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104.竜人の願い

 オッサンは無理難題の連続は本当にやめてほしいと思ったのだ




「あれー? 聞こえてないのかなー?」


 身構えたまま放心している私たちに首をかしげ、銀の竜はそうこぼす。

 しばらくして考えがまとまったのか、地面に降りるとその身を発光させ、あっという間に人間の姿に変化した。


「よし、これで大丈夫かなー?」


 十歳くらいの少女の姿になった竜人は満足げに頷くと、改めて私たちに向き直った。

 短い銀髪に銀とクリーム色の全身スーツといった姿でなんとも言えない違和感がある。


「こんにちは、人間さん」

「……こんにちは、竜人さん」


 明るく挨拶をしなおした竜人の娘に、私もなんとか挨拶を返す。

 どうにも敵意を感じないことに強い違和感を覚えた。何やら気持ち悪い雰囲気だ……。


「ボクと遊んでくれる?」

「遊ぶ、とは?」


 無邪気にそう問う少女に、鸚鵡返しに「遊び」の内容を問う。

 すると彼女は満面の笑みを浮かべ答えた。


「もちろん、戦うんだよー」

「断る。戦う理由がない」


 竜人の言葉に即返答する。でないと襲い掛かってこられそうだからね!


「んー? なんでー? ワイバーンとかウサギとかと戦ってたでしょー?」

「あれは襲ってくるから、生きるために戦っているんだ。遊んでいるわけじゃない」


 首をひねって疑問を口にする少女に、やはり即座に答える。命のやり取りを遊びだと解釈されては困る。


 それにしてもここに来るたびに戦っていたストライクラビットはともかく、ワイバーンと戦っていたことを知っているというのはどういうことだ?

 ……まさか彼女が遊んでいたとばっちりだったとかじゃないだろうな。


「そっかー。……じゃあ」


 私の答えに納得したように頷く竜人に、引いてくれるか……と安堵しかけた時――。


「ボクが襲えば遊んでくれるんだね!」


 そう言うと彼女は、少女から巨大な竜へと姿を変じた。

 ああ、だめだこれは。やるしかない。


「どうしてもやるというのなら……死んでも恨まないでくれよ」

「んー? なんでボクが死ぬのー?」


 私は時間を稼ぐために警告を発する。竜人は案の定、首をかしげて疑問を口にする。自ら宣言した戦いの前だというのに何の気構えも感じられない。

 彼女は完全に「私たちで遊ぶつもり」でこちらを舐めてかかっている。「人間は小さくて弱い。だから怖くない」と考えているのだろう。


 であるならば、私はそこを突く。

 話している間に練っていた魔力を、一息に魔力のコイルへと成形する。アースドラゴンを倒した時同様、限界の五段階。そして私は手にしたドラゴンの牙で作られたボルトを水平に構える。


 相手までの距離は二十メートルほど。人間大で高速移動するならともかく、十メートルを超える巨体では避けることはできないだろう。

 地竜とどの程度の違いがあるのかは分からないが、一撃必殺とは行かずとも大ダメージを与えることは可能なはずだ。


「な、なにそれ?」


 私の魔力の流れに気づいたのか、わずかに身をのけぞらせて竜が疑問を口にする。だが私は答えない。こちらの命をもてあそぼうという相手に、手の内を教えてやるいわれはないのだから。


「や、やだー!」


 自分に向けられた私の手を危険と判断したのか、彼女は身を翻し逃げようとする。だが逃がすわけにはいかない。このまま逃がせば、また同じことをされかねない。


 ――ならば、ここで殺す。


「電磁砲!」


 一瞬で五段階の魔力コイルに「電撃」を流し、魔法を発動する。ドラゴンボルトの発射でひきおこされた衝撃波が地面の砂を吹き散らし、荒野に甲高い発射音が響き渡った。


 コンマ数秒で標的に命中すると思われた竜牙の矢はしかし、別のものによって阻まれた。


「ぐッ……!」

「蒼穹!」


 私の眼前には、逃げ出そうとしていた銀鱗の竜人よりもはるかに巨大な、青く輝く鱗で身を鎧った竜人が立っていた。銀の竜人が叫んだのは青い竜人の名だろうか。


 その丸太の様な両腕は、ドラゴンボルトによって貫かれ、真っ赤な血を滴らせている。

 どうやら片腕は貫通したようだが、二本目の腕に突き立ったところで止まったようだ。


 ……目の前に現れるまで、まったく気づかなかった。完全に気配を消していたということだろうか。

 しかし、まずい、さすがに二体は相手にできない。

 次弾を発射するには時間がかかるし、竜の鱗を抜いてダメージを与えられる魔法は他にはない。

 逃げようにも、ここはさえぎる物などない荒野のど真ん中だ。


 ――ならば、戦うしかない。

 ダメージを与える事より力を発揮させない方向で動くべきか。


「待ってくれ。我が娘の非礼は詫びる。この子の命を奪わないでくれ」


 私が動く前に、竜人が口を開いた。


「……それを受け入れるとでも? 彼女は我々を面白半分に害そうとしたんですよ。また同じことをしないとは思えない」


 躊躇はあったが、私は率直な考えを口にした。ただ謝罪をしてもらっても身の危険がなくなる保証はない。私一人ならまだしも、この場には子供たちもいて顔を見られているのだ。


「そなたの言うことはもっともだ。だが、この子はまだ幼く、世の中のことを実感するのにも時間が必要だ」

「……実感する、というのは?」


 腕のボルトを抜きながらそう言う青い竜人の妙な言い回しに、私は疑問を口にした。


「うむ……それを説明するには我らがどういう種族か、から説明せねばならん……」


 彼の話によると、竜人族は複数の竜人が魔力を集めることで生まれ、魔力を提供する「親」の知識を受け継いでいるため、生まれた瞬間から人間の子供程度の未熟な精神と強靭な肉体を持っているそうだ。


 だが、自分の経験に基づく知識ではないため、気ままに力を振るってしまうことが間々あり、今回の行動もそういった心と体の成熟度の不一致から引き起こされたことだという。


「本来であれば何十年かの時間をかけて、いかに自分が大きな力を持っており、それが他者にとって危険であるかを厳しく言い聞かせるのだが……」


 数百年ぶりに生まれた子であるために甘やかしてしまったのだ。と彼は苦々しげな顔でうつむいた。


「この子は必ず、きちんと躾ける。だから、この場は見逃してはもらえぬだろうか」

「……事情はわかりました。子供を預かる立場としては、あなたの気持ちもわからないではない。ですが、口約束だけで信じてしまうわけにはいかない。我々人間は弱い。それこそ戯れに殺されてしまいかねないほどに」


 意を決した、とばかりに顔を上げ宣言する竜人に、私はこちらの立場を伝える。

 竜人族と人間は強者と弱者であり、強者からのお願いとは弱者にとっては強制に等しいのだ、と。


「確かに……言葉だけで信を得ようというのは虫が良すぎるな。であれば」


 私の言葉に首肯した青い竜人は、そう言うとおもむろに己の胸に爪を突きたてた。


「ぐ、ぬ……ッ」


 痛みにうめきながら、彼は胸の中央にある一際大きな鱗を剥ぎ取った。

 位置からすると心臓を守るためのものだろうか。


「我らは魔力によって生み出されると説明したが、この鱗はその魔力の核を守る『鎧鱗』という。我ら竜人族の命に最も近いものだ。これを我が誓約の証として受け取ってもらいたい」


 青い竜人は荒い息をつき、胸から大量の血を流しながらそう説明すると、二メートル四方はありそうな六角形の鱗を私に差し出す。


 血に塗れてなお美しく空色に輝く鱗からは、恐ろしく強力な魔力が感じられた。単純に比較はできないが、ワイバーン一体と同等くらいの存在感がある。

 私はたった一枚でこれほどの力を有する鱗を差し出すという行為に、「彼の言葉に嘘はない」と納得せざるを得なかった。


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