11.行商の馬車、救援
自分の行動が引き起こした事態には責任を持たねばならないとオッサンは思うのだ。
「……今日はここまでにするべきだな」
スマイル乱獲が生態系に悪影響を及ぼしているのではないか、という考えに囚われた私は、大きく集中力を欠いていた。
こんな状態では、狩る側のつもりが狩られてしまいかねない。そう判断した私は、狩場を後にし、入ったルートを逆に辿って森を出た。
幸いといっていいのかどうか微妙なところだが、今日はすでに十三匹のスマイルを狩ることができている。
生態系云々はまた万屋の店主か、神父に詳しく聞いてみることにしよう。影響がないのならこのままでいいし、あるのなら狩猟数を少なめに抑えるしかないだろう。
「そうだ、それでいい……。ん?」
今後のことを考えながら、村への道を歩いていると、後方からガラガラと車輪が転がる音と、狼のうなり声が聞こえてきた。
あわてて振り向くと、そこには数匹のフォレストウルフに追われる馬車の姿があった。
馬に襲い掛かろうとする狼を、護衛らしき二人の人物が御者の左右に立って、追い払うべく剣を振るっている。しかし疾走する馬車の上からの攻撃は、フォレストウルフにはうまく当たらないようだ。
「これは……悪い予感が当たったのか?」
これがフラグが立つというやつか、などと考えながら私は馬車に向かって走りだした。
この道を走っているということは、あの馬車はおそらく村へを向かっているのだろう。であれば、どうあれ狼を倒しておかなければまずい。
村にどれだけ戦える人間がいるのかもわからないのだから。
「土壁!」
ある程度、距離を詰めてから立ち止まり、私はもはや定番になりつつある魔法を唱える。狙うは馬車の右、森に近い側の狼の群れだ。
「うっ」
遠い距離であることに加え、一気に二つ壁を構築しようとしたため、軽い頭痛を覚えた。しかし無理の甲斐あって、三匹の狼の前進を妨げることができた。狼たちがぶつかったらしく、壁が砕けて土が舞い散る。
「!」
護衛の一人らしき波打った長髪に無精ひげの男がこちらに気づき、驚いたような表情を浮かべるが、すぐさま馬車を飛び降りて半ば土に埋もれているフォレストウルフを倒すべく行動する。
それを横目で確認しつつ、今度は馬車の左側の狼にあわせて土壁を放つ。またも壁に阻まれ狼の足が止まる。こちらは単体だったため、通常通りの消費魔力だ。
もう一人の護衛も馬車を飛び降り、フォレストウルフに迫る。こちらは女性らしく、波打ったピンクブロンドが特徴的だ。
私は走り去る馬車を見送り、最初に飛び降りた男のほうに駆け寄った。さすがに三対一では厳しいだろう。
「火弾!」
男から一番遠い位置にいる個体に魔法を放つ。牽制になれば御の字だと思っていたが、こちらに意識が向いていなかったのか、火の玉は狼の横っ面に着弾して爆ぜた。
爆発に驚いた狼が一斉に闖入者である私に目をむけ、護衛はその隙に一体を切り伏せる。さらにもう一体に剣を叩きつけるのを見つつ、私も火に焼かれ苦悶する狼に槍を突き立てた。
「シェリー! 大丈夫か!」
「大丈夫よ、父さん!」
三匹の魔物が全て息絶えたのを確認すると、男はもう一人の護衛の名を呼び、シェリーと呼ばれた女性は笑顔でそれに答える。その手には息絶えた狼の遺体が引きずられていた。
「助太刀に感謝する」
男は右手を差し出しながら、感謝の言葉を告げた。私は曖昧な笑みを浮かべつつ、その手を握りかえす。
結果的に助けたが、そもそも馬車がフォレストウルフに襲われた原因は自分にあるのかもしれない。そう考えると、感謝されていいものかどうか……。
馬車に続いて村にたどり着いた私は、村長に会うという彼らと別れて酒場を訪れていた。現在時刻は午後二時五十七分。当然ながら私以外に客などいなかった。おかげでゆっくり思索にふけることができるというものだ。
女将さんが運んできてくれたお茶を一口すすり、心を落ち着けようと深い呼吸を二度、三度と繰り返す。
しかし思考はぐるぐると同じところを回り続ける。
「ダメだ。これはさっさと情報収集したほうがいいな」
たっぷり三十分ほど無意味な思考のみを繰り返した後、すっかり冷めたお茶を飲み干すと、私は酒場を出た。
「いや、そりゃ大した問題じゃないぞ」
私は万屋で買取を頼みつつ、乱獲の影響について店主にたずねていた。だが、店主は拍子抜けするほど軽い口調で、私の懸念を否定した。
店主曰く、魔物は森や荒野、砂漠や沼地など人が生きるのに適さない環境で特に多く現れる。
通常の動物と同じく繁殖もするが、その多くは「瘴気」と呼ばれる負のエネルギーによって生まれる。それは環境が変化しない限り、おおむね一定の個体数を維持するようになっており、短期間に大量に(それこそ数百体を数えるほど)魔物を狩らない限りさしたる影響はない、だそうだ。
「お前さん、遭遇数もやたらと多かったし、魔物に好かれてるんじゃないか?」
店主はいつも通り嫌らしい笑みを浮かべながら、そんな事を言いだした。これには私も苦笑いである。
しかし取り越し苦労だと言い切ってもらえたことで、私はすっかり安堵することができた。そしてやはり餅は餅屋。しっかりプロの話を聞いておくべきだと再認識した。
今後は何か疑問があったら即、誰かに話を聞くようにしよう。
「で、昼に言ってた買いたいものってのは?」
戦利品の精算が終れば即、これである。
「衣類が欲しくて。あとはナイフですね」
私の答えを聞くと、店主は即座に店の奥に引っ込み、しばらくして私に合いそうなサイズの衣類一式を数組用意してくれた。数には言及していなかったのに複数用意する辺り、商魂たくましいというかなんというか。実際、三着ずつは買うつもりだったからいいんですけどね。
「ナイフはこれな。それから背負い袋も必要なんじゃないか?」
そのカバンじゃ収まらないだろ?と言われれば、確かにその通りだ。
ということで、私は店主に勧められるままに、そこそこ大き目の背負い袋も購入することにした。
「あら、おじさん!」
全ての精算を済ませ、購入したものを袋に詰めていると、店の戸が開き、聞き覚えのある声がかけられた。
振り向くと、そこには馬車の護衛をしていた親子が立っていた。