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146.叙爵

 予定にないことをいきなりされると困るなあとオッサンは思ったのだ




 懸念していた「過剰演出」もなく、我々「妖精の唄」への報奨授与および戦勝記念の式典は、ベナクシー王国国王ウレクス・フレット・ベナクシー陛下による弔辞から始まった。


 戦勝と銘打っているのは、「多くの犠牲が出たけど国は大丈夫だ」という宣言のようなものだと思われる。

 実際、教皇を乗っ取った名もなき神は倒したし、国中に溢れていたスケルトンも大半は消え去った。明確な敵がいて、それを排除することに成功したのだから勝利といえば勝利だろう。


 とはいえ、甚大な被害を出した王都の貴族を始めとして、死者の数は確実に万を超えている。そのため、国王陛下も亡くなった人々への哀悼の意を表すことを最初にもってきたのだろう。


 それまでお祭り騒ぎだった王城前広場も、今は水を打ったように静まり返っている。控室で待機している我々の耳に届くのは、哀惜の念を帯びた王の言葉だけだ。


 ここからは見えないが、きっと故人を偲び涙する人もいるだろう。

 王都での戦いが終わったとはいえ、本当の意味で大変なのはこれからだ。長い時間をかけて、破壊された建物や傷ついた人々の心を癒やしていかなければならない。


 そして残る二柱の名もなき神を倒すこと。メインで戦わざるを得ないであろう我々にとって、これが最大の試練となることは想像に難くない。


 現在も王国の人員によって調査が進められているそうだが、芳しい成果は得られていない。

 十中八九、隣国である神聖ガイア王国に一柱が潜んでいるのは間違いないだろう。が、だからといって無理やり王侯貴族を調べて回るわけにもいかないし、ましてや平民の探索者に調査をさせるなど……だ。


 たとえ確実に見抜けるのが私とグランツしかいなくても、一足飛びに何かをすることはできない。それが国同士のつきあいというものなのだろう。なんとも面倒なことだ。


 これが物語やゲームであれば、主人公が我が身を顧みず行動するのだろうが……。まあ、私には無理というものだ。後々、確実に面倒事に発展するとわかりきっていることをやる度胸はない。


 ピュエラ殿下の話では、すでに神聖ガイア王国との国境の砦であるアインスナイデン辺境伯領・領都アインスと、セクンディ侯爵領・領都セクノでは、ガイア王国側からの侵攻に備えて軍備が整えられつつあるそうだ。


 名もなき神に率いられていたとしても、国同士の戦争となると探索者の出番は基本的には無い。

 かつては一時的な徴兵もあったらしい。だが、悪意を以って人を害せば女神の加護が失われるこの世界で、それのみを頼りに生きる者たちから戦う力の一端を奪うことになりかねないという事実が、平民や探索者に対する強制的な徴兵という選択肢を国からなくしていったのだ。


 そういった事実を顧みず戦に明け暮れた国は、大半が滅んで別の国になったり、他国に吸収されたりしたという。

 唯一といっていい例外が、大陸東に広がるフェイゼ国だ。この国はつい数年前まで戦争を続けていたそうで、国民を動員しまくるせいで女神の加護を持っている者のほうが少ない有様だとか。


 話が逸れたが、要は平民から税を取っている貴族と職業軍人のみで戦うのが、現在の戦争の大前提になっている。

 だから後は王国の調査員に任せ、確実な証拠を得るのが先か、名もなき神が動くのが先か……という、凄まじく分の悪い競争をするだけだ。




「ここで此度の戦で多大な戦果を上げた、いわば救国の英雄である探索者団『妖精の唄』へ褒賞を授ける」


 それなりに長い国王陛下の言葉が終わり、いよいよ我々の出番だ。先導の騎士に従い、控室からバルコニーへと出る。私、グレイシア、シェリー、コナミ、エリザベート、アルジェンタム、そしてグランツ。エミリアは事が終わってからの加入ということで、今回は不参加だ。


 にわかに王城前に集まった人々から歓声が上がる。その大音量に若干圧倒されながら、一つ頭を下げてからバルコニーに歩を進める。バルコニーは二段構造になっており、上段に王族が立ち、私たちは下段だ。広場からも姿がよく見えるように、という配慮からか、下段も二階の屋根くらいの高さがある。


 私たちは下段バルコニー中央まで進んでから王に向かって膝を付き頭を垂れる。

 私を最前列中央に、二列目がコナミとグレイシア、三列目にシェリー、エリザベート、アルジェンタム、グランツという並びだ。


 ちなみに我々の装いは武器のみ持たないフル装備。これが探索者の正装……というのもあるが、「戦いを目撃した者たちにとっては、その姿こそが英雄の姿」という国王陛下とピュエラ殿下の意向に沿った結果でもある。


「面をあげよ」

「はっ」


 陛下の言葉に従い、我々は顔を上げた。

 王様というと白髪白髯にでっかい王冠とぞろっとした服というイメージだが、眼前の人物はまったく違う出で立ちだった。


 スラリとした体格に甘いマスク、ストレートの長い金髪と短く整えられたヒゲ。マントこそ絵に描いたように豪華な物だが、頭には王冠ではなくシンプルな銀のサークレットがはめられ、ふわりとした絹のように光沢のある純白のシャツに、タックが入って膨らんだスラックス、そして落ち着いたこげ茶色のブーツ。腰に佩くのは細かい金と宝石による細工が施された護拳が付いたサーベルだ。


 王の背後には豪奢な装飾を施された白銀の甲冑を身にまとう数名の騎士。おそらくは親衛騎士だろう。なかなか強そうだ。


「探索者団『妖精の唄』団長ソウシよ、此度の戦功を讃え、そなたに名誉士爵の位を授ける」


 王が口を開くと再びあたりはシンと静まり返る。

 サーベルを抜いた王が壇上から私の肩に刃の腹を乗せるように手を動かした。叙爵の際に行われる儀式を簡易的にしたもののようだ。


「また、数多の民を救うための尽力を讃え、名誉男爵へ昇叙するものとする。そして褒賞として十万ガイア及びポルト南方の島を与える。この島は永年の免税とする」


 ……叙爵は聞いていたが、いきなり昇叙は聞いてないよ? それに金はともかく島って……。釈然としないが、とにかく返事だけはしないと。


「はっ、ありがたき幸せ」


 これだけでいいのか?と思うが、「名誉」付きの爵位は言ってみればちょっと優遇された平民みたいなものらしく、永代貴族と違っていちいち忠誠を誓ったりはしないものだそうだ。エリザベートの実家であるアルムット家もこれだね。


 私が陛下の下知に応えたところで、再び大きな歓声が上がった。「国王陛下万歳」「ベナクシー王国万歳」「雷神男爵万歳」などなど、人々は口々に喜びを叫ぶ。しかし、雷神男爵て。まあ、家名がないのだから仕方ないといえば仕方ないのだが。


 ひとしきり背後からの大歓声を浴び続けた我々は、陛下の「下がってよし」の言葉に従いバルコニーを後にする。退出前に王城前広場に集まった人々に頭を下げ、控室への扉をくぐった。


「おめでとう、ソウシ男爵」


 そう声をかけてきたのはエリザベートの父、ジョージ・アルムット士爵だ。隣にいるのは息子のデビッド。

 アルムット親子以外にも控室には老若あわせて二十人以上の男性がいる。彼らは全員、昇叙あるいは叙爵するのだ。


 我々が室内に戻ると、最も爵位の高い者が呼ばれ控室を出ていく。上から順番に昇叙、叙爵の儀式を行なうらしい。


「ありがとうございます」


 本当は爵位なんてまったく欲しくなかったのだが、場の空気を読んで私は素直に礼を言っておくことにした。


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