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行きあった人々

 行き会った人々




 それは、いきなりだった。

 太陽が西の山の向こうに消えた途端、現れたんだ。何がって? スケルトンだよ。


 スケルトンってのは人骨が瘴気に晒された結果生まれるとされる魔物だ。

 山深い村で葬られた遺骨が、ごくごくまれにそうなることがあると聞いたことがあるが、俺も見るのは初めてだ。


 俺も数年前まではそこそこの探索者だったが、いわゆるアンデッドの類はいるかどうかも怪しい存在だと思っていた。だって見たってヤツにあったこともないんだ。だから今の今まで信じていなかった。


「も、門を閉じろ!」


 港街ポルトまで馬車で一日弱という場所にある、通称「樵の村」に怒声が響く。

 スケルトンが現れた当初は、誰もが恐怖で動けなくなっていた。だけど、樵によって切り開かれた森まではそこそこ距離があったことが幸いした。


 正気を取り戻した男たちが、慌てて北の門を閉じる。村にある門は、南北二つ。森に近いのは北門だ。こちらを閉じてしまえば、まあ大丈夫だろう。


 この村の西には結構でかい川が流ており、樵たちが切り倒した木をポルトまで流して届けることで生計を立てている。

 獣人の国カトゥルルスへの玄関口であるポルトは、日々拡大を続けている。そのため、建材となる木の需要は引きも切らないのだ。


 俺はそのポルトと、かつて開拓の最前線と言われたイニージオの町との間を往還する乗合馬車の御者をしている。結構な探索者だったんだが、運悪く膝を怪我してしまったのだ。


 幸い、伝手を頼って御者の仕事を得られたから食っていけてる。探索者をやっていた頃から長旅には慣れているし、今でも狼の二~三匹くらいならどうにか倒せる。だからこの仕事はそれなりに気に入っていた。

 まあ、実際には護衛も付くし、メインの客が探索者と商人だから、この辺なら危ないこともそうそうないのだが。


「いったい、何が起きてるんだ……」


 誰かが呟いた。その目は防壁の外でうごめくスケルトンに釘付けだ。

 スケルトンが現れてからもう六時間ほどは経ったが、まったく減る様子は見えない。というか明らかに増えてる。しかも村に入ろうと防壁の上に手を伸ばしている。


 どうやらスケルトンは大した身体能力はないらしく、今のところ壁を乗り越えるような者はいない。

 アンデッドといえば日光に弱いと言われているから朝まで耐えればなんとかなるのかもしれないが、このまま増え続ければ石の壁はともかく木製の門が保たなくなるだろう。


「何が起きてるのかは俺が聞きてえよ……なあ?」


 俺は馬房の横木に腰掛け、馬車馬たちを撫でてやりながらぼやいた。

 コイツらは街道を行き来する時に魔物に遭うこともあるから、そこそこ慣れている。

 だが、さすがにスケルトンの大群が相手では平静ではいられなかったのだろう。実際、いつもならとっくに寝ている時間なのに、まんじりともしていない。


「あー……あん時みてえに雷神と妖精女王が来てくれねえかなあ……」


 ぼんやりと古びた厩舎の天井を見上げながら、そんなことを言ってみる。


 昨年、俺は「妖精の唄」という探索者団を馬車に乗せた。彼らはカトゥルルスに行くという話だった。

 その道行きはいつもよりも遥かに快適だった。というのも彼らの中には二つ名持ちが二人もいたし、狼の従魔とクォーターエルフの少女が一匹の魔物も見逃さず、俺たちが気づいた時にはもう片付いているという状態だったからだ。


 それに彼らは夜営の時も率先して火の番をしてくれたから、とても助かった。最近は魔物が多く出ているから護衛たちの負担が大きい。その負担を彼らは半分ほどに減らしてくれた。


 だから今度も……なんて甘い考えを抱いたのだ。


「まあ……あ?」


 無理だよな、と口にしようとしたところで、俺は北東の空から真っ白に光る何かが近づいてきているのに気づいた。

 それは数秒のうちに小さな点から視界を覆うほどの大きさになり、山ほどいたスケルトンをあっさり消し飛ばした。


「竜……?」


 光が地上に降りてきたことで、光源にいる者の姿が見えた。それは銀色の竜と、竜を思わせる赤銅色の鎧兜に身を包んだ戦士だった。

 戦士は左手に一本の槍、右手に白い光の源と思しき魔道具を持っている。


 彼は半鐘台に飛び降りるとその魔道具を置き、再び竜の背に飛び乗った。

 俺がその姿を呆然と見上げていると、戦士は視線に気づいたのかこちらに顔を向け、手を振ってから南の空へと飛び去っていった。


「ははっ」


 何という奇跡だろうか。俺が願った存在が本当に現れるとは。

 装備は違っていたが、あの槍は雷神が持っていた物と似た型だった。

 雷神は地竜を倒して「竜殺し」の称号を贈られたという。そして竜に乗って現れるような力を持った男が現れたのだ。これで結びつけて考えないわけがない。


「あっはっは! いや~、人生何があるかわかんねえな!」


 救援に湧く村人の声に負けないくらいの大声で、俺はひたすら笑い続けた。




 港街ポルテ。そこで俺はいつも通り、船員たちと酒盛りをしていた。

 ウェヌス号の船長を務める俺は、停泊ごとに船員を労うことにしている。なにせ一年の半分以上は海上で過ごす稼業だ。陸にあがった時くらいはきっちり息抜きをさせにゃならん。


 横柄な商人やら偉そうな貴族やらを乗せた後などは特に気を使う。海の上じゃストレスの発散も難しいし、飲み食いする楽しみもない。何事も乗客優先になりがちなのだ。


 最近は魔物も多かったり少なかったりで航路の安全も安定しない。

 雷神一行を乗せて以降は比較的穏やかになってはいるが、それもあの時大量にシースネークを狩ったからだ。今後もこのままとは限らん。


 今日も酒場で呑んで娼館にでも繰り出すか……そう思っていたんだが、街の喧騒は夜闇の到来とともに狂躁へと変化した。

 街の北東、そこからイニージオまで続く広大な森から魔物が溢れ出してきたんだ。


 間の悪いことに、今この街の外壁には隙間がある。というのも人が増えるごとに建物も増やされ新たに外壁も設けられるため、規模が大きくなればなるほど建築に時間がかかってしまう。


 そして大量に押し寄せるスケルトンは次々に、その隙間を通って街に入ってしまった。それが第一の不運。

 恐慌を来すならまだマシだったんだろうが、動く骸骨の群れに人々は身をすくませてしまった。そのため逃げ遅れた者たちが多く犠牲になったそうだ。


 伝聞形なのは俺たちが酒盛りをしていたのが港に近い、いわば旧市街だったからだ。そして俺たちに話が届いた時点で新たな動きがあった。


 なんとスケルトンたちは、町の中央を貫く川の底を歩いて門を抜けてきた。守衛たちはなんとか門を閉じたようだが、まさか川底から侵入されるとは思いもよらなかったらしく、水門は開きっぱなしだったのだ。それが第二の不運。


 あとはもう雪崩を打ったように死者が増えた。さらに死者がスケルトンと化し、さらなる死者を生む……最悪の循環だ。


 俺たちは早々にウェヌス号まで引き上げ、難を逃れた。現在は水門も全て閉じられ、もうスケルトンが入り込むことはない。だが……。


「骨の海だなこりゃ……」


 俺は船べりから遠く見える市街の景色を前にぼやいた。

 不幸中の幸いは、俺の見立てではスケルトンたちには木の扉さえ破る力がないってことだ。建物の中にいさえすれば被害に遭うことはない。あとは朝まで耐えるだけだ。


 そうして耐えること五時間。光の珠が北の空から現れた。それは一直線に街を縦断し、その白光で一息にスケルトンを浄化・消滅させ海上で旋回、再び街に戻ってくる。


 頭上を光が通過する時、それがなんなのかようやくわかった。白銀の竜と槍を持った騎士だ。

 彼は俺たちに気づくと大きく槍を振ってみせる。穂が長く幅広で三角形の底辺両端が槍の先端に向けて反り返った槍。その形には見覚えがあった。

 シーサーペントと共に彼が海に消えた時、甲板に残されていた、あの槍にそっくりだ。


「雷神だ……」


 船員の一人がつぶやく。こいつも槍の形を覚えていたんだろう。その顔には安堵と喜びが溢れている。


 しばらくして雷神と思しき男は光を発する何かを街の中央にある教会の鐘楼に置いて東の空に消えていった。街の人々の歓声を背に受けながら。


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