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エミリア 2

 祖母




 もう夜も大分更けた頃、戦いの準備を整え、私たちはセクンディ侯爵領・領都セクノに向かった。

 同行を申し出た私に、グレイシアさんは「決して無理はしないこと」だけを約束させ、あとは何も聞かずに許可を出してくれた。


 他のメンバーも聞きたいことはあっただろうけど、やはり何も聞かないでいてくれた。

 正直なところ、まだ覚悟は決まっていない。母が魔物となっていたら、どうするのか……。


 グランツの背で悩む私にお構いなしに、どんどん道程は消化されてゆく。

 普通ならイニージオの町から四日はかかる道のりも、空を飛ぶ巨大狼のスピードなら、わずか一時間にも満たない。


 しばらくすると、それまで全くと言ってよいほど光のなかった地上に、大きな明かりが集まっている場所が現れた。

 神聖ガイア王国との国境となっている砦、セクノだ。


 まだ戦端は開かれていないのか、街の北側には何も見えない。


「グランツ、門前に降りて頂戴」


 グレイシアさんの言葉に従い、高度を下げるグランツ。

 セクノの街中はほとんど人気がなく、たまに見えるのは武装した兵士たちの姿くらい。


 北門の周辺には多くの人影があり、東側にある侯爵邸と南北門との間を少数の伝令と思しき兵が慌ただしく行き来している。

 まだ布陣が整っていないのだろうか?


「探索者団『妖精の唄』です。依頼を請けて参りました」


 グランツはセクノ南門から少し離れた場所に着地し、グレイシアさんが一人、その背から飛び降りて大声で名乗りを上げる。

 門を守っていた兵士には、しっかり通知がなされていたようで、ビシッとした敬礼の後に「どうぞ、お通りください!」と返事があった。


 門衛二人のうち一人が、大門の脇にある関係者用と思しき通用門を開けて私たちを迎えてくれる。

 戸の向こうには馬車が停められていて、こちらも準備が整えられているようだ。おそらく、これに乗って侯爵邸へと移動するのだろう。


 侯爵様って、どんな人なんだろう……。




「来てくれたか……本来であれば、全て我らが対処すべきなのだがな」


 痩せた体にハゲた頭、前に反り上がったアゴ髭。しかし覇気に満ちた様子……。屋敷の門前で会った侯爵様は、いかにもキャリアの長い騎士という感じの人だった。


 私たちを歓迎しながらも、騎士・貴族として割り切れない部分があるのか、その表情は渋い。


「ひとまず、現状の確認をしてもらいたい。……誰か、彼女たちを上に案内しろ!」


 侯爵様の言葉に従い、兵士が私たちを北の城壁へ先導する。屋敷からはそれなりの距離があったが、昇級を重ねている身には大した労力ではない。……やってる時はキツかったけど、五度昇級しててよかった。


「……確かに、貴族らしき人が四人いるわね」


 城壁上から北を睨むように目を眇めたグレイシアさんが、そうつぶやく。

 私には裸眼ではハッキリと見えないため、軍の動向を監視している兵士の一人から借りた望遠鏡でガイア側を確認する。……確かに、いる。


「エミリア、どう?」

「……うん。間違いない、と思う」


 シェリーの問に頷き、答える。

 神聖ガイア王国軍……いいえ、魔物の軍勢の先頭にいる四騎。ダイヤの形に並んだ南の頂点、そこにいるのは、私の母・ジーナ。


私には、母が魔物になっているのかどうかは判断できない。でも、グランツとアルが目を離さない、ということは……おそらく。

 そうなると出発以前から考えていた「どう対処するか」という問題に直面する。


 ――殺すのか、それともソウシさんがしてくれたように、最後まで救うことを諦めないのか。

 救うにしても、私もコナミも彼ほどには昇級もしていないし「回帰」を使いこなせてもいない。


 それに母自身が、救われることを望んでいるのかどうか……。


「動きだした……!」


 私の懊悩を他所に、シェリーの言葉が響く。

 慌てて望遠鏡を覗き込むと、全隊が整然と移動を始めたのが見えた。

 これまで動かなかったのは、単純に後方の部隊がたどり着いていなかっただけなのかもしれない。


それはそれとして、私の覚悟が決まっていない。いったいどうすれば……。


「えッ!?」


 その時、神聖ガイア王国の軍勢後方から火の手が上がり、城壁上から監視の目を向けていた者たちから驚きの声が発せられた。

 望遠鏡を動かすと、確かに何者かによって軍勢が燃やされている。


「あれは、火の上級魔法『業火球』ね。それと……エルフ?」

「髪が赤っぽい」


 グレイシアさんとアルの言葉に、私は一人の人物を思い浮かべた。火の魔法を操り、赤みがかった髪を持つエルフ……。


「おばあちゃん……」


 たまたま望遠鏡を動かした先に、その姿を捉えた。

炎と敵の大軍の中を舞うように駆け、二本の短刀で次々に敵兵の首をはねてゆく。炎に照らされた髪はより深い紅に輝き、返り血に塗れてなお美しい容貌。


 あれは間違いなく、私の祖母・ジーナだ。


「シェリー、アル、グランツ、行くわよ! コナミとリズ、エミリアはここで待機!」

「でも……」

「心配しなくても、あの四人に手は出さないわ。あなたのお祖母さんをフォローに行くだけよ」


 状況の変化に、グレイシアさんは即座に指示を飛ばした。思わず漏らした私の言葉にも、安心させるように応える。


「見たところ、敵はほとんど彼女に反応していない。でも、それもいつまで続くか分からないわ。だから上から拾ってくる」


 いい子で待っていなさい。そう言いおき、グレイシアさんたち三人は、巨大化したグランツの背に乗って城壁から飛び立った。




 空を駆けるグランツを見送って十分ほど。未だに彼女たちは戻ってきていない。

 どうにも祖母が共に逃げることを受け入れていない様子だ。レンズ越しに、グレイシアさんが地上に呼びかける姿が見える。


 既に三度ほど新たに炎の魔法が放たれ、ガイア軍の中ほどまで火の手が広がっている。その轟音と真っ赤な光は、セクンディ侯爵も城壁に慌てて上がってくるほどの派手さだ。


 祖母は確か六度は昇級していたはずだが、それでも上級魔法をこれだけ使えば、魔力が枯渇してもおかしくない。


「おばあちゃん!一旦、退いて! その人たちは味方だから!」


 私は思わず、その場で叫んでいた。すると、どうしたことか祖母が反応を示したのだ。

 驚き、こちらに目を向ける祖母に、全力で手を振る。


 その時、私の後ろから強い風が吹いていることに気づいた。これは……風の魔法? 私が?


「声が届いたみたいだね。……白嶺さんが使ってた『遠話』かな?」


私同様、望遠鏡を覗いていたコナミがそう言う。どうやら私は気づかないうちに、遠くの人に声を届ける魔法を使っていたようだ。

 風属性の魔法が使えるようになっていることにも今気づいた……。


 祖母がグランツの背に飛び乗るのが見えた。どうやら私の声に応えて、こちらに来るつもりになったようだ。

 ――一時はどうなることかと心配だったけれど、なんとかなったようで良かった。


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