134.妖精界の女王
選択には良い面も悪い面もあるなあとオッサンは思ったのだ
「おっと、すまぬの。我はこの地に住まう者たちの女王、アウルムという」
突如現れた女性は、そう名乗った。
……いきなり女王とエンカウントって、どんな確率なの。いや、このエルフらしき女性のフットワークが軽いのだろうか。
そう、彼女は長い金髪と整った顔に少し尖った耳を持ち、スラリとした肢体を簡素なワンピースから覗かせた、いかにも日本のサブカルチャーに触れた者が想像するエルフといった出で立ちだった。
「ご丁寧にどうも。私はソウシ。見ての通り来訪者です」
私も自己紹介をし、探索者団の仲間たちを一人ひとり紹介した。緊張したような戸惑ったような様子で名乗り、頭を下げる彼女たちを、アウルム女王は楽しげに見ている。
「うむ、丁寧な紹介、痛み入る。……それにしても、よくここへの扉を開けたものだの。余程の術者でなければ不可能であろうに。それこそ進化した者でもなければの」
ニコヤカにそう言った彼女の視線は、おとなしくお座りしているグランツに向けられた。
進化について知っていればケルベロスの変化は一番わかり易いものだから、目を惹くのは当然だろう。
「お察しの通り、私とグランツ……このケルベロスは進化を経ています」
「そうか、お主がの……」
私の答えに頷く女王だったが、続けられた言葉は「また戦乱が起きているのかの?」というものだった。
……進化するほど短期間に多くの魔物と戦う必要のある状況だと思い至った、ということだろうか。
それにしても警戒する様子が欠片もないのは何故なんだろうか。こちらが敵意を見せていないとは言え、初対面の、しかも進化した者が二人もいる集団なのに。
「……すまぬ、懐かしさから順番を間違えてしまったようだの」
私の戸惑いが伝わったのか、アウルム女王は苦笑を浮かべ謝罪の言葉を口にした。
彼女の言う、ドワーフがいれば完璧な集団と出会って懐かしいと感じたのは……。
「……もしかして、ユウキさんのことをご存知なんでしょうか?」
ふとした思いつきで、私は女王に問いかけた。
人間、エルフ、ドワーフ、獣人までは現在でも見ることができる組み合わせだろう。だが、そこにケルベロスと来訪者まで混ざっているとなると話が違ってくる。特にケルベロスは既にその情報すら残っていなかった。
となれば、神狼族とケルベロスが人の領域を離れる以前にしかなかった組み合わせだと判断できる。
そして竜人族とユウキに聞いた話からすれば、それは一千年ほど前。ユウキたちが名もなき神々との戦いを繰り広げていた時代の話だ。
「うむ、古い友だ」
私の問いに首肯し、アウルム女王は穏やかに微笑んだ。
その後、我々は女王の誘いで彼女たちが暮らしている集落へと移動した。
そこは巨大な黄金の木々の上に幾つもの小屋が建てられ、大きく張り出し密集するように茂った枝に通路を設けた、さながら空中都市……いや空中村だった。
「イベントでライトアップされたテーマパークみたい」
とはコナミの弁。実際、異世界感がものすごい。
ところで発光する木々に囲まれていては眠れなくて困りそうだと思ったのだが、夕方あたりから段々と光量が低下し、夜にはほとんど光らなくなるそうだ。
それから四季によって光の色も変わるそうで、春は青、夏は赤、秋は緑、冬は黄と、地水火風の精霊力のバランスが色として現れるらしい。なかなか面白い特性だ。
女王の居館(と言っても他に比べれば大きいという程度の小屋)の応接間に通され、私たちはようやく一息ついた。
木製の椅子に座った仲間たちは、みな一様に力が抜けた感じになっている。
道中は物見遊山気分ではあったが、やはりどこか警戒していた部分があるのだろう。
何と言っても、現在では誰も知らなかった世界に来ているのだから。
「改めて、よく来てくれたの。千年ぶりの客人、それも友の同郷の者を迎えられて嬉しいぞ」
しばらくしてアウルム女王が茶器を乗せたワゴンを自ら押して現れ、本当に嬉しそうに口を開く。
その間もテーブルにカップを並べて軽快にお茶を注いでおり、その迷いのない手つきは熟練の技を感じさせた。
……女王なのに、こんな雑務をやっていていいのか?という疑問が湧いたが、考えてみれば村は小規模だし、いちいち侍女をつけるような手間を割くのも無駄だ。
村の中に入ってから出会った人の数も、ほんの数人だったし、全人口も多くはなさそうだ。
木々の距離が離れているため敷地面積自体は広く人が少ない……となると自分のことは自分でやるのが当然という事だろうか。
「さて、色々とそちらの世界のことを聞かせてもらいたいのだが……」
椅子に腰を下ろし、そう言う彼女に私が代表して話すことにした。
とりあえずは女王の関心があるだろうこと――ユウキと名もなき神に関することを。
それらにまつわる我々の体験も少し話すことになったのだが、ユウキの残した来訪者への伝言に刻まれた「のろけ」については、アウルム女王も苦笑いすることしかできなかったようだ。
「なるほどの。ユウキは元気……と言って良いのかどうかわからんが、まあ、悪い状態ではないようで安心した」
女神の腕で湖に身を投げたけれど魂だけが吸収されず残った、という話には、やはり複雑な心境なのだろう。泣きそうな笑顔……と言えば適当だろうか。そんな表情だ。
「……では、こちらの話もさせてもらうとするかの」
私の話が終わってしばらくは何も言葉を発しなかった女王だが、気分を入れ替えられたのか……あるいは気分を入れ替えるためか、「妖精界」に居を移すことになった経緯から順に話しはじめた。
彼女たちはかつての名もなき神々との戦いが終わった後、地上――「人間界」と呼称することにする――に残る者と「妖精界」に移住する者とに分かれた。
主に「人間界」には戦える者とその家族、そして女神を強く深く崇める者が残り、「妖精界」には凄惨な戦いに疲れ、穏やかな生活を求める者が移り住むことになったそうだ。
「我は唯一ハイエルフへと至った者であり、『門』を開ける者でもあったため、こちら側になった」
彼女が「異界門」を身に着けた経緯は私と近しいもので、四属性全てを融合させた魔法の実験の際に「妖精界」の存在に触れたそうだ。
当時も四属性全てを使える者はほとんどおらず、中でも彼女は最高の術者と呼ばれるほどの腕前だったが故に、「門」を開くことに成功したらしい。
「しばらく……百年ほどは外界とこちらを行き来しては必要となるものを持ち込み、生活の基盤を整え続けた」
まずは食料と衣類、それから道具類。それらを持ち込んで建物を建てたり、畑となる土地を開墾したり……なかなか大変だったようだ。
だが「妖精界」は四季を通して何らかの植物が実る豊かな世界であり、大型肉食動物もおらず草食動物は人に対する警戒心がまったくない。そのため食に関する苦労は麦畑が実りをもたらすまでの短い期間だけだったという。
一方、魔物がいないことで誰も昇級しなくなったため、移住後に生まれた子供たちはちょっとした事故でも命を落とすことがあった。
この村は高所で生活するため、足を滑らせて……などだ。
樹上の生活空間から地上までは二十メートルほど。三~四度も昇級していれば、よほど打ちどころが悪くなければ死ぬことはないと考えられていた。
事故が起きて後は、それまでの住居を出て畑の周辺に新たな小屋を建てる者が多く出た。そのため現在では我々の見た住居部分は大半が空き家だそうだ。
仕方ないことと言えば仕方ないことだが、頑張って作った物が使われなくなってしまうのは切ないなあ。
進化した人々も一千年前の戦いで大半が死んでしまったため、この村には一人もいないと言うし……。
「こういう状況だから、おぬしらに加勢したいところなのだが、戦える者は我しかおらぬし、門を開けるのも我のみ……すまぬの」
一通り話し終え、アウルム女王は申し訳なさそうに目を伏せた。