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119.逃避行

 オッサンは結構長時間持続できるなあと思ったのだ




 私は南西の森を警戒しながら、先程のことを考えていた。それは「精霊の住処は隣の世界にある」かもしれない。ということだ。

 四つの精霊の力を融合させた結果、彼らの住処、もしくはその近傍世界の存在に触れたように感じられたのだ。扉が開いた、と表現すべきだろうか。


 となると……「扉を開いてくれ」と精霊に頼めば、もしかすると隣の世界に行けてしまうかもしれない。私とコナミ、そして数多の来訪者が実際に異世界から来ていることを考えれば、可能性はかなり高いのではないだろうか。


 だからといって地球への扉が開けるかどうかは分からないが――。


「ソウシ殿! 出立の準備、完了いたしました!」


 とりとめのない考えを巡らせていると、一人の騎士が駆け寄ってきて告げる。

 ……何故か指揮官のような扱いになっている気が。


「了解です。グレイシアの先導に従って移動を開始してください」

「はっ!」


 私が返答すると騎士は即座に駆け去り、隊長らしき年かさの騎士に報告する。そして報告された騎士は大声で指示を飛ばし始めた。


 程なくして一列に並んだ三台の馬車が、街道を南東に向かってゆっくりと移動しはじめる。

 向かうは開拓村。この世界に流れ着いた私が、初めてたどり着いた場所だ。

 もしかすると村もスケルトンに襲われているかもしれない。しっかりした防壁のある村だから大丈夫だとは思うが、何かもう一手考えておくべきかもしれない。




 通常の三倍ほどの速度で移動する車列を左手に見ながら、私は「精霊光」を維持しつつ駆ける。

 森から現れるスケルトンは白い光に触れた途端、あっさり消滅する。一応警戒してはいたのだが、ここまで約三時間、スケルトン以外の魔物は一度も現れていなかった。


 懸念していた魔力の消費についても特に問題はない。これなら村まで維持するのも難しくはないだろう。せいぜい上級一回分の消費といったところだろうか。


 間もなく次の野営地に到着する。ここで一旦休憩し、軽く食事をとる。馬たちにも「回帰」かけておけば疲労が回復するだろう。コナミに頼んでおかねば。




 野営地での休憩を終え、我々は移動を再開した。

 これから橋を渡るため、私は馬車の視界確保に先頭へと配置を変更している。「精霊光」で川周辺を照らせば脱輪の心配もないだろう。


 川幅は二十メートルほどだから橋全体を光の中に収めることが可能だし、川は森の南端付近から平原へと流れ出ているから後方より前方のほうが危険度は高い。


「対岸にもいるわね……」

「うん、予想通りといえば予想通りだけど……村も襲われているでしょうね」


 光に照らされ骸骨が消えてゆく。相変わらずさざなみのような音が途切れない。

 ここから村まではおおむね五十キロメートル。道が整備されていないためスピードを出しすぎると危険だ。ということで、橋を渡り終えた後はグレイシアとシェリーが「土壁」を地面を均すように何度も発動し続けている。


 二人横並びで「土壁」を使ってやれば、幅四メートル長さ五十メートルほどの平らな道がどんどんできてゆく。急場しのぎだが、馬車三台が通過するのに不足はあるまい。


 とはいえ道すべてを均すには単純計算で一人あたり千回も「土壁」を使う必要があるため、どうあがいてもグレイシアとシェリーだけでは無理だ。行けるところまで行って、後は馬車内の人たちに我慢してもらうしかない。

 ひどく酔う人も出るだろうなあ……。




「ちょっと先行してくる」

「ええ、行ってらっしゃい」

「気をつけて」


 今の馬車の速度なら、村まであと三十分という所で私は一人、村周辺の状況を確認に出ることにした。それに村の北東には小川がある。川幅はほんの数メートルで橋もあるが小さい物だ。だから橋の幅を拡張し、頑丈な石製にしてしまおうと考えたのだ。


 それに私の速度なら作業込みでも五分もあれば事足りる。ついでに村への先触れもやってしまえばいい。スケルトンに襲われていれば門を開けることも難しいだろうから、周囲の掃除もしておきたい。

 いきなり王女がやってくるとなれば村人の心構えも必要だろう。


 グレイシアとシェリーの声を背に、私はスピードを上げた。

 相変わらずスケルトンは絶え間なく湧いてくる。村に近づいてもそれに変化はない。やはり村も襲われているか。


「よし、これでいい」


 あっさり小川にたどり着くと、私は即座に橋を「石壁」の魔法で厚さ二メートル幅四メートルほどに改良した。これで荷物満載の馬車が通っても問題ないだろう。


「次は村周辺の掃除だな」


 作業を終えて今度は村の外周をぐるりと一周。骸骨たちは「精霊光」で消えるから楽なものだ。


「おお、来訪者! 今のはお前だったか!」


 掃除を終えて村に飛び込んだ私を出迎えたのは、意外にも万屋の主人だった。手には剣が握られている。

 この人、戦える人だったのか……。いや、考えてみればこんな森の近くの村で大人の男がまったく戦えないわけもなかった。


「お久しぶりです、皆さん。これからここにピュエラ王女殿下がおいでになります。ですので、合図をしたら東門を開けてください」

「は? 王女?」


 周囲に集まってきた村人に向かって大声で、そう告げる。しかし何を言われているのか理解できないようで、皆しきりに首を傾げている。


「本当に王女殿下がお出でに?」

「ええ、詳しくは後ほど説明しますが、あと三十分ほどで到着されます。馬車が三台ありますので、できれば広場を空けておいてください」


 慌てて駆けてきた村長の問に答え、続けて要望を伝えると、彼はコクコクと頷いてから再び慌てて駆けていった。広場にいる男集に指示を出しに行ったのだろう。

 村が魔物の群れに襲われている状況に追加の面倒事で申し訳ない限りだが、ここはなんとか頑張ってもらうしかない。




 村を出て車列に戻った私は周辺のスケルトンを掃討し、再び先頭に位置を取った。

 私が不在の間にも骸骨はどんどん現れていたようだが、移動速度の違いで攻撃を受けるようなこともなかったらしい。松明の灯りでの移動だから随分とスピードは落ちていたはずだが、何事もなくて一安心だ。


「間もなく、もう一つの橋に到達しますので減速の用意をお願いします」


 私が戻って十分ほどで小川の数キロメートル手前まで到達したので、全体に向けて大声で呼びかける。応諾の声が各所から返り、私は橋の周辺を照らすため先行した。


 往復でしっかり掃除したため、周辺に魔物の姿はない。ここを渡ればすぐに村だ。

 こちらを覗いている門番に手を振って「門を開けてくれ」と声をかける。すると即座に了解が返り、木製ではあるがしっかりした作りの門がゆっくりと開かれていった。


 完全に東門が開ききった頃には馬車と馬の列はすべて川を渡り終え、次々に村へと入ってゆく。


「皆、お疲れ様」


 殿を務めていた子供たちとグランツを笑顔で迎え、一人ずつ頭をなでて労った。

 シェリーとエリザベートは恥ずかしげに逃げていったが、コナミとアルジェンタムは私に抱きついてきた。

 よほど怖かったのだろう。二人とも小さく震えている。グランツも二人の間に潜り込むようにして、労えと言わんばかりに飛びついてきた。


 ひとしきり二人と一匹を抱きしめたまま撫でてやってから、我々は門をくぐった。

 その後ろでギイと音を立てて門が閉まってゆく。


 慌ただしく始まった逃避行は、ひとまず無事に終わったのだ……と、ようやく私は体の力を抜いて大きく息を吐き出した。


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