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138.ズレ

 予想してても現実になるとキツイものだとオッサンは思ったのだ




(これは……)


 貴金属買取店で適当な小物を売って金銭を得、その足で入ったネットカフェの個室で、私は気になる事柄を検索していた。

 その結果わかったのは――歓迎すべきことは何一つない、ということだった。


(二千二十X年……か。私が転移してから既に十年……)


 デスクトップに表示されるカレンダーには、私にとってはずっと未来のはずの日付が浮かんでいる。そしてそれは当然、コナミにとっても同じことになる。

 いや私とコナミの「ガイア」への漂着時期、約一月のズレが「地球」では約二年のズレとなっているからコナミは約十二年だ。


 これで転移による時間の前後には何の法則性もないという可能性が高くなった。……が、まあ、それは重要ではないから考えずともよいだろう。


 年季が入って黄色くなったキーボードを叩き、次々に検索を続ける。

 コナミに関連する語句を幾つか入力してエンターを押せば、彼女の失踪した当時の記事がいくつも見つかった。


 コナミが失踪したと思しき日時、彼女の友人知人のインタビュー、両親のコメント……そして手がかりを求める告知。

 日付を進める毎に減っていく記事に対し、訪ね人の告知はまったく途切れることなく今日の日付まで続いていた。


 SNSでの呼びかけなども多数目につく。見たところ、コナミの友人たちの行動のようだ。残念ながらこちらは、すでに止まっている。

 十二年――諦めるには十分な年月だ。


(帰してやらないとな……)


 少なくとも彼女の両親は、まだ帰りを待っている。ならば私の役目は彼女を送り届けることだ。

 私はパソコンの電源を落とし、伝票を持って立ち上がった。


 ちなみに私に関する記事もあったと言えばあったが、七年を経過した時点であっさり失踪届(死亡扱いになるアレだ)が出されていたのには思わず笑ってしまった。


 やはり私の家族は私を必要としてはいなかったのだ。

 ある意味、清々したと感じる辺り、私自身すでに覚悟はできていたということか。


 さあ、帰ろう。




「ただいま」


 都合、三度「異界門」通って「地球」から「妖精界」へと戻った私を出迎えたのは、仲間たちの不思議そうな顔だった。


「あら?」

「あれ?」

「「ソウシさん?」」

「ソウシ、もう帰ってきたの?」

「え?」


 次々に発せられる女性陣の言葉に――正確にはシェリーの「もう」という所に私は疑問を漏らした。……が、よく考えれば、その懸念があったから滞在時間をなるべく短くしようとしたのだった。


「そうか……やっぱり、時間の流れが違うんだ」

「どういうこと?」


 私のつぶやきにシェリーが問う。

 彼女たちと私の主観による経過時間の違い――私はこれを、最初から説明することにした。


 まず最初に、最初の来訪者であるユウキと我々――私とコナミが近しい時代の人間であるということ。

 にもかかわらず、来訪時期に二千年ものズレが有り、私は「ガイア」の世界と「地球」の時間の流れ、その速度に違いがあるのではないかと考えていた。


「こちらの方が時間の流れが早いのかも……と思っていたのだけれど」


 結果としてみると、それは間違いで、今回は「地球」側の方が流れる時間が早かったということになる。

 そして来訪者の流れ着く時代がランダムである可能性も出てきた。


 あるいは時間の流れる速度が、それぞれの世界で相対的に速くなったり遅くなったりしているのかもしれない。


「何度も行き来してみれば、ある程度の推測は立つかもしれないけれど……今の段階では地球側の時間の流れが速いとしか言えない」


 それに、そんなことに推測が立った所でさしたる意味はない。問題は――。


「じゃあ……あっちでは、何年も経ってるってこと……?」


 私の左胸にしがみついているコナミは、絞り出すように疑問の声を漏らした。私を見つめる瞳は動揺に揺れている。

 その表情は「嘘だ」と言ってほしい。と懇願しているようだ。


「……うん。私の場合は十年。君の場合は十二年が経過している」


 だが、ここで嘘だと言っても仕方がない。後回しにすればするほどショックは大きくなるだろう。だから私は包み隠さず、コナミに現状を伝えた。

 ……案の定、コナミは真っ青になって座り込んだ。


「大丈夫。君のご両親は君を待っているよ。これを見てご覧」


 私もコナミの前に膝をつき彼女を支え、コートのポケットから丸めた紙の束を引っ張り出す。それは私がネットカフェでプリントアウトしてきた、コナミの情報を求める彼女の両親がネットや新聞に出した「尋ね人」広告の一覧だ。


「君が失踪した日から、今日……私が向こうに行った時点まで、ご両親は一日も欠かさず情報を求め続けている」


 ゆっくりと噛んで含めるように言い聞かせ、コナミに確認を促す。

少しずつコピー用紙の上を彼女の目がさまよい始めた。色を失っていた顔は徐々に赤みを取り戻し、文字を追う瞳にはあっという間に涙がたまってゆく。


「だから、コナミ。君は帰らなきゃね」

「……うん!」


 肩を抱く私を見上げるコナミは滂沱の涙を流し、嬉しげな、それでいて悲しげな笑顔を見せた。




 コナミのことを女性陣にお願いし、私はひとまず魔力を回復させるために仮眠をとるこことにした。

 往復六度も「異界門」を行使したため、二時間ほど間が開いていたと言ってもかなりの魔力を消費している。


 いつまでもこのままかどうかは不明だが、現状では「地球」での時間の経過速度は「ガイア」側の二十倍以上。

 魔力が回復次第、向こうに渡ったほうがゆっくりと時間が取れるだろう。


 王都の式典まで後六日。「地球」では実に百二十日以上の猶予になる。

 まあ、コナミのご両親のことを考えれば、そんなにノロノロしているわけにもいかないが。

 こちらの事情をきっちり説明して、ある程度は納得してもらえるように言葉を尽くさねばなるまい。


 コナミを故郷に送り届けたら式典に「聖女」が不参加ということになるが……まあ、コナミの人生のレールを元に戻すことに比べれば些細な問題だ。

 最悪、私一人で出席したところで残念がられはしても怒られることはあるまい。


(慰安旅行のつもりが私の無計画さで急転直下の展開になってしまったけど、終わりよければ全て良しと言えるように最善を尽くさねば)


 グランツの毛皮をベッド代わりに横になった私は、目を閉じる直前に見た、泣きながら抱き合う子供たちの姿をまぶたに焼き付けたまま眠りに就いた。


 時間の流れが違うのは予想していたけど、なんでこっちの時間が速く流れるパターンじゃなかったんだ……。


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