133.異界門~妖精界へ
オッサンは未知との遭遇だなあと思ったのだ
結局、午後に出かけるという予定は変更し、私はグレイシアと二人でゆっくり過ごした。いや、椅子代わりにされたグランツもいたが。
夕方には子供たちも宿に戻り、数日は問題なく過ごせる物資を購入できているのを確認した。
ということで、森へ出かけるのは明日の朝となった。
コナミも買い出しが気分転換になったか、私の話を聞いた当初に比べればずっと落ち着いているようで何よりだ。
首都で観光した後はアルジェンタムの故郷である灰狼族の村に行く予定だったが、場合によっては数日先になる。
とりあえず今日で宿を引き払うことにし、その後のことは「異界門」の成否によって決めるしかあるまい。
その夜、女性陣は全員、一つの部屋で過ごし、グランツもいない私は一人で眠ることになった。
翌朝には、いつも通りの様子に戻っていたから、グレイシアは上手くコナミに謝って他の娘たちにはちゃんと礼を言ったのだろう。良いことだ。
「さて……この辺で良いかな」
朝食を済ませてから宿を出た我々は、朝の内に一通り森の様子を確認してから「異界門」の実験に入るべく、それなりに広い空間がある場所を探した。
目立たないという意味では森の中ならどこでも良いと言えなくもないが、なんらかの影響が出た場合に対処するなら全員が動ける程度の広さは必要だと考えたのだ。
まあ、グランツには上空で待機してもらわざるをえないのだが。ゾウより大きいのだから仕方がない。
「どういう手順でやるの?」
「基本的には『精霊光』と変わらないね。問題は、どこにつながる扉を開いてほしいと伝えれば良いのか?ということだけど……」
ひとまず良さそうな場所にたどり着いたところでシェリーに質問を受け、私はそう答える。
どういう世界であるかが分かっていれば悩む必要もないのだが……。
「妖精界……かな」
そうつぶやいたのはコナミだ。
なるほど、ここよりも精霊の住む場所に近く、なおかつ我々が活動できそうな世界……ということか。
「……うん、良いんじゃないかな。よし、『妖精界』で行こう」
彼女のネーミングに納得した私は、早速「異界門」の発動準備に取り掛かる。と言っても「精霊光」とまったく同じなのだが。
「よし……精霊たちよ、この世界の隣にある世界……『妖精界』への扉を開いてくれ。――『異界門』!」
胸の前で両手の上にバスケットボールを持つような形を作り、私は魔力を手の中に集めはじめた。そして成功率を高め、紛れを防ぐ意味で言葉にし、精霊たちに助力を求める。
両掌の間で「精霊光」同様に白い光が球形に渦を巻き、徐々にそのサイズを拡大してゆく。
鳥を野に放つように、光球を眼前にそっと押し出し、魔法の成功を祈った。
それは数秒間空を漂ったのち直径四メートル程の円盤状へと一気に形を変え、中心から外縁に向かって口を開いていった。
「わあ……」
「これは……」
大きな光のリングとなった『異界門』。その輪の中には今現在いる森とは異なる、黄金色に光る木々が生い茂る森の光景が現れていた。
「黄金の……森」
「すごいわね……」
「すごい」
女性陣が次々と感嘆の言葉を漏らす。私も予想だにしない状況に言葉をなくしていた。
グランツは上空から「異界門」の成功を察したらしく、私の後ろの空間に窮屈そうにしながら着地した。
「あっ!」
「ちょっとアル!」
門の外からしばらく観察を……と考えていると、アルジェンタムが躊躇なく「妖精界」側に飛び込んだ。
慌てるコナミとシェリーにもお構いなしだったため、彼女たちも即座にアルジェンタムの後を追う。
私は門の維持に注力せざるを得ない状態になってしまい、駆け込んでいく皆を見送るしかなかった。
グランツは匍匐前進状態でなんとか潜り込んでいった。
次に開ける時にはもっと大きくしなければ……などと考えつつ、私自身も「妖精界」へと足を踏み入れる。
悠長に構えているのは、アルジェンタムもグランツもまったく警戒していなかったので危険はないと判断したからだ。
彼ら以上に魔物……瘴気に敏感な者はいないし、私も進化したことで彼らに次ぐ感知能力を得ている。ということで安心とまでは言わないが、心配するほどではないと思う。間近にいた私がなんともなかったから、ちゃんと吸って大丈夫な空気もあるだろうし。
「こらっ、ちゃんと安全を確認してから入らないと駄目でしょう?」
「う、ごめんなさい」
門を抜けて周囲を見渡すと、シェリーに捕まったアルジェンタムがお説教をされているところだった。コナミとエリザベートは二人のそばに控えている。
グレイシアとグランツは警戒がてら金色に光る森を眺めていた。
「不思議な感じね……光っているのに眩しくないわ」
「そうだね……なんとも神秘的な場所だ」
私が近づくと、グレイシアが感想を漏らし、私も同意を返した。
辺りに目をやれば、エルフの里で見た族長の家がある巨木を思い出すほど大きな木々が、かなりの間隔を空けて立ち並んでいて、それらがボンヤリと発光している。
なんというか、提灯や行灯の明かりに似た幽玄な雰囲気。それでいて蛍の光のような儚さも感じられた。
「この広さなら、グランツも問題なく動けそうだね」
それぞれの木の間隔は十~二十メートルはある。グランツは全長十メートルを超えているが、全幅は四メートルもない。走り回るのは難しいかも知れないが、歩く分には問題ないだろう。
そうこうしていると、アルジェンタムへのお説教を終えた子供たちも集まってきた。
彼女たちも改めて森の様子を、興味津々とばかりに見回している。
予定にない異界への旅となったが、どうやら皆これはこれで楽しめているようで何よりだ。
「!」
しばらく、その場でのんびりと雰囲気を楽しんでいると、かなりの速度で近づいてくる大きな魔力に気付いた。グランツも私とほぼ同時に反応を示し、対象の方向に目を向け盛んに耳を動かしはじめた。
「何?」
「……私と同程度の魔力を持った何者かが近づいてきている」
「えっ!?」
グレイシアの問いに答える。驚きの声を上げるのはコナミだ。
「敵……ですか?」
「いや、瘴気は……私には感じられない」
「じゃあ、人間?」
エリザベートとシェリーの疑問に、私は一つ頷いた。
グランツとアルジェンタムも、注目はしていても警戒はしていない。となればいきなり襲い掛かってくるような相手でもないだろう。
「みんな、武器は収めておこう」
そう促すと、全員が素直に剣を鞘に収めた。エリザベートは盾のみ手にし、メイスを腰に戻している。
「ほう、エルフに人間、神狼族にケルベロス……そして来訪者が二人か」
間もなく現れた人物は、我々の姿を確認し「ドワーフ」がいれば完璧だったの、と感想を漏らした。