150.宣戦布告
予想通りだけどもうちょっと余裕がほしいのも事実なのだとおっさんは痛感したのだ
昼前に王都に到着した私は、湖上区の西門で「名もなき神の動向についての急報あり」と門衛に説明し、王城に先行してもらった。
その甲斐あってか、普通であれば何時間も待たされるはずの国王との面会があっさりと叶った。
「では、やはりガイア王国が動くと?」
「その可能性は高いと思います。何しろ、名もなき神の奴隷とまで名乗った人物の口から出た話ですから」
国王の反応から、ヴァラールとの一件を説明したことで一定の理解は得られたようだ。
ヴァラールの口から出た話というのは、「数万人の人間が魔物にされた」というアレだ。
当然のことながら、魔物にした後はどうするのか?という話になるのだが、これまで二柱の名もなき神を倒している我々がいるベナクシー王国にその矛先が向かないわけがないのだ。
「名もなき神が残り二柱である以上、ガイア、フェイゼと連戦になるか……」
「そうですね。二正面作戦とならなければ良いのですが……こちらの都合など考えてはくれないでしょうから……」
国王のつぶやきに、同席している騎士団長が応える。
現有戦力はアインスナイデン辺境伯、セクンディ侯爵の領軍がそれぞれ二千。王都に残っている騎士団がせいぜい千五百程度だそうだ。
国を守る兵力としてはいかにも心許ない気がするが、そもそも人間同士の戦争がまずない現状で大兵力を抱えておくのは金銭的な負担ばかりが増大するため、最初は万を超えていた軍も時代が下るにつれて段々と削減されていったらしい。
そのかわりに台頭していったのが探索者だ。
戦争はないけど、魔物との戦いの機会は減らない。だから、それを専門にする者たちを使おう。ということのようだ。
国軍とは逆にどんどん増えていった探索者は、現在ではベナクシー王国内だけでも数万はいると考えられている。
ということで……。
「相手が魔物であると分かっているのですから、探索者に急ぎ依頼を出しては?」
となるのだ。騎士団長のその判断は正しいだろう。
問題は、神聖ガイア王国が攻めてくるであろう、その時までの時間がどの程度であるかということだが……。
「失礼します!」
「どうした、騒々しい……」
ノックをする間も惜しいといった風情で国王の執務室の戸が開かれ、一人の兵士が駆け込んできた。その慌てた様子に、無礼を叱責しようと声を発しかけた騎士団長も思わず口を閉じる。
「なにがあった?」
概ね何があったかは理解しながらも、国王は兵士に問いただす。兵士から返ってきた答えは、予想通り「神聖ガイア王国からの宣戦布告」であった。
兵士によると、宣戦布告は隻腕の使者によってアインスナイデン辺境伯領にもたらされたという。
神聖ガイア王国・王都からアインスナイデン辺境伯領・領都アインスまでは馬車で約二日の距離だから、一両日中には戦端が開かれることになる。
それを聞いた国王の動きは早かった。即座に探索者ギルドに使いを出し、「避難民の護衛および街道周辺の警備」の依頼を辺境伯領に最も近いイニージオの町に出すように要請。
次いで、ガイア王国の軍勢が本当に魔物であるか否かを確認するよう、辺境伯領への急使を出す。また、セクンディ侯爵領への進軍の可能性を踏まえ、そちらへも警戒の指示を携えた使者を向かわせた。これらは一日でたどり着ける足を持った精鋭中の精鋭だ。
そして最後に、相手が魔物であると確認された場合の、探索者団「妖精の唄」への参戦要請である。
これは参戦と言いながらも、現場での行動はすべてこちらの自由というもので、ほぼ対名もなき神専用の遊撃部隊ということになる。
当然、私はその依頼を請けた。我々が穏やかに暮らすためには、名もなき神に退場してもらう以外に道はないのだ。
隠居する場所も王様がくれたことだし、早いところ何もかも片付けてしまいたい。
ということで、予想内の展開を含みつつ国王陛下との面会を終え、私は夕日に染まるイニージオの町へと急ぎ帰還した。
「そう……おじさんは完全に私たちの敵だったのね……」
一連の流れの説明を聞き終え、シェリーはそうつぶやく。隻腕の男が宣戦布告の使者であったという部分が、午前のことへのダメ押しになったのだろう。
わずか数時間で馬車なら十日かかる道程を踏破していることから、少なくとも六度以上の昇級を経た人物であることは間違いなく、タイミング的にも隻腕という特徴的にも、件の人物がヴァラールであろうことはほぼ確実だ。
詳しくはわからないが、両親の友人であれば幼い頃に可愛がられた記憶も、シェリーにはあったのだろう。そのことを考えれば、たとえ目の前で裏切りを告白されても「信じたくない」という気持ちがあるのが人情というものだろう。
こうして冷静に考えてみると、ヴァラールの様子は己の行いを後悔しているようにも感じた。もし私が彼と同じ境遇に陥ったら……おそらくは似たような行動をとっていただろうとも思う。
とはいえ……。
「敵である以上は、叩くしかない。私は、今夜のうちにアインスに向かうよ」
方針に変更はない。であるなら、最もヴァラールと関係の薄い私が動くのが良いだろう。
「ソウシ、あなた一人に押し付ける気はないわよ」
「分かっているよ。でも、説明したとおり、セクノにも敵が現れる可能性はある。だから、皆はそれに備えていてほしい」
グレイシアの言葉に、理由あってのことだと答える。彼女たちには少し冷静になる時間が必要だというのも事実だが、ミシャエラとエミリアのこともある。そばに付いている人がいる方が安心だ。
「……分かったわ。連絡はギルドから入るのね?」
「うん、国王陛下が全て差配してくださっているから、心配はいらないよ」
もう一度、グレイシアに答え、室内の皆を見回す。ミシャエラと、彼女を見ているオズマを除いた全員が揃っており、私の説明にも納得したようだ。
さあ、身支度を整えてから出かけるとしよう。
食事と入浴を済ませ、後のことをグランツに任せて私はアインスナイデン辺境伯領・領都アインスに向かった。
時間的に、まだ開戦はしていないだろうが、状況が状況だけに早めに動くに越したことはない。
上空から見下ろすと、すっかり日が暮れているにもかかわらず、多くの人々が街道を南下してゆく様子が伺えた。おそらくアインスからの避難民だろう。
どうやら特に混乱もなく移動できているようだ。国王からの要請がきちんと末端まで届いたということか。
護衛の探索者たちも油断なく周囲に目を配り、避難民のペースに合わせて歩を進めている。
アインスの手前まで到達すると、普段よりずっと多くの篝火が焚かれ、城壁を赤々と照らしていた。完全に戦時体制だ。幾人もの兵たちが行き来しているのも見て取れる。
そんな中で数人が、空を飛んで近づく私に気づいた。そして大きく手を振ると、どこかに駆けてゆく。おそらくは辺境伯に私の到着を報せに行ったのだろう。
「ソウシ! よく来てくれた!」
門前に着地して待つことしばし、予想通りアインスナイデン辺境伯が現れ、両手を広げて私を歓迎してくれた。
彼の全身は重厚なプレートメイルに包まれ、いつでも出陣できる準備が整っていることを伺わせる。
「既にガイア軍はあちらの砦を出たようだ。それと……」
領都内を移動するために馬車へと乗り込み、その道すがら辺境伯から現状の説明を受けた。
その話の中で、神聖ガイア王国軍が、少なくとも人の姿をしているとも聞いた。どうやら、斥候に出た兵では人か否かを判別はできなかったようだ。
となると、やはり私が確認に行くしかない。
辺境伯としては自軍の力でなんとかしたいところだろうが……さて、どうなることやら。