139.白浜小波~帰宅
オッサンは何とかうまくいきそうだと少し安堵したのだ
三時間ほどの仮眠の後、私は女性陣と短い話し合いをした。内容は「地球」に誰が行くか、というもの。
なにせグレイシア、シェリー、アルジェンタム、エミリアの四人は種族的な特徴のせいで、どうしても目立ってしまうからだ。
写真でも撮られようものなら「エルフキタコレ!」とか「ケモミミ萌え~」みたいな事態になってしまうだろう。いやまあ、コスプレだと思われるかもしれんが。
しかし彼女たちの好奇心はどうにも抑えがたく、全員行くと言って譲らなかった。
そこで「グランツを連れていけないから、誰かに残ってもらわないと困る」と言ってみたのだが……なんとグランツは私の目の前で小さくなってみせた!
その様は竜人族が変化する時とそっくりで、「もしかして銀鈴に習ったの?」と聞いたら首肯された。
まさか、種族的な能力だと思っていた変化をケルベロスであるグランツが覚えられるとは……いや、もしかするとケルベロスも元々そういう能力があったという可能性もあるか。もう、わけがわからないよ。
ともあれ問題が片付いてしまったため、エルフ・獣人チームは髪と耳を見せないようにフードをキッチリかぶっておくという事でまとまった。
「それじゃあ、行こうか」
「……はい!」
全員が準備を整え終えた事を確認し、コナミに声をかける。少しの逡巡の後、彼女は力強く頷いた。
どうやら、私が仮眠を取っている間に大体覚悟は決まっていたようだ。
予定としては「地球」に数日滞在。その間、私は毎日「ガイア」に戻って時間の経過を確認する。
コナミの両親への説明は私とグレイシアで行うとして、子供たちにはペット可のホテルで待機。
やるべき事が終わり次第、近場の散策や観光だ。グランツがいる都合上、駅構内や大型量販店などには入れないから、覗きやすい商店街などがメインになるか。
コナミとはこれでお別れになるのだから、子供たち皆の良い思い出になることを祈ろう。
……まあ、行き来しようと思えばいつでも可能ではある。だが、時間の流れが違うから「ガイア」での一月が「地球」での二年ぐらいになってしまうことを考えれば、やっぱりちゃんとお別れはしておくべきなのだ。
「みんな掴まったね?」
最初に訪れる「精霊界」対策のために私を中心にしてしがみついた女性陣とグランツの顔を見回し確認する。全員からのOKの返事で、私は「異界門」を発動させた。
コナミの両親にどう説明すれば納得してもらえるのか……と若干、憂鬱になりながら、私は仲間たちとともに門に身を躍らせた。
「帰ってきた……帰ってこれた……!」
短時間で「精霊界」「魔界」を通過し、前回、私が「地球」に降り立った林に出た所でコナミがつぶやいた。
ごく短い言葉に万感の思いが篭っているのが、はっきりと伝わってくる。
「おっと、ダメだよコナミ。装備を外していかないと」
駆け出しそうになった彼女を引き止め、全員の顔を見回しながら、そう指示を出す。
コナミは一瞬、不満げな顔を見せたものの、気が急いていたと自覚したのか、「あっ……うん、そうだね」と苦笑いしながら装備を外しにかかった。
十分程度で全員が装備を外し終え、前回同様に林の中に穴を掘って埋める。土で汚れないように穴の中を「石壁」で整形し、ちょっとした収納のような形にしておいた。
前回は急いでいたのもあってそのまま埋めたのだが、見事に土まみれにしてしまったからね。
「よし、それじゃあ……」
「案内するね!」
行動開始と言いかけたところで、コナミが即座に駆け出した。女性陣とグランツも慌てず騒がず彼女に続く。
私は慌てて追いかけた……。というか六人+一匹もいるのに全員連れて自宅に向かって大丈夫なのか?
「大丈夫、結構広いから」
前方からコナミの声が聞こえてきた。どうやら子供たちも私と似たような疑問を抱いて彼女に質問したようだ。問題ないようでなにより。
さすがに全員で宿泊させてもらうわけにもいかないだろうが、まだ昼だから事情説明だけしてホテルを探してもいいだろう。
というか、両親はご在宅なのだろうか……あいかわらず私は色々考えたつもりでも抜けてるなあ……。
コナミの自宅は林から程近く、駆け足だったこともあってあっという間に到着した。
そこそこ大きな二階建てで広い庭があり、二台の乗用車が停まっている。隣には妻帯者向けと思しきアパートが並んでいて、どうやらそこもコナミの家と同じ敷地のようだ。
なるほど、これは大丈夫と言うわけだ。
都市部から少し離れた山の上とはいえ、関東でこれだけの土地を持っていれば中々裕福なのだろうと想像がつく。
「……」
たどり着くまでは物凄い勢いだったコナミも、家を前にすると動けなくなっているようだ。
彼女にとっては半年ほど、両親にとっては十二年ぶりの帰宅だ。これだけの期間が空けば、とんでもなく心配されているのは間違いない。それを考えれば、彼女が躊躇するのも当然か……。
が、事態は止まることを許さなかったようだ。
「小波……?」
玄関前で立ち尽くすコナミの目の前で引き戸が開かれ、中から現れた五十代ほどの女性が彼女の名を呼ぶ。
短く切りそろえられた髪には白いものが混じっているが、若い頃はさぞモテただろうと感じるほど顔立ちが整っている。最初不安げだったその表情は、コナミの姿をしっかりと確認した途端に強い喜色に満ちたものへと変わった。
「お母さん……」
「小波!」
母と呼ばれた女性は、コナミに駆け寄ると全力で彼女を抱きしめる。さながら本物かどうか確かめ、二度と離すまいとするかのようだ。
娘の姿が幻でないと確信したのか、女性は滂沱の涙を流し何度もコナミの名を呼び続ける。
「母さん、どうした……あ……?」
表に出た妻が戻らないのを訝しんだのか、初老の男性が玄関から顔を覗かせた。疲れた様子だったが、抱き合う母娘の姿を見てこれ以上ないほどに瞠目する。
「こ、小波? 本当に小波なのか……?」
彼もやはり現実かどうか判断できないといった風情でヨロヨロと近づき、コナミに手を伸ばす。
「うんっ、本物、だよ」
母の胸から顔を離し、しゃくりあげながらもコナミはしっかりと答えた。すると父親は顔をくしゃくしゃにして駆け寄り、妻と娘を力強く抱きしめた。
……私の方は、気付いたら仲間たち全員に抱きつかれている。アルジェンタムはもらい泣きしているし、シェリーとエリザベートも目が潤んでいる。グレイシアは寂しそうな笑顔だ。きっと私も彼女と似たような表情になっているだろう。真後ろにいるらしいエミリアの顔だけは見えなかった。
「お前っ、十二年もいったい、どこにいってたんだ……!」
コナミの父親の言葉には憤りと安堵がないまぜになっているように感じられた。いや、それも当然といえば当然か。
待って待って待ち続けて十二年だ。普通なら諦めているところだろうし、母親の方には事実そういった雰囲気が少なからず感じられた。しかし父親の方は不安はあっても諦めてはいなかったのだろう。
実に感嘆すべき精神力だ。
「ごめんなさい……ただいま」
「「おかえり小波……!」」
コナミの謝罪と帰宅の言葉に、両親は今度こそ喜びの声で彼女を受け入れたようだ。
……なんとかかんとか第一段階はクリアできたかな。