122.教皇
オッサンは生きるためには先制攻撃も辞さないのだ
「よし、銀鈴は『精霊灯』を持ったまま上空を旋回し続けてくれ。私たちは下に降りる」
「はーい」
王都のすべての区画上空を通過して目につくスケルトンを殲滅し終え、私は再び銀鈴に指示を出して彼女の背から湖上区の中心付近に飛び降りた。女性陣とグランツも、それに続く。
もし新たなスケルトンが現れても、銀鈴が巡回していれば即座に「精霊灯」の光で対処できる。だから後は任せて良いだろう。
結局のところ、どの区画も静かなものだった。
もっと大混乱を想像していたが、考えてみれば事が起こってすでに九時間近く経過している。犠牲が出ていても出ていなくても、戸外にはスケルトンしかいなくて当然ではあった。
「出てきているのは、やっぱり教会か……」
私は「精霊光」を発動し、小走りに移動しながら周囲を見回した。
上空からの光の照射で、王都の街中にいたスケルトンは大半が消滅したはずだ。だから一箇所にだけ魔物の姿があれば、そこに元凶があると判断できる。
大通りを教会に近づくに連れ、辺りに散乱した仕立ての良い服や高そうな装飾品、それに騎士や神官戦士の物らしき鎧・武器などが増えてゆく。そのそばには小さな毒々しい紫色の魔石が、やはり大量に転がっていた。
「やっぱり大半は、街の人だったみたいね……」
シェリーのつぶやきに全員が暗い表情で頷く。
彼女の言うとおり街の、それも騎士や貴族、そして教会関係者を中心に多くの犠牲が出ているようだ。
「さっさと片付けて、怪我人がいたら助けないと」
教会の大聖堂、開け放たれたその扉の前に立ち、コナミが決然と言い放つ。誰からともなく全員が顔を見合わせ、力強く首肯した。
向かうは、大聖堂地下墓地。そこには恐らく、名もなき神が待っているだろう。
探索者団「妖精の唄」は、私とグランツを先頭に聖堂内に足を踏み入れた。
私たちが前進するごとに、奥から現れるスケルトンが「精霊光」に浄化され消えてゆく。
大聖堂はアーチを多用した内装で、きらびやかな燭台がそこここに吊るされロウソクには火が灯されている。
窓はすべて色とりどりのステンドグラスで装飾され、今の状況に違和感を覚えるほど美しい。
だが今、ミサの際には多くの人が祈りを捧げるであろうそこは、次々に現れては消えてゆく骸骨によって死のイメージに侵されていた。床に散らばる魔石もそれに拍車をかけている。
きれいに並べられた幾つもの長椅子の間を抜け、祭壇へとたどり着く。そこにあったはずの女神像は粉々に破壊され土台しか残っていない。
スケルトンが出てきているのは、その後ろ。地下墓地への下り階段だ。
一瞬、ここから「爆裂陣」でも放って、大聖堂で生き埋めにすれば良いんじゃない?と考えたりもしたが、深さを知らないため断念した。
そんな私を後目に、真っ先に階段を下り始めたのはグランツだ。彼は階段を降りながら、邪魔になるであろう魔石を前足で器用に払い除けている。
グランツは「精霊光」の届く範囲ギリギリで立ち止まると、こちらを振り返り首を傾げた。まるで「行かないの?」と言っているようだ。
私は思わずフッと吹き出しながら、彼に続いて階段を降り始めた。
グランツはいつもやるべきことをまっすぐにこなす。今回もやることは分かりきっている、ということだろう。そんな彼だからこそ我々は信頼して仕事を任せるのだ。
そして私も自分のやるべきことをやらなければならない。
背後からも柔らかな空気が伝わってくる。皆がグランツの行動に、いい意味で肩の力が抜けたのだろう。
一歩ごとに強まる禍々しい気配を前に、私たちは怯むことなく地下墓地を目指した。
「なんだ、貴様らは」
何度も曲がる階段を下り地下に降り立った我々が墓地へと足を踏み入れると、そこには大量のスケルトン。そして最奥の祭壇らしき場所に設置された玉座のような椅子に座す一人の人物がいた。
その人物は突然現れた私たちを訝しげに見つめ疑問の声を発した。
「なんだ、その光は」
問に答えない我々に、その人物は気だるげに立ち上がって再び問いかける。その痩躯はきらびやかな法衣に包まれ、彼の地位が教会内で最高のものであることを表していた。
「答えよ」
苛立たしげに年老いた顔を歪め、教皇は返答を要求する。それに対する、こちらの答えは――。
「石壁!」
「水流壁!」
「……爆裂陣!」
魔法による先制攻撃だ。
閉鎖空間内で発生した爆発が轟音とともに激しい衝撃波を室内に充満させる。
我々はジェリーの「石壁」とグレイシアの「水流壁」によって守られ、少々の衝撃と揺れ、あとは若干の熱を感じる程度に留まった。
爆発音が収まった後は、ガラガラという天井の崩落する音が絶え間なく響き、地下墓地に落下した石材の巻き起こす土埃によって視界が遮られる。
しかし、私の目には教皇、いや名もなき神の発する瘴気がはっきりと見えた。
どうやら決定打とはならなかったようだ。
獣人の国カトゥルルスで相対した名もなき神であれば、大きなダメージを与えられたであろう魔法が大した効果を発揮しなかったとなると……それは取りも直さず目の前の存在が、前回の敵よりも遥かに強いということを意味する。
「外に出よう」
名もなき神が健在であることを確認した私は、仲間たちに指示を出し、階段を駆け上がった。先頭はグランツ、殿が私だ。
背後からはおぞましい妖気が大きく膨らんでいくのを感じる。
皆が階段を昇りきるのを見届け、私は一人、階段の途中に立ち止まった。
「来たか」
階下からガシャガシャと何か硬いものが激しく動く音と、時々壁にぶつかるような重い音が聞こえてくる。恐らくは階段の踊場毎に直角に曲がっている構造のために、減速できず激突しているのだろう。
音はどんどん近くなり、ついには最後の踊り場へと到達した。
現れたのは巨大な頭蓋骨。それが階段の壁面をガリガリと削りながら、次いで現れた長い腕を用いかなりの速度で方向転換した。次に現れたのは胴体……ただし蛇のごとく長い、見えているだけで軽く十メートルを超える程だ。
「爆裂陣! 水流壁!」
私は十分に敵を引きつけてから再び爆発魔法を放ち、続いて分厚い水の防壁を張った。
左手に持つ槍の先端から小さな火の玉が飛び、階段を昇りながら充満させておいた大量の酸素と水素に引火する。
階段を伝うように衝撃が駆け下り、巻き込まれた巨大な蛇身のスケルトンを破壊してゆく。
私はその様子を確認しながら、水の壁と共に爆風で大聖堂内に押し出された。
二発の「爆裂陣」でもトドメは刺せなかったようで、轟音の中に骨がうごめく音が混じっている。
もう十分長い夜になっているが、まだまだ今日は終わらないようだ。