16.夜戦
夜の戦いは昼間よりずっと大変だとオッサンは痛感したのだ。
静かな夜のまま夜番が終わり、オズマが起き出してきた。現在の時刻は午前零時。夜番を始めてから五時間ほどが経過しており、ここから五時間が私とシェリーの就寝時間となる。
「お疲れ様だ。ソウシ、シェリー」
互いに朝というか起き出してきた時の挨拶を交わしながら、私たちは焚き火のそばに設置された簡単な椅子から立ち上がった。そしてオズマが交代に座ろうというところで、それは起きた。
「父さん! ソウシ! 森!」
シェリーの警告に従い、オズマが即座に剣を抜きつつ薪の一つを手に取る。私もあわてて左手に持った槍を腰だめに構えつつ、いつでも魔法を放てるよう右手に魔力を集める。
「何だ?」
「多分、狼」
端的に確認の言葉を交し合い、オズマは焚き火の左、シェリーは右、そして私は後ろへと陣取る。
とそこへ灰色の体毛を持った狼「フォレストウルフ」が飛び出してきた。その数五匹。森の端までは気配を消しつつ近づき、そこからは一気に襲いかかるつもりだったのだろう。
「ソウシ!シェリーの前に土壁いくぞ!」
森から道を挟んで数メートルの距離を狼が駆ける間に一声発し、オズマが土壁を発動、私もそれにあわせ焚き火から離れた場所、シェリーの更に右側に回りこまれぬよう土壁&落とし穴を設置する。
これは事前に取り決めてあった陣構成で、野営地の柵と土壁で一方をふさぎ、落ちればよし、そうでなくても攻められる方向を限定しようというものだ。
「よし!」
五匹中、シェリーを狙っていた三匹が土壁に衝突して落とし穴に落下し、二匹は穴を迂回しオズマに迫る。穴に落ちた狼は土壁が崩れたために頭から土をかぶり、脱出しようともがいている。
「二人は落ちたのを先に仕留めろ! 残りは俺が押さえる!」
オズマはそう指示を出すと手に持っていた薪を狼に投擲、二匹は火から逃れるように左右に別れた。
「火弾!」
私は穴から顔を出した狼に火の玉を打ち込み、シェリーもまた続いて穴から出てきたものに剣を突きたてる。
その間にオズマは二匹の左へ回り込みつつ巧みに距離をとり、同時に相手をしないように立ち回っていた。
「ソウシ! あと、お願い!」
穴から這い出てきた一匹をしとめたシェリーは、穴を迂回しオズマと戦う狼の背後を取るべく駆ける。その指示に従い、私はいまだ穴から出られない二匹の片割れに、もう一発の火弾を撃ち込んで止めを刺してから間合いを詰めた。
「シェリー! 跳べ!」
「!」
落とし穴を回り込んだシェリーの向こうに灰色の動くものを見つけ、私は大声で叫んだ。
その声に反応し、彼女は即座に横っ飛びすると、当てずっぽうで剣を振りつつ背後に振り向く。飛びかかろうとしていた新たな狼は、その剣閃に出鼻をくじかれ急停止した。
「まだいたの!」
「シェリー、こっちまで下がれ!」
増援の出現に驚きつつもオズマの指示に従いシェリーが間合いを空ける。私は、再び彼女に飛びかかろうとする狼の足元に魔法で穴を開け、目の前に残る一匹を突き殺した。
「ソウシ、ナイス!」
いきなり地面を失って穴に落下した一匹に、シェリーは喜色を浮かべつつ全力で突きを放つ。その一撃は狼の首筋を貫き、抵抗する間もなく絶命させた。
その頃にはオズマは一匹を切り伏せ無力化し、最後の一匹と交戦していた。それも彼が数度剣を振ると前足を深く切り裂かれ、地面に転がったところを一突きにされて動かなくなった。
「ふう……。シェリー、もう他にはいないか?」
「ちょっと待って……。待って、これ……猪!?」
狼の群れを全滅させて、深々と息を吐きつつ、オズマがシェリーに問う。しばらく耳を澄ませた彼女の反応は劇的で、驚きの言葉と供に目をむいて森を凝視する。
「ソウシ! 二重で行くぞ!」
オズマがそう指示を出すと同時に、重い足音を響かせ長大な牙を持つ猪「ブレードボア」が、藪を引きちぎりながら姿を現した。その体躯は日本では見たことがないほど大きく、軽自動車にも匹敵するのではないかと感じるほどだ。
「土壁ぃ!」
「土壁!」
オズマが発動する場所にあわせ、私も魔法を唱える。ついさっき増援の狼を落とした穴と同じ場所。位置を合わせることで、より穴の直径と深さを大きくするというわけだ。
「うっ」
次の瞬間、激しい激突音が響き、二重にしたことで一メートル近い厚みを持った土の壁が粉砕され、辺りに土塊が飛び散った。
「ブゴッ」
一瞬、穴を越えられたかと慌てたが、猪はなんとか穴に落ちていた。それも頭から。穴の縁からは下半身のみが見えている。さっきの鳴き声は落ちた衝撃で漏れたのか。
「土壁」
「「え?」」
そこで私は思わずもう一度魔法を使い、落とし穴を深くする。落ちる猪。もう後ろ足しか穴の外には出ていない。
「水刃」
「「あ」」
穴のそばに歩み寄ると、私はためらわず水のレーザーを放つ。すると猪は頭から尻まで綺麗に両断され、あっさりと動かなくなる。
というところで私も魔力が枯渇してその場にガクリと膝をついた。後衛とはいえ、ちょっと派手に魔法を使いすぎたようだ。
「なんともあきれた倒し方だな……」
「本当ね。普通は三人程度じゃ苦戦してもおかしくないのに……」
言葉の通り、心底あきれたと言わんばかりの表情を浮かべてそんな言葉をこぼす、オズマとシェリー。
「なんか、すみません……。ところで、もう魔物はいないんでしょうか」
いたたまれない気持ちになりつつ「魔力が枯渇してやばいのですが」と告げると、シェリーは慌てて耳を澄ませ、しばらくして「もう大丈夫」と答えた。
その後、立てない私はオズマとシェリーに引きずって小屋に入れられ、そのまま夜番の交代となった。
それにしても初の野営でこんな大変な戦闘を経験することになるとは、私のエンカウント率の高さも極まってきた感じがする。とても嫌だ。
せめて夜ぐらいは魔物に出会わないですむようにならないものだろうか……。