135.子どもたちの交流
オッサンはまたやるべきことが増えたと思ったのだ
ユウキが動けず、名もなき神とまともに戦えるのは我々のみ。かつての大戦を知る女王としては、後始末を押し付けているような気分なのかもしれない。
「お気になさらず。今の戦いは今の人間が対処すべきですし、本当に抜き差しならない状況になれば竜人族の方々も手を貸してくれるでしょう」
カッコつけすぎな気もするが、実際、ここ「妖精界」に住むのは過去の戦を生き延びた人々とその末裔だ。進化した人がいないのなら、アウルム女王の他に千年前から生きている人はいないだろう。となれば「人間界」の現状は完全に他所のことだ。
名もなき神との戦いは、もう自分たちでなんとかするしかないとも思っているし、現在までの流れで既にベナクシー王国上層部とも関わってしまっている。だから誰かに任せてしまうのは不可能なのだ。
ということで、彼女が申し訳なく思う必要はまったくない。
まあ、人手は多いに越したことはないが、そこは王国の騎士や兵士たちに頑張ってもらうとしよう。
お互いの状況とスタンスを確認しあった後、我々はアウルム女王に村を案内してもらうことになった。
枝から枝に渡された空中回廊を歩き地上を見回してみると、周囲の木々の光に照らされて麦畑が黄金色に輝いているのがわかる。
聞いた通り、冬でも問題なく畑作が行われているようだ。
一瞬、「人間界」と交易をすれば儲かりそうだな……等と考えたが、「妖精界」のことはあまり人に話すべきではないと思い直した。
うっかり魔物が入り込んでも困るし、利益や物資を独占しようと考えるものもいるだろう。そうなると厄介事が増えるだけで、結局マイナスになりそうだ。色んな意味で。
「あ、グランツくんだ」
コナミがそう言ってある方向を指差す。その先に目を向けると、数人のエルフやドワーフ、それに獣人たちがグランツと遊んでいるのが見えた。
どうやら見た感じ、まだ年若い者たちのようだ。進化したケルベロスであるグランツが珍しかったのだろう。
例によって彼は巨体のせいで樹上の女王邸にお邪魔することもできなかったので一人地上に残っていた。だから構ってもらえたのは良かったかもしれない。
抱きつかれたり、背中に登ろうとされたり、毛の中に潜り込まれたり……すっかり人気者のようだ。
登ろうとして落っこちたりする者もいるが、その度に尻尾で受け止めてやっている。
皆その様子を眺めてニコニコ顔だ。と思ってたらアルジェンタムが飛び降りた。
「ちょっ」
あっという間に音もなく着地した彼女は、驚く我々を後目にグランツに駆け寄り、他の者たちに混ざって遊びはじめた。
アルジェンタムが高度二十メートルの空中回廊から飛び降りたのに気づいた者が仰天していたが、アルジェンタムと会話をするうちに納得したのか落ち着いたようだ。恐らく、グランツと一緒に来たことでも話したのだろう。
「まったく、肝が冷えるの……」
アウルム女王もアルジェンタムの行動に驚かされたらしく、力が抜けたように溜息をついた。
彼女に聞いた話からすれば「妖精界」の子供が樹上から飛び降りれば無事ではすまないのだから、女王の様子は当然といえば当然だ。
アルジェンタムには後で、お説教をしなければなるまい。
お説教の後、「妖精界」の若者たちにせがまれて色々と魔法を披露することになった。
ここでは魔物がいない=昇級しないということで、魔法と言えば家事やちょっとした農作業くらいにしか使えないレベルだ。だから魔物相手に使うものや、建築や整地などの広範囲に及ぶものは珍しい。
昇級していなければ魔力も少ないので、大規模な魔法は見たことがなかったようだ。
名もなき神々との戦いに関しては語り継がれているが、女王以外に強力な魔法を使える者がおらず、そもそも平和な「妖精界」では強力な破壊魔法など使う必要もないのだから納得だ。
その流れで、ついでとばかりに防壁作りや開墾途中の土地に残された木の切株などの除去を手伝わされたのはご愛嬌。
自分でやっておいてなんだが、進化した者の魔法はびっくりするほど有用だ。建築関係以外にも木の切り出し、土地の開拓、河川の整備、街道などの石畳の敷設、井戸掘りなど……一人で開拓村が作れそうな勢いだ。
カトゥルルスで見た資料に記載されていたユウキの偉業――全てとは言わずとも、その多くが事実なのだと改めて認識させられた。
そして自分も、そういう次元に到達してしまっているということも、また理解せざるを得ない。
……やはり今後の子供たちの昇級は少し考える必要があるか。
「ソウシ」
「はい?」
「若い者が外の世界を見てみたいと言ったら、その時は頼めんかの?」
物思いにふけっていると、アウルム女王から意外なこと……でもないか、を頼まれた。
実際、うちの子供たちと楽しげに話している姿を見れば、「人間界」の話に興味津々なのはわかる。だが……。
「そうですね……まずは名もなき神のことが片付いてから、でしょうね」
「うむ、それは理解しておる」
だから全て終わってから、よろしく頼む。私の返答に、女王は頭を下げてそう言った。
さすがに、これは断れない。ということで承諾を返しておいた。
とはいえ、現状を打破してしまわないことには何もかもが「取らぬ狸の皮算用」でしかない。
子供たちの昇級を八度目で止めるか、あるいは本人たちが進化を望むのか……という懸案事項もある。
子供たちのことばかり考えているようだが、グレイシアのことも別に忘れているわけではない。彼女は元から長命な種族だから後回しにしているだけなのだ。
「ところで、陛下。進化した者の寿命は、実際のところ、何年ぐらいなんでしょうか」
「うーむ……我は千九百歳ほどだが、特に衰えた感じはないの」
なんと――これまでユウキの千五百年を基準に考えていたが、それよりもずっと長いとは……。
こうなるとグレイシアも後回しとはいかなくなってくる。エルフの寿命は千年ほどで、ハイエルフは更に倍近く……場合によってはもっと長生きする可能性も出てきた。
まさか小説などでたまに見る「不老不死」というわけではないだろうが……。ないよね?
千年でも想像もつかないのに、それ以上となるともう何がなんだか。まあ、既に進化してしまっている私は、どうあがいても元には戻らないだろうから考えても仕方ない。
とはいえ、やはり子供たちにも意思の確認をしておくべきだろう。そして、判断するために必須の要素が一つ――。
「わかりました。それに関しては自分で確認することにします。それからもう一つ伺いたいことがあるのですが」
「何かの?」
この「妖精界」を訪れた本来の目的――。
「ここ以外にも、また別の世界はあるのでしょうか?」
これだ。
更なる異世界の有無……これを確認しなければならない。
果たしてアウルム女王の答えは――。
「ある」
肯定だった。