137.魔界
オッサンはあっさり上手くいくとそれはそれで困惑するなあと思ったのだ
「これは……」
そこは精霊たちの言うように、血のように赤い空と荒涼とした大地の広がる場所。大小の岩が転がり、遠く地肌がむき出しになった山々が見える。
なんというか……生命の息吹が、まったく感じられない。
「魔物がいるって話だったけど……」
見渡す限りの荒野で、動くものの気配も――。
「!」
なかったはずが、いきなり近くに現れた。
なんというか「人間界」で魔物が消える逆のパターン。瘴気が集まって魔物に変じるという感じだ。
「悪魔……か?」
見た感じ、それは子供のように小さな体と、頭蓋骨に皮膚のみが張り付いたような顔。そして尖った耳を持っていた。体色は灰色がかっており、動いているにもかかわらず、この世界同様に生命力を感じない。
「デーモンとでも呼ぶか……そしてこの世界は、さながら『魔界』だな」
私を獲物と見定めたらしきデーモン数体は、がに股でバタバタと駆けてくる。
その動きで思い出すのは、ファンタジーの定番モンスター「ゴブリン」だ。
大雑把に、この世界に生息する魔物をデーモン、この小型種をデーモン・ゴブリンとでも呼称しよう――などと考えつつ、私は槍を数度振るう。
気配から感じられる力量の判断に間違いはなかったらしく、ミスリルの穂先に胸や頭を貫かれた魔物たちは、あっさりと瘴気へと戻った。
ゴブリンの強さはせいぜいストライクラビット程度か、あるいはそれよりも下だろう。なにせ動きが遅いのだ。
この程度の魔物ばかりなら、私以外の者にも問題なく対処できるだろう。
「……当然、他の種もいるよなあ」
ゴブリンについて考察している間にも、周辺の瘴気が凝り固まり、新たなデーモンを生み出していく。
つぶやいた通り、その姿はゴブリンとはまた異なる物だ。
「こいつは……コボルトか」
それもいわゆる雑魚とされている狗頭の小人ではなく、竜の特徴を備えたタイプだ。
頭部は犬の頭蓋骨に皮膚のみが張り付いたようなもので、首から腰まではほぼ人型。腰から下は犬のもので、尻尾はトカゲ。そして背中から尾にかけて鱗に覆われている。
「オーク……よりは強そうか」
実際、動きはオークより大分速い。槍で突いてみた感じでは、防御力はトントンといったところか。だが武器を持っていない分、コボルトの方が相手をしやすい感じだ。
「これで全部ということはないだろうなあ」
すんなりコボルトの集団も片付け、私はしばらく待機してみることにした。するとやはり数十秒ほどで新たなデーモンが現れはじめる。
今度の魔物も顔は頭蓋骨に皮膚のみ張り付いたような印象は同じ。だが、体格は先の二種に比べ遥かに大きい。そして額に生える太く短い一本角――。
「オーガ、か」
サイズ的には概ねオークキングと同程度。だが腕の太さが随分違う。
オークキングは直立したイノシシという出で立ちであり、腕もそれに沿った太さだった。対するデーモン・オーガはゴリラみたいなバランスだ。
オークキングを見た時もそのマッチョぶりにゴリラを思い出したが、真のゴリラはオーガの方だったようだ。
「筋肉はゴリラ、牙はゴリラ、燃える瞳――瞳は燃えてないな」
瞳は黒い窪みだった。
完全に形を成したオーガ三体に、試しに「窒息」を使ってみた。空気から酸素と水素を除去した空間を魔物たちの周辺に作り出す。
結果は予想通り無効だった。どう見ても呼吸してないもんなあ。
「風火弾」
無言で走り寄ってくる魔物に、先の魔法で分離した水素と酸素を用いて爆発魔法を撃ち込む。
こちらは問題なく効果を発揮し、デーモン・オーガたちをあっさりと瘴気の靄に戻した。
「一応、魔石は回収しておくか……」
おそらく「人間界」に存在しないであろう魔物の物では買い取ってもらえないだろうが、もしかしたら何かに使えるかもしれない……と私は周囲に散らばった大小十個ほどの魔石を拾い集める。
くすんだ灰色で見栄えは悪いが、篭っている魔力は「人間界」の魔物と変わらないようだ。強い個体ほど魔石も大きく、魔力が多いことも同様だ。
「まだ他にも強い個体はいるだろうけど……」
あまり長時間かけて皆に心配をかけるのも良くないし、魔力を使い果たして戻れなくなっても困る。
ということで、私は「精霊界」経由で「妖精界」へ戻ることに――。
「あ、しまった。もう一個となりのことを調べ忘れてた……」
……まあ、仕方がない。ささっとあるかどうか門を開いて見てみてから帰ろう。
「異界門」
やると決めたら即座に行動だとばかりに魔法を発動。結果、開いた門の向こうには、どこかの森――いや林か?――が現れた。
「また隣があった、か……あ」
雑木林の中へと踏み出した私は、林の脇をはしる道路を目にし、思わず言葉をつまらせた。
そうだ。「道路」だ。アスファルトとコンクリートで作られた「道路」……。その表面には速度制限の数字が大きくペイントされている。
「戻って、きてしまった、か」
私の胸に去来するのは、ほんの少しの落胆と安堵だった。
こうなってしまうとキチンと確認せざるを得ない、と私は判断。林の中に「土壁」で穴を掘って、外した装備を全てその中に埋めて隠した。
さすがに鎧兜に槍を持っていては確実にオマワリさんに捕まってしまう。
幸い、コートを羽織っておけば衣服に現代日本人と比べて目立つほどの違いはない。過去の来訪者が現代的なデザインと縫製技術を伝えてくれていたことに感謝だ。
もう一度、身だしなみを確認してから背負カバンを肩にかけ、私は道路へと足を踏み出した。
「ああ……なんか見たことあると思ったら」
どうやらここは自宅の(私がまだ地球にいた頃の)最寄り駅から見える山のようだ。
K県Y市――その最も大きい駅から数駅下った辺り。その町を今、私は見下ろしていた。
「……行くか」
ユウキと私たちの転移時期の開きを考えれば、あまり長い時間はかけない方が良い。さっさと駅近くのネットカフェで調べるべきことだけ調べてしまおう。浦島太郎になるのはゴメンだ。