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132.失敗

 オッサンは話すべきことはちゃんと話しておかないと駄目だなあと思ったのだ




「みんな、午後はどうするのかしら?」


 宿の庭でエミリアと雑談していたところ、昼食の時間となったため呼びに来たシェリーと共に宿内の食堂に移動した。グランツは中居さんに頼んで専用の昼食を出してもらう。まあ、生肉だ。


 なぜか獣人族はグランツにフレンドリーというか、あれほどの巨体に育ったのにまったく警戒しないので気を使わずにすんで助かっている。

 灰狼族の村の子供たちも初対面ですぐにべったりだったから、何か獣人族にしかわからない判断基準があるのかもしれない。


「私は、ちょっと森の様子を見てこようかな」


 食後のお茶を飲みつつ、グレイシアの問に答える。実際には森に行くというのは半ば方便で、「精霊光」を発動した時に感じたことが事実かどうかを確認するつもりだ。


 ――そう、精霊の住処は隣の世界にあるかもしれない。というアレだ。


 本来ならすぐにでもやっておきたかったのだが、あの戦いからこれまで、なんだかんだでバタバタしていたため実行に移せていなかった。

 で、今日はゆっくりできるということで、せっかくの機会だからやってしまおうと考えたわけだ。


「アルもいく」


 ――のだが、予定が狂った。よく考えなくてもアルジェンタムも気になるに決まっているのだ。故郷の森の様子なのだから。

 うかつだった。


「……ソウシ?」


 どうやら動揺が顔に出たらしく、グレイシアに気づかれたようだ。目ざとい……。

 しかし困った。このままでは追及されてしまうが、まだコナミには話したくない。なにせ、日本に帰れる希望があるのかないのかわからないうえに、可能性だけは見えてしまうのだ。ぬか喜びに終われば、落胆はより一層深まってしまう。


「何かあるの?」


 ああー、ダメだ。そう聞かれては何もないとは言えない……。


「あると言えばあるんだけど……まだ、なんとも言えないことなんだよね……」

「危ないこと?」


 煮え切らない私の答えに突っ込むのはシェリーだ。

 これまで、どうしようもなかったとは言え危ない場面で前に出ていたつけか……。


「危なくはないと思うんだけど……」

「じゃあ、私も一緒に行くわぁ」


 そう答えれば、そうなるよねえ……。いや危ないと答えても結果は同じか。「危ないなら人手は多いほうがいいわよね」と、こうなるだろう。

 それに、もうすでに皆「聞かなきゃ収まらない」という顔になってしまっている。


「……わかった、話すよ。まだ、確たることは言えないんだけど」


 私は観念し、先日の体験を話すことにした。

 「精霊光」を発動した際に精霊が住む世界、あるいはその近傍世界に触れた感覚があったこと。

 精霊に働きかければ、そちら側へ続く扉を開けるかもしれないと感じたこと。

 この二つだ。


「だけど、上手くいくかはやってみなければ分からない。それに上手くいったとしても何が起こるかも分からない」


 さすがにここまで説明すればグレイシアも私の話がどういう可能性を含んでいるかに思い至ったようで、困ったような狼狽えたような微妙な表情になっている。

 もちろんコナミは真っ先に、その可能性に気づいて固まったままだ。


 そしてコナミの様子と話の内容から、シェリーとエリザベートも私が話さなかった理由を察したようだ。

 シェリーは慌てたように私とグレイシアの顔を交互に確認し、エリザベートはコナミの様子をじっと窺っている。

 エミリアは細かな事情を知らないため首をかしげるにとどまっった。


「何にせよ、やってみなきゃ分からないんですよね?」


 沈黙を破ったのは意外なことにエリザベートだ。

 彼女はこれまで、こういった意見交換のような場面では一歩引いていた。恐らくはコナミの護衛役という意識が強かったからだろう。


 その彼女が真っ先に発言するとは……いや、コナミに関わることだと察したからか。

 どちらにせよ、以前よりは対等な仲間意識が強くなっているのかもしれない。良いことだ。


「うん。今はまだ、仮定に仮定を重ねている状態だからね」


 私はなんとなく温かい気持ちになりながら、彼女に答えた。


「それでは、確認しに行きましょう」


 分からないなら、まず確認。後のことは、それから考えるべきです。と、エリザベートは決然と宣言した。

 そして更に言葉を続ける。


「コナミ、一緒に行きましょう。希望があるのか、ないのか。自分の目で確かめるんです」


 コナミの手を取り決断を促す言葉は強いが、その表情は柔らかい。

 アルジェンタムは事情はよく分かっていない感じだが、コナミにくっついて気遣っている。


 そういえばこの三人は最初にカトゥルルスで出会って以降、一緒にいることが多い。おおむねコナミを中心に、右にエリザベート、左にアルジェンタムが位置する形だ。


「可能性があったら喜んで、駄目だったら好きなだけ泣けばいいんです。私が必ず傍にいますから」

「アルもいる」


 エリザベートとアルジェンタムに抱きしめられ、コナミは徐々に表情を取り戻し、最終的には泣き笑いになって二人に頷いた。

 血のつながりなどない三人だが、その様子は本当の姉妹のようだった。




「ソウシ、ごめんなさい……」


 子供たちが町へと出かけ、二人きりになったところでグレイシアが深々と頭を下げた。

 私の隠していることを聞き出そうとしたタイミングが悪かった……ということで、だろう。


 結局、午後は全員で森に行き、周辺の様子を確認した後「異界門」の実験をすることとなった。

 そこで子供たちは、門が無事開いた場合に備えて必要になりそうな物資の買い出しに出かけたのだ。


「いや、私こそ、ごめん。君にだけでも、すぐに話しておくべきだったんだ」


 私も自分の悪癖を省み、グレイシアに謝る。何もかも一人でなんとかしようとするのは間違いだ、と先日ようやく気付いたばかりだったのに情けない話だ。


 頭をあげようとしない彼女を抱きしめることでまっすぐ立たせ、頭をなでて落ち着かせようと努める。

 仲間内でコナミの気持ちを本当に理解できるのは、もしかしたらグレイシアだけかもしれない。


 愛するものを失った経験はアルジェンタムもしているが、彼女はまだ幼いし環境にも恵まれていた。

 グレイシアは失い、長い時間を苦しみ続けていただけに、コナミに対する罪悪感も強くなってしまった……ということではないだろうか。


「仲間なら多少の失礼なんて気にする必要はないと言ったのは君だよ? あとで謝って仲直りすれば良いって言ったのはシェリーだったかな」

「あ……」


 だから必要以上に気に病む必要はないのだ、と私が少し楽になるきっかけとなった言葉を彼女に返す。


「幸い、コナミのことは子供たちがフォローしてくれたしね。まあ、父親役としては情けない限りだけど」

「ふふ……」


 ちょっとした冗談(事実だけど)を交えると、グレイシアはようやく笑顔を見せた。

 一先ずは、なんとか丸く収まったかな……。


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