12.探索者親子
オッサンは仲がいいのはいいことだと思ったのだ。
「アンタも戦利品を売りにきてたのかい?」
「ええ。唯一の、飯の種ですので」
私は、馬車の護衛をしていた親子と万屋で再会した。行きがかり上、彼らをフォレストウルフの襲撃から助けた事から、私に恩を感じているようだ。
正直、あの時は「自分の行いが人を死なせるかもしれない」という一事が、私の行動を後押ししたに過ぎないため、いささか申し訳なく感じてしまう。
単純に、罪悪感にさいなまれたくなかっただけなのだから。
「フォレストウルフの魔石三つに毛皮四枚で百五ガイアだな」
精算が終わり、護衛の男に硬貨が手渡される。
私は、よくわかっていなかったため放置していたが、フォレストウルフは倒した後、毛皮を剥ぎとるのが普通だそうだ。美品なら一枚十五G。
私は昨日、三十Gをみすみすスマイルの餌にしてしまったというわけだ。これもまた教訓として覚えておこう。
とはいえ動物を捌いたことなどない私は、一から勉強する必要があるのだが……。
「ねえ、おじさん! 私たちとご飯一緒に食べない?」
「助太刀の礼をしなきゃいけないしな。獲物も大半もらっちまったし」
俺たちがおごるぜ。と満面の笑顔で言われては断るのも失礼か、と私は彼らの申し出を受けることにした。
万屋を出て向かうのは、もちろんこの村唯一の酒場だ。
「そういえば自己紹介がまだだったな。俺はオズマ」
「シェリーよ」
陽が沈みかけ、幾人かの客が集まり始めた酒場の一角に、私たちは陣取っていた。
木のコップを掲げる二人の名乗りを受け、私も自分の名を告げてコップを合わせる。
「タカミソウシ? 随分、変わった名前だな」
「ああ……もしかして順番が違うんですかね? タカミが姓で、ソウシが名です」
「姓があって、変わった名前……。わかった! あなた来訪者ね!」
どうやら日本人の名前は変わったものに感じるらしく、あっさり私が来訪者であると看破された。
特に隠しているわけでもないので、シェリーの言葉に「そうです」と肯定を返した。彼女は正解したのが嬉しかったのか、得意げに長いピンクブロンドをかきあげる。
「ん?」
かきあげられた髪の下から上端のとがった耳がちらりとのぞき、私は思わず疑問の声を漏らしてしまった。
「なに?」
「ああ、いえ。ええと……噂に聞く妖精族を思い出しまして」
「あら!私が妖精のように見えたのかしら? なかなか見る目があるじゃない!」
私のぶしつけな言葉にシェリーは笑って応える。
耳の上端がとがっている、もしくは耳が長いというのは、日本のファンタジー創作物なら定番の種族「エルフ」の特徴の一つだ。その特徴を持っている彼女が、エルフになんらかの関連があるのかと思ったのだが……。
「なんてね! 私のママがハーフエルフなのよ」
どうやらそうだったらしい。クォーターだからちょっとだけ耳がとがっているというわけか。
それにしてもエルフがいるということは、ドワーフとか獣人とかもいるんだろうか。
「おばあちゃんがエルフでね、探索者だったおじいちゃんに危ないところを助けられてロマンスが生まれたんだって!」
「あの人はいつまでも老けないせいで、気持ちが若いらしくてな。酔うと毎回のろけるもんで辟易してるんだ」
楽しげに語るシェリーに、苦笑しながら言葉を次ぐオズマ。
なるほど、この世界のエルフも例に漏れず、長寿なようだ。なんとも夢のあることだ。
すでにオッサンの私には、いつまでも若いというのは単純にうらやましいし、嫁さんがずっと若く美しいままというのも、男として実にうらやましい。
「家族が円満そうで、いいことですね」
「……ああ、スマン。来訪者は一人きりになっちまうんだったか」
「え、あ、ごめんなさい……」
思わずもらした言葉に、過剰に反応されてしまったようだ。あまり気にされても困るので、軽く身の上を説明することにする。
「ああ、いえいえ、お気になさらず。私は元々、独り身で家族とも二十年ほど前には縁が切れていますので。……仲のいい家族というのには憧れがありますけど」
だから、色々聞かせてください。と微笑んでみせた。
しばらく躊躇していた二人だったが、しばらくすると私の意を汲んで、少しずつ家族のエピソードを話してくれた。それは家族というものから遠ざかって久しい私には、とても眩しいものばかりだった。
「こいつもなあ……いいトシして、いまだに男っ気がねえのが心配でなあ」
「い、今までいい出会いがなかっただけよ! それに、私みたいないい女だと並の男じゃ釣り合わないんだから!」
酒が回ってくると家族の話から少しズレ、シェリーの恋愛話になった。彼女は今年十七歳で、人族なら十五で成人と認められるこの世界では結婚適齢期だそうだ。田舎の村などでは、成人即結婚ということも、ままあるらしい。
日本人の感覚だと、十五歳など子供もいいところだが、やはり魔物という脅威がある上にまだ文明レベルがあまり高くない世界では、早く結婚して子供を作るのが当然のようだ。
日本も昔は子供も労働力として期待されていたというし、機械などがないと自然とそうなるのだろう。
「ソウシは独り身だと言っていたが、結婚はしなかったのか?」
おっと、こっちに飛び火してきましたよ。
「ええ、まあ……」
私は、自分の住んでいたところは大抵は十八歳まで学生として学び、その後は人によってより高度な教育をうけたりするため結婚が遅いことや、仕事に就いたことで人との出会いが極端に減ったことなどを話した。
その他、魔物がいないことや魔法がないこと。様々な作業や労働力が機械でまかなわれていて、ある程度は働かなくても国が生活を保障してくれることなどを話すと、二人はこの世界とのあまりの違いに大きな衝撃を受けていたようだ。
「というか、シェリーさんはエルフの血を引いているのなら、まだあわてる必要もないのでは? 探索者としても、十分な実力を持っているようですし」
「そうよね?そうでしょう? あせる意味ないわよね!」
そろそろ話を戻すべく、シェリーをフォローするようにそう言うと、彼女は食い気味に乗っかってきた。随分、必死だな。
「……しかしなあ、親としては心配なんだよ。俺だっていつまで探索者やってられるか、わからないしな」
「う……。そ、そういえば! ソウシはこっち来て短いはずなのに、すごく魔法上手かったわよね!」
あわてて、再び私に水を向けようとするシェリー。やはり、適齢期で浮いた話がないことは彼女自身気にしているようだ。
仕方なく私は、現在よって使える属性が三種であること、それらを使いこなせるように毎日、限界まで魔法の鍛錬と研究をしていたことなどを話した。
「へえ~」
「なるほど……それでなあ」
二人は私の説明に、感心したように何度も頷いた。魔法の鍛錬は一般的ではないのだろうか?
「……なあ、ソウシ。よかったらアンタが狩りやってるところ見せてくれないか?」