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110.エミリアの事情

 ゆきずりの恋というとなんだかロマンがありそうだけど現実では面倒な事にしかならないとオッサンは思ったのだ




「……ということは、殿下……もう、エミリアって呼ぶわねぇ。エミリアの次の一手は炎を象ったナイフ、かしら?」


 何やら楽しげな微笑を浮かべながら、グレイシアはエミリアに問いかけた。

 いきなり雰囲気の変わったグレイシアの様子に、エミリアは目を丸くしながらも頷き、懐から一振りのナイフを取り出す。


「一応……これがその証明になる、と母からは聞いています」


 鞘から抜かれたナイフの刃は、確かに炎を思わせる意匠があった。フランベルジュ、あるいはクリスナイフに似た形だろうか。

 私の記憶が確かなら、これと同じ型の物がグレイシアの部屋に飾られていたはずだ。


「そのナイフは私とあの人で同じ物を持っていたから、間違いないわねぇ。まったく……仕事中になくしたと言っておいて、他の女性に渡していたなんて」


 すっかり呆れ顔になったグレイシアは、エミリアに目で説明の続きを促した。


「ええと……祖母は母を産んだ後、探索者ギルドに身を寄せて母も成人後はギルドで働いていたそうです」


 そしてなんの因果か、当時まだ王子だった現国王が身分を隠して探索者をしており、エミリアの母に恋をした。彼女も王子を受け入れてしまったことでエミリアを身ごもる。


 王子は継承順位の低い第五王子だったため、庶民を妻に迎え入れることも可能……と思いきや、当時の国王と王位継承権を持つ男子が病でバタバタと倒れ、王位に就くことに。


 これに困ったのは第一~第四王子の妻たちと重臣たちで、自分たちの権力的にも王家の体裁的にも庶民の女を正妻に置くことはできない。そこで四人の未亡人をそのままの序列で第五王子の妻とし、その子供たちも養子として受け入れさせた。

 そうしてエミリアの母は、第五王子以外の全ての王家関係者に邪魔者として排除されることになる。


「とはいえ……母自身は父の身分を知った時に、そういうこともありうるだろうと覚悟していたそうで、それからも変わらずギルドで働いていました。祖母のおかげで、私も父がいないことを寂しく思うこともなく育てられたのです。ところが……」


 今から半年ほど前、ベナクシー王国はガイア神教会に聖女が現れたという話が舞い込んできた。しかもそれをもって教会は「我らこそ女神に最も近しい存在」という主張をもしはじめた。

 それは女神ガイアが世界と一つになった場所を起源とする、という神聖ガイア王国にとって自国の根幹を揺るがしかねない一大事。


 そうなると困るのは、また王家と重臣たちで、彼らはあわてて王家の血縁のありとあらゆる人物をあたった。それこそ何代も前に王家と繋がりがあった、という程度の家まで全てだ。

 その結果、探索者ギルドで内密にされていたエミリアの「回帰」のことを探り当て、母子共に即座に王城に連行。エミリアの母を側妃に据え、エミリアを第三王女として認知。


「こちらにも女神ガイアに選ばれし聖女がいるから、我々こそが女神に最も近しき者だ……と、大陸中に発信したのです」


 それから数ヶ月。教会の聖女は出奔するわ、来訪者が「回帰」を使えることが判明するわ、しかもその男は聖女と親子だわ、行く先々で馬鹿みたいな武勇を発揮して短期間で物凄い名声を得るわ……挙句の果てに名もなき神を倒して一国を救い、ベナクシー王国に戻ってきたと思ったら今度はドラゴン殺し……。

 何がなんだか分からないことになってしまった王家と重臣たちは「もう『回帰』が使えるだけの庶子なんて面倒なだけだから必要ない」と判断。


「そうして、差別とまではいかずとも人間族であることを重視する神聖ガイア王国から、純粋な人間族でない私は放逐された……というわけです」


 全てを語り終えたエミリアは、そこで大きく息を吐き、目の前のティーカップの中身を勢いよく飲み干した。

 そして三度、また意味合いの違う静寂が室内に流れることとなった。


「なんと言うか……」

「ええ……」

「酷すぎない?」


 コナミ、エリザベート、シェリーが口々に感想をこぼす。酷いというのは王家と重臣たちのことだろう。まったく同感と言うほかない。


「しかし、国王陛下や探索者ギルドの伝手を頼ることも可能だったのでは?」

「それが……父とは会うことも許されず、探索者ギルドには『一度、王家に連なった者を使うことは許さない』と通達があったそうで……おばあちゃんも、私たちがお城に行くことになった時にあっさりギルドをやめて出ていったらしくて足取りが……」


 私の疑問に対する返答は単純明快。

 うーん、当然と言えば当然だけど徹底している……。


 そうなれば国内で普通の仕事に就くことはほぼ不可能だし、かといって他国で就職活動などしようものなら面倒な手合いばかりが集まってくることは想像に難くない。


 畢竟、唯一残された血縁関係を頼るしかない。そして、それを受け入れるかどうかは最も縁が深いグレイシアの判断による……ということになる。


「いいわ。今日からエミリアは、うちの子になりなさい」


 周囲の心配を他所に、グレイシアはあっさりと結論を出した。その表情にも口調にも、何の気負いも感じられない。いっそ気軽な様子にも見える。

 当然のことながら、こんな簡単に事が運ぶと思っていなかっただろうエミリアは困惑顔だ。


「そんな不思議そうな顔しないで。悪いのはあの人で、あなたには何の責任もないでしょう? 大体、ナイフだけ渡して逃げるなんて何を考えていたんだか」


 どうやらグレイシアにとっては、亡くなった旦那が責任を取らなかったことが一番気に入らないポイントのようだ。

 ……男としては酔いつぶされて襲われたという話からすると、正直、同情してしまうのだが。


「それは、おばあちゃんにも責任があったみたいです。それ以前も勢いで男の人と関係を持つことは結構あったらしいんですけど……一度も妊娠しなかったから『今度も大丈夫だろう』と軽く考えていたみたいで」


 どうやらエミリアの祖母は性に奔放な人だったようだ。エルフは元々妊娠しにくい性質だから、余計に歯止めがかからなかったのかもしれない。


「……まあ、責任の所在云々はいいわ。とにかくエミリアの今後のことを考えましょう。ユーゲン、ここで聞いたことは他言無用よ」

「はい」


 一瞬、何とも言えない表情を浮かべたものの、グレイシアは強引に話を切り上げ、辺境伯に釘を刺す。

 とはいえ、辺境伯は神聖ガイア王国の醜聞を多分に含んだ話が始まって以降、借りてきた猫のように無表情で座っているだけだったので、関わる気は全くなさそうだ。




 エミリアをしばらく辺境伯邸に滞在させてもらうことにして、その場を辞した我々はドワーフの谷へと戻った。というのも竜人族の二人がそろそろ竜人山脈に戻る頃合であるということと、アースドラゴン素材のオークションでの売り上げ精算もする必要があるからだ。


 ここのところ、いくつもの事柄が同時並行しすぎていたし、きちんと区切りをつけてからエミリアの今後について考えよう、ということになった。


 ……もう、これ以上のイベントは勘弁していただきたい。本当に。


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