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148.裏切り

 さすがにこの展開は予想外だとオッサンは思ったのだ




 昇叙・叙爵された貴族たちが会場に揃って国王による開会の挨拶が行われた後、夜会は始まった。


 どうやら高位貴族の生き残りたちは今回、静観の構えらしく、新子爵、新男爵、新士爵たちが交流する姿に目を細めている。きっと今日まで様々な調整に奔走していたのだろう。


 そんな考察をしている私のところにも、何人もの親子、あるいは夫婦が挨拶に来た。大体はスケルトン大発生に対処したことへの感謝を告げられたが、一部「ウチの村にも来てほしかった」という苦情とも落胆とも取れる言葉を頂戴した。


 とはいえ、あちらも国中の惨状は理解しているので、気が緩んでつい愚痴を漏らした……という感じだと思われる。実際、誰もジメッとした所がなかったので、私も苦笑気味ながら和やかに話すことができた。


 戦勝式典の締めであり、大きな戦いの前の最後の休息といった風情の夜会は、終始明るい笑顔とはずんだ語らいに包まれた時間だった。




 王城の一室で一夜を明かした翌日、我々はイニージオへと帰還した。

 状況的にあまり余裕はないため、誰もがすべきことをするために動きはじめ、王城内に宿泊していた貴族たちも皆、それぞれの担当する場所へと慌ただしく向かう姿が見られた。


「久しぶりねぇ……」


 イニージオの町を目前にし、グレイシアが感慨深げにつぶやく。

 アインスナイデン辺境伯領軍への魔法指導から始まった一連の騒動で、二ヶ月ほど戻れなかった期間があったことと、その後数日だけ戻ってから(主観的には)また一月ほど出かけっぱなしになっていたため、なんだか物凄く長い間戻っていなかった気分になっているのだろう。私も同感だ。


 だが、そんな私たちの気持ちには全く関係なく、事態は動き続けているのだと、イニージオの東門をくぐった途端に理解させられた。


「どうしたのソウシ?」


 急に立ち止まった私とグランツ、そしてアルジェンタムに、シェリーが不思議そうに問うてくる。


「……みんな落ち着いて聞いてくれ。」


 通行の邪魔にならぬ様、大通りの脇へと移動し、全員の顔を見回して心構えをするように促す。

 皆の顔が引き締まったのを確認した私は、重大な事実を口にした。


「名もなき神に、似た気配がある」

「!!」


 グレイシア、シェリー、コナミ、エリザベートが驚きに目を見開き、顔を青ざめさせる。


「……この町に潜り込んでいると?」

「正確には、私たちの家に、だと思う」


 グレイシアの問いへの答えに、四人は絶句した。


「ただ、感じる圧力はそこまで大きくない。名もなき神自身ではなく、眷属か、それとも下僕か……そういう感じの存在なんじゃないかと思う」


私の補足に、彼女たちは目に見えて安堵した様子で溜息を漏らす。とはいえ名もなき神でなくとも、それに類するモノであるのは確定的だど感じているのも事実。それに……。


「オズマとミシャエラは気づいていないのかしら?」

「エミリアも、昇級回数から言えば気づいていてもおかしくないわよね?」


 グレイシアとシェリーの言う通り、ごく近い距離にいれば、この圧力を感じないということは考えにくい。とくに「同じ部屋にいる」のなら尚更だ。


「オズマさんたちは名もなき神と対面したことはないですけど……」

「……もしかしてプレッシャーが気にならない相手?」


 エリザベートのつぶやきに、コナミが言葉を継ぐように推測を述べた。

 それは私も考えたことだが……もしそうであるなら、名もなき神に関わりのある人物は、少なくともオズマ夫妻が警戒することなく招き入れるほどに親しい相手ということになる。


「……とにかく、このままにしておくわけにはいかない。今は何事も起きていないようだけど、安全とは思えないからね」

「相手が気づくかも知れないから、普通に帰宅するしかないわね……」


 私とグレイシアの言葉に全員が頷き、我々は急ぐことなく通りを移動しオズマ宅の門をくぐった。

 はてさて、鬼が出るか蛇が出るか……。




「皆、おかえりなさい」


 本宅の玄関をくぐった我々を迎えてくれたのはミシャエラだった。

 その様子におかしなところはなく、懸念された「名もなき神の眷属?」と思しき人物による影響などもなさそうだ。


「母さん、シェリー、今日は懐かしい人が来ているのよ」

「懐かしい人?」


 私たちの内心には気づかず、ミシャエラは笑顔でそう口にし、シェリーは怪訝な表情で疑問を漏らす。

 だが、説明される前に、我々は件の人物がいる応接室にたどり着いた。


「オズマ、エミリア、皆が帰ってきたわよ。母さんとシェリー以外は初めてね、彼は昔の仲間、ヴァラール」


 部屋の戸を開けて室内の者たちに声をかけたミシャエラは、振り返って我々に一人の男を紹介する。

 長身痩躯でタレ目。いかにも斥候役を担っていそうな出で立ちの、私と同年代であろう男だ。


「久しぶりだなあ、シェリー。それとはじめまして、だな、『雷神』に『聖女』、それと聖女の護衛さんと獣人の嬢ちゃん」


 男はソファから立ち上がりながら、皮肉な笑顔を浮かべて我々に向け挨拶の言葉を発した。


「はじめまして、私は――」


 私が挨拶を返すべく頭を下げた瞬間、男は行動を起こした。

 テーブルを飛び越え、ソファに戻ろうとしていたミシャエラを捕らえると、即座に東側の壁、窓のある方へと飛び退く。完全に狙った行動だった。


「ヴァラール!?」


 室内にオズマの困惑した叫びが響く。

 それも当然だろう。旧友が身重の妻を、まるで人質にでも取るかのように動いたのだから。


「ヴァ、ヴァラール? なんのつもり?」

「すまねえな、ミシャエラ。どうやら、俺のことは見抜かれちまってるみたいなんでな」


 ――こっから逃げるために、お前を盾にさせてもらう。

 ミシャエラの問いに、ヴァラールは躊躇なくナイフを抜き放ち、彼女の首に添えつつ、そう答えた。


「俺は、アレだ。名もなき神の奴隷ってやつなんだよ。……あれは大体、七年前か――」


 更に続けられた言葉は予想通りと言うわけではなかったが、意味合いとしては私が考えたことに近いものだった。

 彼は名もなき神の声に囚われ、唯々諾々と指示に従って動いてきたという。


 名もなき神の魔石を、フェイゼ、ガイアの各国王に献上し、ベナクシー王都の神殿に潜り込んで教皇を魔石の誘惑に抗わぬように誘導……。

 最後の魔石は人任せにし、後は傍観を決め込むつもりが、思わぬ妨害にあった。


「それが『雷神』、あんたを中心にした探索者団だったってわけだ」


 ――まったく参ったぜ。

 さして困った風もなく笑い、ヴァラールはそう言った。


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