120.現状確認
思わぬ援軍は嬉しいけど責任重大すぎるなあとオッサンは思ったのだ
「ソウシ、ご苦労じゃったのう」
村の広場へと移動したところでピュエラ殿下に声をかけられた。
彼女の顔には疲労の色がくっきりと現れていたが、王女としての責任感からか気丈に振る舞っている。
護衛の騎士は道中コナミの「回帰」で二度ほど回復しているため、存外元気そうだ。いまだに不安げな様子はあるが、村に入れたからには問題あるまい。
「ありがとうございます。みんな無事に移動することができて何よりです」
一緒にいたコナミ、アルジェンタムと共に殿下に頭を下げた。
実際のところ、「精霊光」を維持する以外では、ほぼ精神的な疲れだけですんでいる。
頭が痛いのは、この後どう行動するか、という部分だ。
「それでじゃな、今後の行動を決めたいのじゃ」
どうやら殿下も私と同様の懸念を抱いているようだ。話が早くて助かる。
「了解です。ですが、その前に一つ試しておきたいことがあるので、少々お待ちを」
普段なら殿下を待たせるなんて!と言われるところだろうが、今は非常時だし許してもらおう……などと考えつつ、私は背負袋からドワーフの谷で作った魔道具を取り出す。
これは「温感石」と同じもので、まだ何の魔法も付与していない状態だ。
これまではいちいち一つずつ魔法を発動してはその性質を付与するということをしていたが、長時間維持している魔法に直接触れさせればどうなるか?という疑問が湧いたのだ。
今回試してみるのは当然「精霊光」だ。これがうまくいけば、持っている魔道具すべてを自動で発光し続ける「精霊灯」とすることができるだろう。そうなれば魔力を無駄に消費せずにすむのだが……。
「おお!」
私の行動を黙って見ていた殿下が感嘆の声を上げる。「精霊光」の発生源となっている光球に触れさせた途端、魔道具が眩く輝き始めたのだ。
どうやら、うまくいったようだ。これ幸いと次々と魔道具を光に突っ込み、手持ちの十個すべてに「精霊光」を付与する。これでもう自前の魔力で維持する必要はなくなった。
ついでに教会の鐘楼に飛び乗り、「精霊灯」を一つ設置する。こうしておけば、おおむね村全体をカバーできるだろう。教会は村の中心に建っているからね。
「お待たせしました」
「うむ! 枢機卿殿は酒場におる。我らも向かおうぞ!」
いかにも良いもの見たと言わんばかりの笑顔で殿下に促され、私たちは広場にほど近い酒場へと向かった。
酒場のスイングドアをくぐると、机と椅子を集めて設えた急造の集会所となっていた。
テーブルに着いていたニッチシュレクト枢機卿と村長、そして神父が揃って立ち上がる。壁際に控えていた騎士たちや神官戦士たちも姿勢を正し、我々(正確にはピュエラ殿下)を迎えた。
「待たせたのう。それでは今後の方針を固める会議を始めようぞ」
室内の一同を見回し、殿下が厳かに開会を告げて着席する。私も座るように促され、彼女に続いた。
探索者団の女性陣は中心から外れた別のテーブルに座る。リーダーがメインに話を進めるということだろう。
「まず最も大事な部分からじゃ」
「王都の現状がどうなっているか、ということですかな?」
殿下の言に枢機卿が問う。すると殿下は一つ頷き、言葉を続けた。
「例の情報から考えれば、今回の件で王都が何の関わりもないということはあるまい」
情報というのは、教皇とその部下たちの動向のことだ。
最悪の予想通りであれば、教皇が名もなき神で、部下たちはその手足となって動いていたということになる。そして今夜のスケルトン大発生も彼らの策謀によるものである可能性が高い。
そうなれば王都でも同様の事が起きているだろうと推測できる。
「とはいえ、これから王都まで移動するというのは現実的ではありませんね。王都には騎士や兵士も多いでしょうし、防壁で囲まれているなら他よりはずっと安全なのではないかと思いますが」
私の言葉に枢機卿と殿下は渋い顔だ。何か問題があるのだろうか?
「ソウシ殿、実は王都、いえ教会の地下には墓地がありまして……」
埋葬された死者の数は数千にも及ぶ、と枢機卿はためらいがちに告げた。
「ということは……内部に発生している可能性があると?」
「ええ、そういうことです。そして湖上区以外も街の中に墓地があります」
枢機卿の説明によると、王都と呼ばれている街は湖の中心にある島に作られた王侯貴族がメインに住む「湖上区」と、そこから東西南の三方向に伸びる橋および大通りと湖岸に張り付くように広がる「東区」「西区」「南区」という四つの区画から成り立っているそうだ。
そして湖上区を除く三区画は人が増えるごとに増設を繰り返されており、最外縁には低い防壁しかない。南区だけは東西の街道の合流地点であるため頑強な防壁があり、墓地もないという。
「となると南区以外はどこも、内外からスケルトンが押し寄せる可能性があるということですか……」
私のつぶやきに、枢機卿は苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。瞑目するピュエラ殿下も、さすがに不安を隠せていない。
もし推測が当たっているのなら、王都が滅ぶのにさして時間はかからないのは想像に難くない。
我々が村に来るまでに要したのは約六時間。王都も日暮れと同時に魔物の群れが大発生したとすれば……。
「王都もじゃが、他の町村も心配じゃ。内部に墓地はなくとも、防壁はせいぜい薄い石壁程度じゃろうからのう……」
王族の責任というものだろうか、殿下はそう漏らす。
村内に墓地があった場合、王都同様まずいことになっている可能性は高いか……。
いずれにせよ、早急に対処しなければ被害は広がる一方だろう。
黙ったまま考え込んでいると、大きな気配が近づいてきていることに気づいた。
「ウォフ」
グランツも「出てみよう」と言うように私を見て声を上げる。この気配が誰なのかわかっているのだろう。
とはいえ、仲間たち以外には分からないようで、困惑気味な視線を向けられた。
「どうやら私たちの友人が来たようです」
ちょっと外します、と断って席を立ち、私は仲間たちとともに表に出る。すると北西の森を越えて銀色の龍が飛来した。「精霊灯」の白い光を鱗が反射して、一際キラキラと輝いている。
いきなり現れた巨竜の姿に、広場にいた村人たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ去る。そこに一瞬で人化した銀鈴が着地した。
「銀鈴、来てくれたのか」
「うん、大変だと思ってー」
出迎えた私たちに「さんざん止められたけど、なんとか説得してきたー」と彼女はあっけらかんと答えた。
竜人族は基本的に人間たちのことにはノータッチだという話だから、かなり渋られただろうに。
「……銀鈴、ここまで来るのにどのくらい時間かかった?」
「んー? 三十分くらいかなー?」
地図の上で見ると、竜人山脈からこの村までは、直線距離でも馬車で六日はかかる。それを三十分ということは、音速と同程度の速度で飛んできたということだ。とんでもないな……と、それはともかく。
「それなら王都までも同じくらいか……」
森に近い町村を回ってからでも二時間かからず行けるだろう。
「それは本当か!?」
私が呟いた言葉が聞こえたのか、ピュエラ殿下が大慌てで駆け寄ってきた。その顔は地獄に仏と言わんばかりに輝いている。
「誰ー?」
「お、おお、これはすまぬ。竜人殿、妾はベナクシー王国第一王女ピュエラと申す! どうか、そなたの力を我らに貸してはもらえぬじゃろうか?」
銀鈴の疑問に慌てて答える殿下。対する銀鈴は軽い様子で「うん、いいよー」と応じた。
「ソウシ、竜人殿とともに近場から順に対処し、王都に向かってくれぬか? 無論、報酬はきちんと用意する」
「それは……よろしいのですか?」
私の「王都を後回しにしていいのか?」という疑問に、殿下は深く頷き、続けた。
「王都だけ優先するわけにはいかぬゆえ、騎士と兵士たちに耐えてもらう。町村を見捨てれば王家は国民を守らぬと誹りを受けよう」
無理を言うが、国を救っておくれ、とピュエラ殿下は私に頭を下げた。