107.地竜の地下迷宮
オッサンは新装備っていいなあと思ったのだ
蒼穹、銀鈴との出会いと、彼らとアルジェンタムの関係をグレイシアにも話し、暫くのあいだ共に過ごすことも事後承諾ながらOKをもらった。探索者団全員で、できるだけ銀鈴の経験になるように取り計らうつもりだ。
そしてアースドラゴンの掘った洞窟、「地竜の地下迷宮」と名づけられた場所に潜ることとなった我々は当初の予定を変更し、午前中を迷宮探索にあてることにした。
午後にアーロンとコベールの装備製作を手伝うのはこれまで通りだ。これは主に私がミスリルの精錬と鍛造時に魔力を提供するだけなので、現状そこまで手間ではない。
とはいえ迷宮探索にも装備は必要であるし、いま現在つなぎに使っている安物の革鎧(といってもドワーフの手による品なので並の職人が作った物よりずっと良い物だが)ではいささか心許ないので、午前と午後のやりくりを上手くやる必要があるだろう。
「広いわね……」
グレイシアが眼前の光景に感嘆の声を漏らした。他のメンバーも同感らしく彼女の言葉に頷いている。もちろん私もだ。
ドワーフが掘った坑道を抜けた先、「地竜の地下迷宮」を、壁のあちこちに設置された魔道具の灯りが照らす。そこはドワーフ用に作られた坑道よりも、はるかに広い空間になっていた。
アースドラゴンが自由に動ける広さを確保していたのだろう。高さ七~八メートル、幅十二~十三メートルといったところか。とはいえ地竜のサイズではUターンするのは難しそうだ。
無軌道に穴がつながっているのはおそらくそのせいだろう。
この一週間ほどの間、ドワーフたちの手でそれなりの範囲は調査されており、壁に打ち込まれた楔とそれにくくりつけられたザイルがそれを報せる目印となっている。
これなら未到達の場所と混同することもなく探索することができるだろう。
「魔物が出たらアルが戦う」
グランツと共に探索者団の先頭に立つアルジェンタムが、腕に装備した武器の様子を確認しながら、そう宣言する。
アルジェンタムの新装備、いわゆる「鉄の爪」は試作が完成したため、今回初お披露目だ。
試作とはいえ、私の考案したギミックはしっかり盛り込まれており、爪の出し入れも可能になっている。今回の探索で出番があれば、使用感や不具合の確認もできるだろう。
片腕につき三本ある三十センチほどの刃はアースドラゴンの爪から硬い部分だけを削りだして使用しており、切れ味としなやかさを両立しているようだ。
いわば「地竜装備」の第一号であり、その性能に期待が高まる。
「うん、よろしくたのむよ」
やる気漲るアルジェンタムの頭をなで、そう答える。多少入れ込みすぎな感じはあるが、グランツが一緒ならさほど心配は要らないだろう。それに獣人である彼女の危機感知能力は高いし、本当に危険な相手にまで無謀に突っ込むことはあるまい。
「まだ調査してないのはこっちの支道の先だ」
案内のため同行するドワーフが前に出、我々を目的地へといざなう。彼は未踏域手前までは先頭を、それ以後は最後尾で魔道灯とザイルの設置を行う予定だ。
「分かりました。先導よろしくお願いします」
ドワーフに応え、我々は巨大な洞窟をゆっくりと進み始めた。
調査が終了している範囲は、三十分ほどで何の問題もなく通過した。
そこからは最前列にアルジェンタムとグランツ、二列目にグレイシアとエリザベート、三列目にコナミ、四列目に私とシェリーが位置する形に隊列を整え、コナミは念のためランタンを棍の先にぶら下げて照明役を担う。我々には「暗視」があるとはいえ、照明があるに越したことはない。
グレイシアでさえ、ここまで大規模な洞窟に潜ったことはないらしく、完全に手探りで進むことになるのだ。昇級回数的に考えてこのメンバーで窮地に陥る可能性はそう高くはないが、気は抜かないようにするべきだろう。
そう考えながら移動して一時間ほど。グランツとアルジェンタムが何者かの気配を察知したようだ。
「音が響いて分かりづらいわね……でも結構、多いかも」
「右の支道、かな」
シェリーは耳で、私は気配で、最前列の二人にやや遅れて魔物の接近を捉える。地面を這うように移動する小さめの魔物の集団だ。
「きた。ロックリザード」
「まずは魔法から行きましょう」
アルジェンタムが目視したことを告げ、グレイシアが指示を出す。それに従い、私は列の左へ、シェリーは右へと移動する。
「「風圧弾」」
「「水刃」」
まずアルジェンタムとシェリーが、続けて私とグレイシアが魔法を放つ。それだけでトカゲ型の魔物ロックリザードは八割方絶命する。残りは三体といったところか。
後は前衛の二人+グレイシアに任せることにし、私とシェリーは周辺の警戒に努める。
「ふっ」
呼気が漏れ、アルジェンタムの鉄の爪が体長五十センチほどのトカゲを切り裂く。一息で三連撃。あっという間に生き残りも片付けられた。
どうやら警戒するほどの相手でもなかったようだ。
「お疲れ様。アル、使い心地はどう?」
「すごく切れる」
グレイシアがアルジェンタムに声をかける。アルジェンタムの顔を見るに、どうやら新装備の使い心地は上々のようだ。
素材を採取するためロックリザードの遺体に近づいてみたところ、見事に四等分になっている。
この青味がかった皮はグランツの首輪や私がダメにした鎧に使われていた物のようだ。ということはそこそこ防御力があるはずだが、アースドラゴンの爪の前には全くの無力だということか。
ワイバーンなどのもっと固い相手だとどうなるかはわからないが、この感じだとオークキングやクイーンアントも切り裂けそうだ。
地竜の素材にミスリルを組み合わせた私の装備がどういう性能になるのか、今から楽しみだ。
それから五日間、我々は午前中に迷宮探索、午後に装備作成の手伝いをこなした。
迷宮は我々が潜る以前にドワーフ数人が未踏域ギリギリまで詰めておくことで進捗を早め、他のドワーフたちが探索済みの領域にある支道を手前から「石壁」と鉄の扉で仕切っていく作業に移っていた。
確実に安全な領域を増やしていこうというわけだ。
装備作成はミスリルを用いる工程が全て終了し、現在は地竜の皮や鱗を用いた外装部の成形へと移っている。
ここから先はアーロンとコベールにお任せだが、どうやら彼らはめったに扱えないアースドラゴンの素材ということで興が乗ってしまったらしく、鎧下さえも地竜の皮を用いるつもりのようだ。
どう考えても物凄い値段になるのだが、幸い、支払いは地竜素材の現物だ。まるまる一体あるのだから製作費用込みでも足が出ることはない。
それに必要な分量が確定して、ようやく始まったオークションでは荒ぶるドワーフの職人たちによって数多の素材が高額で落札されているのだから、現ナマがどういう額になるか逆に怖いくらいだ。
それから竜人の二人だが、我々が迷宮探索に赴いている時は宿の室内で座学のようなことをし、午後にはドワーフの工房や坑道、調理場などの見学に勤しんでいる。
人々がどんな暮らしをし、何を感じているのか。親子関係はどのようなものなのか。そういった物事を実際に見聞きし、実感として蓄積していこうとしているのだろう。
それは、最初は遠慮がちな、あるいは恐々といった風情であった銀鈴の態度が、一日ごとに柔らかくなっていることからも見て取れる。
ケルベロスの夫婦や子供たちとのふれあいも、きっと彼女に良い影響を与えてくれているのだろう。
……私は今一つやることがないというか、一歩退いて見る感じになってしまっているが。まあ、蒼穹もそんな感じだから問題あるまい。何せ、うちは女所帯なのだ。男たちの肩身が狭いのは仕方がない。
「ユキが産気づいたみたい!」
宿に戻った我々を出迎えたのは銀鈴の切羽詰った声だった。
どうやら順調な毎日に、少し変化が訪れる時が来たようだ。