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131.スパルタ

 何も考えずにゆっくりするというのも難しいものだとオッサンは思ったのだ




 エミリアの実力の程は……と興味深く見ていたのだが、ハッキリ言うと単純な剣術の腕前としては私などより遥かに上だった。


 お祖母さんがグレイシアに比肩するほどのキャリアを持つ探索者であり、幼い頃から探索者ギルドを遊び場として育ったという彼女は、多くの実力者に可愛がられていたそうだ。


 その結果、体の小ささを活かす技術をメインに学んだエミリアは、左手のみ逆手に持った短剣二刀流だった。

 どうやら左の短剣は盾代わりに使うのがメインでありながら、ごく近い距離では突きにも用いるということらしい。


 どちらの短剣も刃渡り三十センチほどと短剣では最長と言っていい長さで、それなりに破壊力も出せそうだ。

 とはいえ、人より大きいサイズや鱗などで硬い魔物は苦手だろう。


 今回の相手であるロックリザードは体長五十センチほどと小さく素早いタイプだから、エミリアにとっては比較的与し易い相手ということになる。


「ふう……」

「お疲れ様」


 五匹いた内の二匹をシェリーとアルジェンタムが一匹ずつ倒し、残り三匹を二人で倒さないように、かつ一匹ずつエミリアが相手取れるように調整していた。


 エミリアに慣らしをさせつつ、問題があればいつでも対処できる心構えをしておく……というのがシェリーとアルジェンタムの方針だったようだ。

 それは上手く機能し、エミリアは一対一の三連戦を危なげなくこなした。


「一匹なら大丈夫そうねぇ。……次は二匹同時に行ってみましょうか」

「え」


 ああ、グレイシアがノってきた。これはエミリアも限界まで鍛えられるぞ……。槍の訓練を受けている私と同じ目に遭うのだろう。合掌。




「着いたー……ああー……」


 エミリアの脱力しきった声が山裾に響く。


 結局、午前中いっぱいはグレイシア指導の下、エミリアに実践訓練が施された。

 二匹でなんとかなるから次は三匹、三匹はちょっと辛かったから次は二匹を連続で……というように段々とハードルを上げられ、最終的には二匹を五連続までひっぱっていた。


 昼食をとり、エミリアだけグランツの毛皮に包まれて仮眠をとって昇級。

 午後三時頃からは本道周辺の掃除も兼ねて虱潰しに魔物を狩り、エミリアがもう一度昇級できそうという辺りでカトゥルルスへと向かった。

ちなみに魔物の解体は、彼女が戦っている間に暇な人員がやっていました。


 そして午後六時現在、ようやく赤熊族の村にほど近い山の麓にある出口にたどり着いたというわけだ。

 すでにとっぷりと日が暮れ、あたりは闇に包まれている。まあ、最初に使って以降、ずっと「精霊光」で照らし続けているから真っ暗というわけではないが。


 ということで、こんな時間に我々が出てきたのを見た赤熊族の監視員の男性に驚かれるやら呆れられるやらしつつ、私たちはグランツの背に乗ってその場を後にした。


 向かうはカトゥルルスの首都。あそこなら、この時間でも宿が取れないということはないだろう。

 エミリアも疲れているだろうし、年末年始に宿泊した宿を取ってゆっくりしたいものだ。




 希望通りの宿でゆっくりと一夜を過ごし、翌日はのんびりすることになった。

 エミリアは予想通り五度目の昇級を果たし、たった一日で二度も昇級できたことに心底驚いていた。

 まあ、それだけ彼女にとってハードな一日でもあったわけだが。


 なにしろ現在、大陸で三人しかいないと言われる「回帰」を使える人間全員が揃っているのだから、疲れたら「回帰かけて」と気軽に言えてしまう状況なのだ。


 そのため、グレイシアは昨日まったく加減せずにエミリアを鍛え続けた。それも剣術・魔法の両面でだ。

 限界まで戦って、自分で回復させまた戦い、魔力が足りないようなら他の人員が回復させ……というサイクルはなかなかに壮絶なものがあった。


 そうそう、首都に着いた時も、宿に向かう道中も、そして宿を取る時もグランツは会う人会う人に「でかっ!」と言われた。

 幸い、来訪者が二人もいる私たちの探索者団を覚えている人も多かったので、特にトラブルもなく過ごすことができたが。


 それとグランツが大きくなって以降たびたび思ったことだが、どこにも彼が入れるサイズの建物がない。

 日本家屋のような建物なら窓を開け放てば首くらいは突っ込めるが、さすがにゆっくり過ごすというわけにはいかなくなる。


 彼自身、屋外で寝ることは問題ないようだが、これまでほとんど一緒に眠っていたため少しさみしい。

 だからというわけでもないが、新たに彼が出入りできる小屋(というほど小さくはないが)を建てたいところだ。


 今の私たちなら、協力すれば石造りの建物の一軒や二軒は一日もあれば作れるだろうし、土地さえ見つかればどうにかなるだろう。どこか開拓してもいい場所があれば、そこを開拓しても良い。


 色々選択肢があるから、みんなと相談して決めたいところだ。

 宿の広い庭で寝転ぶグランツの懐に座って背を預けながら、私はぼんやりとそんなことを考えた。


「ソウシさん、今いいですか?」

「ああ、構わないよ。どうぞ」


 小屋を建てるとして、どういう形を……と妄想を膨らませているとエミリアが現れた。珍しく一人だ。

 私はグランツのお腹を手で示し、座るように勧めた。彼女は会釈をすると、素直に腰を下ろす。


「それで、何か用事かな?」

「特に何かあるわけではないんです。ただ、ソウシさんとはあまり話していないなあと思って」


 と、エミリアは遠慮がちに答える。

 言われてみれば、そうである。

 若い女性だからと一歩引いていたのは確かだし、年齢の近い子がいるから任せておいた方が間違いがないだろうと思ってもいた。


「そう言えば、そうだね。ふむ……話せることというと、向こうの世界のこととか、これまでの経験くらいなものかなあ」

「あ、そういえばグレイシアさんて、いつもああいう感じなんですか?」


 何か、とっかかりは……と考えを巡らせようと頭を捻りかけたところで、エミリアから良い話題が提供された。


「あー、私とコナミ、エリザベートは似たような特訓はあったね。アルは入っていきなり魔物の大群と戦ったりしたからなかったけど」


 もう随分、昔のことのように感じながら、私はグレイシアの課す訓練に関することを話した。


 初心者の私に槍を教える際、とりあえずボコボコにして「回帰」で回復すると再びボコボコにしたこと。

 コナミの適性を見る時はあえて動きを制限するようにちょっかいを出しては対処させていたこと。

 エリザベートの実力を見る時は、常に盾側では対処しにくいように動いていたことなど……。


 こうして考えると、直感的に強みになるところや直さなければならない所を重点的に補強している気もする。

 ……まあ、私の訓練は体力も基礎もない状態からだったし、どこをどうという方針もなかったということだろう。


「なるほど……じゃあ私の場合は実戦経験を積ませる感じだったんでしょうか」

「かもね。なんだかんだで私たちは名もなき神との戦いの関係もあって、大規模な戦いを何度も経験しているからね」


 エミリアに答えながら私はまた考える。

 今後、少なくとも二回は教皇との戦いと同レベルか、それ以上の規模での戦争が起こるだろう。

 その大戦に勝ち、生き残るためには、できる限り多くの昇級と実戦経験が必要なのは疑いない。


 ……リフレッシュに来ているのに考え込んでしまうのは、私の良くない所だなあ。


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