだ。


 とはいえ触手巨人――テンタクルジャイアントとでも呼ぶか――の恨み言を聞いてやる義理も、完全変態を待ってやる義理もない。


「火災旋風」


 ということで、私は躊躇なく二発目の大魔法をぶっ放す。炎の竜巻は巨人の眼前に発生し、触手を末端から焼き尽くしてゆく。

 このままおとなしく燃え尽きてくれれば楽なんだが……という私の思いを他所に、当然ながら抵抗は発生した。


 グールたちは加速度的に集まる数を増やし、燃やされる端からテンタクルジャイアントの体を再生させてゆく。

 火災旋風が収まるのが先か、触手巨人が耐えきるか、という勝負になっていた。


 だが、この戦場に立っているのは私と名もなき神だけではない。そして私の現在地はガイア軍のかなり後方。

 食屍鬼の軍勢がいきなり進行方向を変えたとなれば、当然、その後背を突くためにアインスナイデン辺境伯領軍が動くのだ。


 火災旋風の燃え盛るゴウゴウという音にも負けぬほどの鬨の声を上げ、領軍一千名余りが戦場を駆け抜ける。馬にも乗らず、自らの足で駆けるのは鍛え抜かれた兵の誇りと自信の表れか。


 それは過信ではないと状況が証明していた。整然と突進する軍勢がグール群の中央を貫くと東西二手に分かれ、敵軍を南北に分断。今度は南に残された食屍鬼の前進を阻むように横一列に布陣。


「土壁!」

「石壁!」


 次の瞬間には、あちこちから防壁魔法が発動され、あっという間に即席の城壁と空堀が作り上げられた。

 どうやら高さより厚みに主眼を置いて作られているようで、数千を超えるグールに空堀が埋め尽くされても、壁そのものが破壊されることは無いようだ。


「脇を抜けるものは放っておけ! どうせ雷神殿の魔法で燃え尽きる!」


 隊長の声が響き、領軍の兵士たちは壁の上から、ゆうゆうと魔物を討ってゆく。

 その様子は、私が以前、彼らに伝えたことが活かされているようで、場違いにも嬉しくなってしまった。


 ――こんなことを考えるとは、私も偉くなったもんだ。上から目線だよ。実際、今は上空を飛んでいるわけだけど。

 まあ、教師役をやったのは事実だし、この成果を素直に喜んでおくとしよう。


「グオオオ」


 そうして数分、次第に火勢が弱まり始めた。すると、それを見て取った触手巨人は、咆哮を上げ片方の触腕を大きく振りかぶった。私を叩き落とそうというのだろう。


 このままの位置だと地上の領軍が危険だと判断し、私は巨人の東側へと回り込む。それにつられてテンタクルジャイアントも身をひねり、大きくたわんでいた触腕は私を追うように解き放たれた。


 巨木の丸太よりもなお太い肉のムチが、戦場東の急峻な山肌に叩きつけられ、轟音を響かせる。

 むき出しの岩山の一角が爆発さながらの勢いで粉砕され、周辺何百メートルにも渡って大小の岩石を無数に降り注がせた。


「防壁だ!」


 再び隊長格の指示が飛び、領軍の兵たちがあわてて隊列の後方に「土壁」を斜めに立てて防御する。「石壁」にしなかったのは、砕けたときに負傷する危険を避けるためだろう。


 実際、土の壁は何発もの石礫を受けて崩れていったが、兵たちは無事に土の下から出てきた。

 私がこうして俯瞰していられるのは、文字通り上空に退避したからだ。


 こちらを見上げ、恨めしげに吠える触手巨人の姿が見える。しかし私が手の届かない所まで離れたのを好機と見たか、届かなければ届くようにすればいいと考えたか、再び眷属であるグールたちを勢いよく吸収し始めた。


 見る間に膨れ上がってゆく死肉の塊。だが、それはこちらとしても望む展開だった。


「アインス領軍の皆さん、全力で城壁に戻ってください!」


 風に声を乗せ、友軍に退避を促す。「遠話」の魔法だ。

 私の声を聞いた兵たちは即座に撤退を決断、未だ空堀と防壁の向こうで蠢く食屍鬼たちを蹴散らしながら南に向かって全速移動を開始した。


その様子を見届け、私は次なる魔法の準備にかかる。といっても既に半分ほどは完了している。

 どういうものかと言うと、火災があった後は雨が降る、というアレだ。既に上空には分厚い雲が生まれ、今にも雨が落ちてきそうだ。


 そしてそれに、もう一つ「上昇気流」をプラスする。積乱雲の内部をかき回すことで強い摩擦を起こす補助をするわけだ。そうすると……。


「来たな」


 目論見通り、真っ黒な雲の隙間からチカチカと電光が走り、ほんの少し遅れてゴロゴロという重々しい音が谷間に響き始める。と同時に激しい雨が降り始めた。


 それを見届けてから私も南へと退避し、十分な距離をとって最後の工程にとりかかる。

 両手にアースドラゴンの牙から作られたボルトを握り、右手は雷雲に、左手は触手巨人に狙いをつけ「電磁砲」を発動させた。


 左の矢は狙い過たずテンタクルジャイアントの額に突き刺さり、右の矢は雲を目指す。そして鉄でコーティングされたドラゴンボルトがある程度の高度に至った時――稲光が巨人に突き刺さり、耳を聾する雷鳴が地上に響き渡った。


「名付けて『招雷』ってところか」


 雷の直撃を受けてボルトの金属皮膜が撒き散らされたか、電光は何度も何度も地上を目指して落ちてくる。

 空気を劈く轟音が止まる頃、一身に落雷を受けていた名もなき神の現身である触手巨人は、真っ黒に炭化したした肉だった物の塊に成り果てていた。


 グールもまだ多数残っているが、巨人のもとに到達しても吸収される様子はない。

 やったか?と思ったものの、前回のことを考えれば、そう簡単に終わるわけもあるまいと思い直す。


 その予想を裏付けるように、テンタクルジャイアントの体内から白く細長い、おそらくは骨でできているであろうトゲが無数に飛び出した。

 それらは消し炭の体を吹き飛ばしながら全方位へと放たれ、近場にいた食屍鬼たちをひき肉にし、私のもとまで飛来する。


 なんとか回避しながら更に上空に退避すると、勢いを失ったトゲは放物線を描いて地面に落下していった。

 なんとなく噴水を思い出す光景だったが、その破壊力は凄まじく、戦場となっていた場所をあっという間に畑のように耕してしまった。


 東西方向に放たれた物は岩山に突き刺さり、いくつもの崖崩れを生み出す。

 そうして次々に崩落する岩によって地面が埋め尽くされるのに、さほどの時間はかからなかった。


 大惨事が収まり、さあ、ここからが本番だと身構えていたのだが……名もなき神がいるはずの場所には何もいなかった。

 いったい、どういうことだ?


 ……まさか、逃げたのか?


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