103.竜人族
ちょっともういい加減にしてもらえませんかねとオッサンは思ったのだ
翌朝、辺境伯とドワーフの族長の話し合いの結果を伝えられた。
「竜殺し」の称号を、という話はドワーフ側が私に、アインスナイデン辺境伯がグレイシアに与える形になったそうだ。
二人いるから一人ずつにしてしまえば問題ないだろう、ということだろうか。
「ソウシ、今日の魔法指導は中止とさせてくれ」
話の最後に辺境伯がそう切り出した。どうやらアースドラゴン討伐を領都で周知したいらしい。
先日のワイバーンに続いての一大事だし、「竜殺し」の称号授与を後日することもある。それらを各方面に連絡する必要もあるというわけだ。
「あの……なんとか授与式の規模を小さくしていただくわけには……」
「いかんな」
私の要望は辺境伯にバッサリと切って捨てられた。
最後の抵抗を試みたが無理だったか……。
辺境伯がドワーフの谷を去るのを見送った後、私は竜の解体作業が続く川原で「石壁」で作ったテーブルにつき新装備の図案を描いていた。傍らにはマジックアイテムの図案もある。
アーロンとコベールに詳しい話を聞いたところ、魔物の素材を使った装備は身につけていると自然に魔力が流れ、元となった魔物の能力によっては防御力や攻撃力が強化されることがあるそうだ。
そこで、解体され積み重ねられていくアースドラゴンの素材を前に、アイディア出しをしているのだ。
もちは餅屋、とも思う。だが、獣人の装備に関してはカトゥルルスで見た限りでは族長すら皮鎧に小手と脛当てくらいだったし、武器もほとんど使われていなかった。
今後のことを考えるなら、アルジェンタムの攻撃力を高める武装は必要になってくるだろう。であるなら素人考えでもなんでも案を出して、ドワーフたちのインスピレーションを湧き起こす一助になれば……というわけだ。
「ふうむ。それでコレか……」
「かっこいい」
集中して描き起こしていると、いつの間にかやってきていたアーロンが興味ありげにつぶやく。こちらもいつの間にかそばにいたアルジェンタムは満足げ。
どうやら第一印象は悪くなかったようだ。
今描いていたのはいわゆる「鉄の爪」だ。使わないときは手首から先をヒジの方向に折りたたむ形で爪を収納するタイプで、刃の部分を竜の爪で作ってはどうか……というのがポイントになっている。
獣人であるアルジェンタムは、これまでの戦いで拳・蹴り・爪、それにまれに魔法がメインになっていた。そこで拳と爪の代わりに使える武器を持つのが良いのではないかと考えた。
あとは鎧のヒジ・膝・脛にもスパイクを設置することで、体術での攻撃力を高めるという寸法だ。
……見た目が世紀末な感じだが、アルジェンタムは気に入ったみたいだし、気にしないことにする。
「ではコベールとも相談して具体的に詰めるとしよう」
アーロンはそう言うと図案を手に取り、足早に工房のある横穴へと戻っていった。
……割と乗り気なのかな? まあ、彼らはプロだし、任せておけば大丈夫だろう。
翌日からは領軍への魔法指導も再開し、午前は指導、午後は装備のアイデア出しとマジックアイテムの試作を続けた。
その甲斐あってか、マジックアイテムが一つ形になった。
その名も「温感石」。言ってしまえばカイロだ。
これは単純に魔力をこめるとしばらく温かくなるという物で、カトゥルルスで見た炬燵もおそらくは似たような構造になっていると思われる。
スイッチ機構などはどうすればいいのかも分からないままだが、実験の結果「粉末状にした魔石に魔力を流し込むとしばらく効果が持続する」ことが判明したので、なんとか形になった。
内部の構造に関しては「神の魔石」を封印していた遺跡の石碑を参考にしている。
あとは石碑の「最初に使った魔法に固定される」という性質を利用することで、魔力を流すだけで繰り返し使用できるというわけだ。
現在も全員で使ってみている。雪が降ったりはしないものの、やはり冬だから寒いし実験には丁度いい。
まだ使用限度などは分からないが、別の魔法を固定することで様々な効果を持たせることが可能な、いわば土台とでもいうべき物となった。
夏には「冷感石」を持っていれば涼をとれるし、出力を高めれば「温感石」をホットプレートに使ったり「冷感石」をクーラーボックスに使うこともできるだろう。
まあ、持ち歩かない「家電製品」的な物はスイッチ機構の知識がある技術者に協力を仰がないと実現できないが、その辺はおいおい考えていけば良い。
あとは使い捨ての攻撃魔法を込めた物が作れれば良いのだが、今のところ魔力を流した途端に魔法が発動するので危なくて使いようがない物しかできていない。
何か導火線のようにタイムラグを作る方法があればいいのだが……。
辺境伯領軍への魔法指導が始まって二週間目。私はまたも魔法の実験のため、荒野へと出かけていた。
グレイシアは称号と褒賞の授与式に関して辺境伯との話し合いがあるとかで領都アインスに出向いている。そのため同行者は子供たちとグランツだ。
ジョージ・デビッドのアルムット親子も、そろそろ領地を空けて一月になるから戻ることにしたそうで、辺境伯に挨拶してからアインスを発つと聞いている。
エリザベートとも、この二週間あまりで色々と話せたから満足だそうだ。何にせよ、身につけた魔法を生かして領地経営を頑張ってもらいたい。
「それで今日はあの時の魔法の実験なのよね?」
「うん。正確には、これの使用感を確認することだね」
シェリーの言葉に答え、私は腰のホルダーにぶら下げていた直径三センチ長さ三十センチほどの棒を取り出す。鉄でコーティングした竜の牙のボルトだ。
今回の目的は、この「ドラゴンボルト」をコイルガン魔法「電磁砲」でぶっ放し、どの程度の威力が出るかを確認する事だ。
アースドラゴンの前歯を用いて作った物で使い捨てできるほどの数は用意できなかったが、軽く、硬く、魔力を込めればさらに硬度を増すため、切り札の一枚となることが期待される。
一度使うたびに鉄の皮膜は融解しそうだが、槍を使い捨てせざるを得なくなるよりはずっと使い勝手はいいだろう。
「さて、じゃあまずは的から作りますか」
「手伝うわ」
私の言葉にシェリーがそう申し出る。
シェリーはカトゥルルスでの戦いで昇級した際、風属性に続き地属性も中級になった。ということで「石壁」の魔法が使えるわけだ。
それは大物相手の戦闘時に、後衛の守りを任せやすくなったということでもある。
「ウォンウォンウォン!」
私とシェリーが他の者から離れ的を作ろうという時、グランツが激しく吠え立てた。その直後、私も強烈な気配を感じ、即座に身構えた。
「また飛竜、いや……この感じはもっと強い……!」
「な、なんなの……?」
隣に立つシェリーが震える声で不安を訴える。が、しかし私も急速に近づく重圧に答えることができない。
また名もなき神と同レベルの魔物か? このエンカウント率はなんなんだ……。
北西の方向。龍神山脈からすさまじい速度で飛来するソレは銀に輝く鱗に身を包まれた竜。
「まさか……」
私の知る限りでは、竜はそんなに派手な色はしていないはずだ。地竜がカーキ色、水竜が濃紺、火竜が赤褐色、風竜がモスグリーン。それもさらに彩度が低いという。
であれば、竜は竜でも魔物のドラゴンではない竜……。
我々の五十メートルほど手前で銀の竜は体を起こし、急激に減速した。
そして――。
「やー、人間さん。ボクと遊んでよ」
明るい声で我々に、そう声をかけた。
――喋る竜。それは「竜人族」と呼ばれる存在だ。