127.最初の来訪者・ユウキ
これは慣れないと危ないとオッサンは思ったのだ
「んで、進化したことについてだが」
湖に消えてゆく名もなき神の魔石を見届け、ユウキは話を戻した。
……さっきは勿体つけただけだと言っていたが、完全にいたずらっ子的な考えだけではないということだろう。
ケルベロスに関しては見たまま巨大化し空を飛べるようになる。そして全ての進化種族は、普通に昇級した時よりも遥かに高い倍率で強化されるという。
彼女自身の経験では、普通なら九度目の昇級で十倍の力を得るところで二十倍以上の上昇率を実感したそうだ。
それも身体能力、魔力はもとより、魔法の規模や威力も大きく跳ね上がったとか。
「まあ、身体能力に関しちゃ、これまでどおりの感覚で特に問題ねーんだけどな。問題は魔法だ。っつーのもさっき言ったとおりアホみたいに効果がでかくなってる」
一言で言うなら、下級でも上級を軽く超える破壊力を出せちまうってわけだ。と軽く言い放つユウキ。
そこまでの強化だとは思っていなかった私は絶句するしかない。
これまでの私の攻撃魔法では中級と下級を組み合わせて上級を超える破壊力を生み出す「爆裂陣」が最大級の物だろう。
ユウキの説明どおりだとすると、この「爆裂陣」と現在の「風火弾」でトントンくらいの威力になると考えられる。
しかも魔力量そのものが倍どころでなく増えているなら、超破壊力の爆発魔法を何十発と連射できることになってしまう。
「それは……完全に人間やめてますね……」
「だな。けど、実際に名もなき神と戦ってみてどうだ? 力不足を実感したんじゃねーか?」
……思わずこぼれたつぶやきに的確に突っ込まれた。
確かに昨日の戦いでは、ほとんど最初から最後まで全力で最強の魔法ばかりブッ放していたが、それでも大したダメージを与えられていない感じだった。まさしく力不足だったということだろう。
そこを皆の力でなんとかしたというのが事実だ。
それぞれができることを増やしていたから上手くいったが、もし私一人で戦っていたら確実に死んでいた。
あれでまだ完全には復活していない状態だったというのだから、本来の力を取り戻した名もなき神が相手であれば……。
「わかってるみてーだな。なら早いとこ今の力に慣れておくんだな」
黙り込んだ私に、ユウキはまっすぐに告げる。その言葉には強い実感がこもっているようで、私はただ深く頷いた。
「よし。あ、魔石ってまだ一個だけか?」
「いえ、もう一つ獣人の国の南にある島に封印している物がありますが」
「そっか、じゃあそれも取ってきてくれ」
今なら飛んでいきゃ二時間くらいで帰ってこられるだろ。といきなり話を変えたユウキは気楽な様子で言い放つ。
……まあ、その方が安心だから行ってきますけどね。
ものは試しということで、ユウキの指示に従い私は一人、カトゥルルス南の遺跡を目指し飛び立った。
これまでの感覚では、どう頑張っても時速百キロ出るか出ないかという飛行速度だったが……。
「はえーよ……」
自分の斜め下から「追風」を吹き付けてみたところ、ユウキの言っていた「進化による魔法の強化」を実感することになった。
というのも、アインスナイデン辺境伯領・領都アインス北東に位置する「女神の腕」から、馬車で二日はかかる距離にある街道の分岐点まで、わずか十分ほどで到達してしまったというか通過してしまったのだ。
馬車の速度を時速十キロとして単純計算すると、なんと時速千二百キロ出ていることになってしまう。
ほぼ音速だよ……。
それでいて大した空気抵抗も感じないのだから、まったく何がなんだかわからない。
感覚的には風の精霊が力を貸してくれているようではあるのだが……。
「ハイヒューマンに進化したことで精霊との親和性が高まったり、自然とできることが増えたりしたってことなのかなあ……」
グランツと違って魔法を使わず飛べるようになったわけではないようだが、それでも飛ぶために必要な労力が大きく軽減されているのが実感できる。
「まあ、今はいくら力があっても足りないって状況だし、良いことだと考えよう……」
現在の能力があれば昨夜の戦いも一人でどうにかなっただろうか? などと意味のないことを考えながら飛び続け、おおむね一時間ほどで封印遺跡の島へとたどり着いた。
誰もいない遺跡の中に潜り込み、一旦、本物と入れ替わりに偽物の魔石を置いておく。正直、どうすれば関係者が納得してくれるのか思いつかないが、後日なんとか説明するしかない。
名もなき神に絡む事が全て終わるまでに、どうするか考えておかねば……。
「お待たせしました」
「おう、おかえり」
きっちり二時間で往復し、私は再び「女神の腕」を訪れた。
現在、十六時少し前だが、どうやら早めに夕食を用意しているところのようだ。いまだ消費しきれていないアースドラゴンの肉が、熱せられた石板の上でジュウジュウと音を立てている。
このアースドラゴン、というかドラゴンの肉だが、話によると一年くらいは何もしなくても保つらしい。実際、倒してから一月以上経過しているが、まったく悪くなる様子がない。保存食もびっくりだ。
一部はアインスやイニージオの町などにも出回っているはずだが、まだドワーフの谷にも大量に残っている。
魔物としてのレベルも素材としてもそうだが、肉だけでもお祭り騒ぎになるのに十分な理由があるということだろう。
私が出かけている間に女性陣は色々と雑談をしたらしく、地竜退治のことも話したとか。それでせっかくだからドラゴンの肉を振る舞おう、ということになったようだ。
「いやーフリーズドライの野菜スープも悪くねーな。なんつーか日本を思い出すわ」
石製のカップを片手にユウキが機嫌よく言う。
日本だとどこの店にでもスープの類が置いてあった。私も近所のスーパーでよく買って帰ったものだ。手軽に一品増やせる感覚とでも言おうか、急に汁物が欲しくなる時には重宝した。
「俺はバイト暮らしだったから、乾麺とかスープとか安い時に大量に買い込んだもんだ」
ニコヤカに言うが、苦学生だったのねえ……。
熟成され捌きたてより美味しくなっていたドラゴンステーキに舌鼓を打ち、雑談も交えつつ、私たちは楽しく夕食を食べ終えた。
夕日もほとんど沈み、辺りはすっかり薄暗くなっている。
二つ目の名もなき神の魔石も湖に沈め、ここに来た目的も果たせた。そろそろ開拓村へ向かわねばならない。
だが、一つだけユウキに確認しておくべきことがある。
「ユウキさん、あなたが名もなき神に対処しないのは何故なんですか?」
実力的にも持っている知識的にも、誰かに任せるより彼女自身が出張る方が確実だろう、という話だ。
「あーそれな……。実は俺、もう生身じゃねーんだわ」
だから、ここから離れられねーんだ。彼女は少し残念そうに、そう答えた。