117.王女の依頼
早く動こうとしても間に合わないことって多いなあとオッサンは思ったのだ
ひとしきり歓声に応えた後、私とグレイシアは再びピュエラ殿下とドワーフの族長に向き直った。彼らは私たちに満足気に頷いてみせ、授与式を続行する。
アインスナイデン辺境伯から褒賞を受け取り、ドワーフの族長からはグレイシアとお揃いの短刀を手渡された。どうやら柄にアースドラゴンの牙が使われているようだ。鞘にまで細かな装飾が施され、隅々までこだわって作られているであろうことが素人目にもわかる。
わざわざオークションで落札した物を使ってくれたのだろうか?
「ここで皆が気になっているであろう、アースドラゴン退治の証をお披露目する!」
一通りのプログラムが終わったところで、ピュエラ殿下がそう宣言し右手を大きく振る。すると壇上奥に架けられたカーテンが開き、数人の兵士たちの手によって中から巨大な地竜の頭骨が引き出された。
普通の状態でも十分大きさが伝わるであろうそれは大きく口を開かれた状態で登場し、町の人々に悲鳴とも歓声ともつかない声を上げさせるに十分なインパクトを持っていた。
わざわざ周囲に首を振るように口内を見せつける演出付き。台車を牽いている兵士たちもご苦労なことだ……。
「よく観るが良い! 口蓋の傷跡は、ドワーフ族長の話にあったトドメの一撃による物じゃ!」
殿下の補足で、今度こそ歓喜と興奮の大音声が一斉にあがる。
会場のあちらこちらから『雷神』と『妖精女王』を讃える声が響き、グレイシアは誇らしげに微笑む。
私は龍を想起させる造形の兜の中で、引きつった笑みを浮かべるしかなかった。
「これを以て『雷神』ソウシと『妖精女王』グレイシアへの称号及び褒賞の授与式を終了する! ここからは王家と辺境伯、そしてドワーフによる料理を振る舞う! 皆、全力で飲み食いするが良い!」
またまた歓声が上がり、特設会場周辺にいくつも配置された屋台の覆いが取り払われると、見物人たちは一斉に手近な屋台へと群がり始める。
誰の顔にも笑顔が溢れ、この式典が成功裏に終わったことを感じさせた。
ピュエラ殿下の演出をこなすのは大変というかゲンナリした。だが、これほど喜んでもらえたのなら、その苦労も報われるというものだろう。
……まあ、私たちはまだ、これを機に取り込もうとするお偉いさん方の挨拶に対応せねばならないわけだが。
なんとか辺境伯にガードしてもらえることを祈るしかないか……。
「ご苦労じゃったのう、ソウシ! グレイシア!」
私の心配は、ピュエラ王女殿下、アインスナイデン辺境伯、ドワーフ族長・ディアマンド、そしてニッチシュレクト枢機卿による鉄壁のガードで事なきを得た。
現在はそのまま辺境伯邸の応接間に場所を移している。探索者団の仲間たちとエミリアも合流した。
「ありがとうございます」
殿下の労いの言葉にグレイシアと共に頭を下げる。
いや、本当に精神的に疲れたよ……。これほど疲れたのは、コナミを教会から引き離すためにニッチシュレクト枢機卿と相対した時以来だ。
まあ、昇級を重ねたお陰で肉体的にはなんともないのだが。
ゆっくりと雑談をしながら、お茶を楽しむ。私の疲れた様子を心配したのか膝に頭をのせたグランツを撫でていると、心が癒やされてゆくようだ。アニマルセラピー?
ユキと子狼たちも各々女性陣の膝の上だ。子狼はせわしなく動き回り、ピュエラ殿下にも可愛がられている。
「それにしても聖女様……いえ、コナミさんは立派になられましたな」
不意に枢機卿が、つぶやく。
それに微笑みをかえすコナミには、なんの気負いも感じられなかった。どうやら、ある程度は精神的にも余裕ができてきたようだ。
以前は「聖女」という言葉だけで顔がひきつっていたからねえ……。
「我が探索者団の回復の要です」
「コナミがいないと人死が出ている局面も多かったわよね」
グレイシアとシェリーがコナミの活躍を端的に補足する。エリザベートとアルジェンタムも笑顔で頷き、コナミは照れくさそうに顔を赤く染めた。
「話は変わりますが、例の司教周辺をできる限り調べてみました」
枢機卿が、我々と戦った「名もなき神」に取り憑かれたと思しき司教について話し始める。
先の話題は教会の話に触れても大丈夫かどうか、コナミの様子を確認した部分もあったのだろう。
それによると、教皇とその部下が件の司教と繋がりがあったらしい。教会内で度々、何事か話し合っている姿が目撃されていたということだ。
しかし、教皇にも部下にも、そして司教にも特に妙なところはなかった、とも。
「そうなると……司教が失踪した後に、何かが起きたということでしょうかね」
「はい、その前後に教皇の部下も一人行方を眩ませています。可能性としては、その者と司教がなんらかの行動を起こしたことが考えられます」
私の言葉に対し、暗にその二人が「名もなき神」の魔石を遺跡から持ち出したかもしれない、と枢機卿は答えた。
……そうなると教皇も関わっている可能性が高い、ということになる。なかなか最悪な状況だ。
「つきましては、一度ソウシ殿たちにも教会にお出でいただき、事の真偽を確かめていただきたいのです」
思わず考え込む私に、枢機卿がそう切り出す。「名もなき神」と対峙したことがあるのは、獣人たちを除けば私たちしかいない。そして教会は、いわば人間の宗教だ。
となれば私たち以外に適任はいないわけか……。
「そうですね……確実に判別できるとは言い切れませんが、やってみましょう。ただ――」
「もちろん私も行くわよ」
行くのは私一人で……と言う前に、グレイシアに遮られた。見回せば子供たちも決然とした表情で私を見つめている。おまけにグランツも不満げに私の太腿を前足でテシテシと叩く。
「わかったよ。みんなで行こう」
私は苦笑し、皆に応えた。
まあ、ユキと子狼たち、それにエミリアはイニージオの町に置いていけばいいだろう。オズマとミシャエラが可愛がってくれるはずだ。
「それならば、妾も王都までの護衛を頼むことにするのじゃ!」
ピュエラ殿下が面倒事をさらに盛ってきた……。
一日の完全休養日をはさみ、我々はアインスを発った。
殿下の護衛依頼を受けたため、王都まで馬車に合わせた移動速度となる。
ニッチシュレクト枢機卿の話では、到着まで十二日ほどかかるだろうとのことだ。間にイニージオでの補給もあるから全旅程としては十四日といったところか。
二十名ほどの騎兵が殿下の乗る馬車を前後からガッチリと護衛し、次に数名の神官戦士が枢機卿の乗る馬車を守る。その後ろには食料などが積まれた荷馬車が付き従い、我々はさらに後方を徒歩で続く。
昇級を重ねているため近所を散歩するより軽い労力だが、逆に意識しないと速度が上がってしまうのが困りものだ。
子狼たちは一生懸命に駆けているが、すぐに息が上がっている。そこで子供たちがすかさず抱き上げては休憩させているようだ。
エミリアはさすがに徒歩というわけにはいかず、ピュエラ殿下の馬車に同乗している。
時期的に寒くはあるが、特に何事もなく和やかな雰囲気のまま旅路は三日目の終りを迎えた。南西に森が近づき、ドワーフの谷への道の分岐点ともなる辺りだ。
街道沿いに設けられた野営地で夕日に赤く照らされながら夜営の準備が進められる。貴族組、教会組はそれぞれ固まっての作業だ。
我々も当然、焚き火や天幕などの準備を……と言いたいところだが、日が傾くにつれて周囲の嫌な雰囲気が強まってゆくのを全員が感じでしまっていた。
「ソウシ……これ」
「うん、マズイ雰囲気だ。いつでも戦えるように騎士たちにも――」
いよいよ太陽が山の向こうに消えようという時、前方から悲鳴があがった。
どうやら遅きに失したようだ……。