140.事情説明
前提がある程度整っていると助かるなあとオッサンは思ったのだ
白浜親子がひとしきり再会を喜びあった後、私達は(グランツだけは庭で番犬状態だが)あっさりと白浜家に招き入れられていた。
というのも白浜夫妻が私のことを知っていたからだ。
彼らが娘の行方を調べ続ける中、コナミと似た状況で失踪したのが私だけだったという事で、何らかの関係があるのではないかと考えていたらしい。
私の失踪当時は、ニュースなどでも二件の失踪事件の関わりを取り沙汰する物もそれなりにあったそうだ。
結局の所、現在に至るまで何の手がかりも無かったわけだが、こうしてコナミと私が揃って現れたことで白浜夫妻の推測は正しかったと証明されたのだった。
それから我々がどこに居てどう過ごしていたのか、という話になったのだが……。当然のことながら「異世界で魔物と戦ってました」と言われて納得できるほど白浜夫妻も頭柔らかくはなかったようだ。
「じゃあ、魔法使ってみせるよ。二人共、体の調子悪い所とかない?」
論より証拠、とばかりにコナミが宣言する。白浜夫妻は戸惑いながらも娘の言葉に従い、各々「腰が痛い」「膝が痛い」と答えた。
「了解。いくよ……回帰」
コナミが魔法の名を口にすると、いつも通り青い光が部屋を照らし出す。「暗視」を使っていない白浜夫妻には、ごく弱い光が発生したように見えているだろう。
それでも効果は覿面だったようで、彼らは身をのけぞらせて驚いた様子を見せた。
そして、しばらくして違う驚きを宿した表情に変化する。「回帰」が効力を発揮したのだろう。
「おお……」
「これは、いい気持ちだねえ……」
旦那さんは肩を回したり膝を上げ下げしたりし、奥さんは腰を伸ばしている。その顔も驚きから感心したような安堵したような物になっていた。コナミもその様子を見て満足げだ。
その後は、ある程度納得した(エルフであるグレイシアの耳を見せたり、獣人であるアルジェンタムの耳と尻尾を見せたりもした)白浜夫妻と今後の事を相談した。
というのも、コナミは十二年も前に失踪したのに実際にはまったく年をとっていないため、何事もなく帰還を祝って中学校に復学とは行かないからだ。
それに彼女が帰ってきたことが世間に知られれば、ほぼ確実にセンセーショナルなニュースとして報じられることになるだろう。
事細かに調べられたり、コナミの行動に張り付かれたりすれば彼女が普通ではない事もバレかねない。
今のコナミは単純計算で三百キログラム程度の物を一人で持ち上げられるし、走れば時速二百キロメートル程は出せる。
ガイアでは長距離を徒歩で移動することも多かったため、意識せず歩いただけで常人の全力疾走並のスピードになってしまうし……。
要するに、普通に行動しただけで大惨事になる可能性が物凄く高いのだ。かといって、生涯、隠棲というのも現実的ではない。大体、それでは教会に軟禁されていた時と変わらなくなってしまう。
結局、この話はすぐに結論が出るものではないということで、一旦、打ち切ることとなった。
それに、ここまで話しておけば軽挙妄動は謹んでもらえるだろう。
しばらくは、ひっそりとでもコナミの帰還を喜んで貰えれば良いと思う。
白浜夫妻の好意で、我々は彼らの所有するアパートの一室を借りられることになった。一室と言っても家族用なので、三部屋にキッチンとバス・トイレ付きだ。
白浜一家がコナミの今後にどんな結論を出すにしても、それを待つ間どうしても拠点は必要になるので非常に助かる。
向こうで作ったり買ったりした貴金属のアクセサリー類を白浜夫妻に渡して売ってもらえるのも、日本で過ごす上で大きな助けだ。先立つものがないと何もできないからね。
翌朝、とりあえずは私が必要な物を買いに行く事になったのだが、異世界組は見たこともない街を観光したくてたまらない様で、誰が一緒に行くかで一時、議論が紛糾した。
結局、誰が外出するにしても変装しなければならない事から、女性陣のスリーサイズなどのデータを持って私とコナミが出かけることになった。
さんざん議論してからその事に全員が気付いて、みんな揃って苦笑いだった。
「まずはホムセン?」
「そうだね。グランツのリードとか、私達が使うマスクからかな」
見知った町並み……しかし、建て替えられたビルやテナントの変わっている店など、確かな時間の経過を感じさせる変化も見て取れる場所を、コナミと二人並んで歩きながら軽く方針を話し合う。
あちらでは何かする前には必ず話し合っていたため、自然とこういう流れになる。実に慣れたものだ。
ホームセンターまでは白浜家からだと二駅程の距離があるが、今の私達にとっては疲れを感じることもない距離だ。むしろ歩行速度が速くなってしまわない様に気を使うほうが疲れる事に、コナミと顔を見合わせて苦笑いする。
「気を抜くと危ないね」
「さっき窓に写ってる自分見て、すごい距離浮いて移動してるのに気付いたよ」
外を歩いているという感覚だと、一歩で数メートルは移動してしまう。ガイアでは街はどこに居ても防壁が見えていたため「街中」という感じが強かったからか自然とゆっくり歩いていた。壁のない地球側では、その違いが「外」という感覚を助長している様だ。
結局、ホームセンターまでは徒歩で、その他の店に行くときは三駅ほどでも電車を使うことにした。その甲斐あってか、特にトラブルもなく目的の変装用品を購入し終えることができた。
ちなみに駅や地下商店街などは意識せずともゆっくり歩けたよ。
「それじゃあ観光に出発しましょう」
「おー!」
グレイシアの音頭にシェリーが右腕を天に突き上げ元気良く応えた。他の娘たちも控えめにではあるが楽しそうに腕を上げている。
誰もが未知の異世界に興味津々な様子だ。
軽く変装しているとはいえ皆が皆外国人(正確には異世界人だが)丸出しなので、あまりはしゃぎ過ぎないように気をつけないと、思い切り目立ってしまう。歩く速度の事もあるし、適宜抑えるようにせねば。
グランツのリードを持って真っ先に表に飛び出すのは、いつも通りアルジェンタムだ。しかし彼女が飛び出すのも「異界門」を試して以降、もう三度目なため、さすがの私も見逃さずキャッチした。
「アル、君がぶつかったら人も物も大変なことになっちゃうよ? みんなと一緒に、ゆっくり見て回ろう」
両脇に手を突っ込んで持ち上げられた格好で、アルジェンタムは少し不満げだったが、私の言葉を聞いて納得したらしく素直に頷いた。
ちなみにグランツは私が動くのに気付いていたようで、お座りのまま微動だにしていない。実に如才ないことだ。
「じゃあ行こうか」
改めて皆に促し、日本観光が開始された。