113.神話
物語では超パワーアップって燃えるシチュエーションだけど現実では怖すぎるとオッサンは思ったのだ
「ハイヒューマン?」
話の最中、謎の単語が出たことで、誰からともなく疑問の声が漏れた。
「どうやら……人間が九回昇級するとハイヒューマンという種族に変化……いや、進化する、ということらしい」
私の答えに、皆の困惑が深まる。
だが、獣人族の資料に最初の来訪者の残した功績について書かれていたことが、誇張でも複数人の功績を一まとめにした物でもないという証左にもなるのが、この「ハイヒューマン化」なのだ。
最初の来訪者の残した文章によると、ハイヒューマンは人間が九度昇級することで進化したもので、その能力はそれまでの昇級での倍率を遥かに上回る。そして寿命が大きく延び、少なくとも千五百年は生きたという。
ハイヒューマン化したことで彼女は超強化され、数万の魔物を一発の魔法でなぎ払い、それまで劣勢だった戦況を押し戻すことに成功。
彼女同様、ハイエルフ・ハイドワーフ・ハイビースティア化した戦士たちを筆頭に、女神、竜人族たちと共に破竹の勢いで名もなき神々を追い詰めた。
そして多くの犠牲を払いながらも、すべての名もなき神を打ち倒し、世界に平和を取り戻した。すでに根付いてしまった魔物という、新たな存在を残して――。
「はあ……なんだか、とんでもない話ね……」
「でも、名もなき神が現れたことを考えれば、事実……なんでしょうね」
グレイシア、エリザベートが嘆息し脱力する。話があまりに大きすぎて、みんな力が入ったようだ。私も読んでいるときは、かなりハラハラした。
「うん……それは、まあ、いいんだけど」
「だよね……」
気が抜けた空気の中で、シェリーとコナミが何事か言いたそうだ。何となく予想はつく。私の説明の中で気になる部分といえばアレだろう。
「「最初の来訪者って女の人なの? 女神とラブラブなのに?」」
ソレだ。
私は一つ頷いて答えた。
「ユウキさんって言うらしいよ。名前のせいで男だとばかり思ってたけど、こっちに来たとき女子高生だったって。……ああ、女の子の学生ってことね」
それを聞いて女性陣はとうとう机に突っ伏した。ただ、アルジェンタムは一人だけ分かっていないようだった。竜人たちはというと、そもそも男も女も関係なく子を成すので、特に疑問を持ってはいないようだ。
種族の違いって大きいなあ……。
「……あれ? ちょっと待って。ユウキさんって今から二千年くらい前に来たんだよね……? だったら女子高生って、おかしくない?」
不意にコナミが顔を上げ、疑問を口にした。たしかに至極、当然の疑問だ。
ユウキの遺した文と、この世界に伝わっている伝承からすると、彼女は大体二千年ほど前にこの世界に来たことになる。
普通に考えれば、私やコナミより二千年前の人であるべきなのに、ユウキは女子高生。二千年前といえば西暦が始まったばかりの頃で、高校なんてものは影も形もないはずだ。であれば……。
「移動するときに何らかの理由で、流れ着く時代が異なる……ということなんだろうね」
そうなると、コナミと私が同じ時代に転移したことの方が幸運だったということだろう。
いや、もしかすると時間の進み方が世界で違っていて、地球では数十年程度の間に、この世界では二千年が経過したのかもしれないが……実際のところは確認のしようもない。
「なんにせよ、色んなことが分かったわねぇ」
グレイシアが情報を思い起こすように指折り数えながら、高い天井に目を向ける。確かに今回わかった事実をまとめておくべきだろう。
・名もなき神は四人。(残り三人)
・名もなき神の全力は大陸を破壊するレベル。
・封印から解放されて一月程度で、五度昇級した戦士数人を相手に優位に立てる戦力である。そのことから、完全復活にはかなりの長い期間が必要であると考えられる。
・名もなき神には魔物を作り出す能力がある。(軽く万単位)
名もなき神に関することはこのくらいか。
・人間、エルフ、ドワーフ、獣人族はいずれも九度昇級すると上位種族に進化する。
・上位種族に進化すると、九度目までの昇級に比べ能力の上昇率が大幅に増す。
・上位種族は寿命が劇的に延びる。
進化については以上だが……このまま名もなき神に対処し続けることになれば、現在、八度昇級している私は、ほぼ確実に次の戦いで九度の昇級を果たすだろう。そうなればハイヒューマンに進化することになる。
……情報通りであれば戦力増強という意味では大いにプラスといえるのだが、千年以上も人間がまともな精神状態を保てるのか?という疑問がある。元々長い年月を生きるエルフであれば、千年の寿命が千五百年になったところで大きな影響はなさそうだが……。
正直言って私は、いまだに自分自身が信用できていない。そんな人間が超強化されたうえに発狂でもしたら目も当てられない。大惨事待ったなしだ。
とはいえ、現状選択の余地はゼロだ。なにせ、他の三柱も復活してしまっている可能性が高い。そして、その魔手は、司教が名もなき神の宿主となっていたことから、教会という世界最大規模の組織に伸びていると考えられる。
成り行きとはいえ私は名もなき神の一柱を倒してしまっているし、状況的にそれを秘匿するわけにもいかなかった。だから枢機卿や探索者ギルドには、ほぼ全ての情報が伝わっている。
そうなれば当然、教会内にあるであろう名もなき神の「耳」にも、この話は伝わっている。
であれば私は、残る三柱の名もなき神にとって排除すべき存在の最右翼だろう。……やはり、昇級をためらうことは死を意味するといっても過言ではない。
黙って隠れていれば他の人や国が頑張ってくれるなら良いのだが、教会に手が伸びていて他の大きな組織や権力者がなんの影響も受けていないと考えるのは楽観が過ぎる。
なんの柵もない状態であれば私一人死んで終わりになる可能性もないではないが、すでに私は多くの人々と縁ができてしまっている。
特にグレイシアをはじめとした仲間たちは、放っておけば私が殺されると分かりきっていて座視はしないだろう。その結果、彼女たちが傷つくことは避けられない。
ならば、たとえ人の範疇から逸脱してしまうことになろうとも、進化を目指すしかないのだ。後のことは、名もなき神に対処してから考える。
「それから『女神の腕』に向かえ、という一文……か」
壁に刻まれた文章の最後の一行、それは「九度目の昇級を果たしたら女神の腕に向かえ」という物だった。向かえという以上は、どこかにある何かということだろうが……。
「長老さんは何かご存知ないのかしら?」
グレイシアの疑問に、白嶺はニヤリと笑い頷く。
「知っておる。じゃが、ユウキが明言せなんだということは、自力で探してほしいのじゃろう」
じゃからワシからは何も言えんのう。と彼女は締めくくった。
なんというかユウキは悪戯心が旺盛な性質のようだ。これが平穏な時ならいいのだが、今は名もなき神が絡んできているから面倒極まりない。
まあ、しばらくの猶予があるから、これに関しては九度目の昇級をしてから考えればいいか。
……タイミングによっては同時に対処せざるを得なくなる可能性もあるのが困りどころだが。
一つ一つ片付けようと思っていたら、減った分だけ増えるのは勘弁してほしい、本当に……。