102.竜殺し
やはり竜は素材も格が違うんだなあとオッサンは思ったのだ
アースドラゴンを倒したあと、我々はひとまず地竜の亡骸は置いておき、崩れた坑道に取り残された者がいないか捜索することにした。
深夜にまで渡る捜索の結果、幸いなことに死者は一人もいないということが判明した。
とはいえ、大小の怪我人は多くいたため、コナミの「回帰」による治療は必要だった。
広範囲を一気に回復してしまえるのは、こういう時にはとても助かると改めて実感する。
カトゥルルスのシースネークやソルジャーアントの群れと戦った時も思ったことだが、大規模な戦闘ではどうしても回復に手が足りなくなる。これまでのことから考えると今後も戦闘の規模が一層大きくなりそうな懸念があるので、何とか対処する手段が増やせればいいのだが……。
「おお……!」
「これがアースドラゴン……!」
アインスナイデン辺境伯と騎士たち、そしてアルムット親子が地竜の遺体を前に感嘆の言葉を漏らす。
アースドラゴンを倒した翌朝、辺境伯と騎士たち五名がドワーフの谷を訪れていた。
というのも領軍への魔法指導の際、アースドラゴンを倒したことを話したところ「ドラゴンともなると事実確認をしないわけにはいかない」となったからだ。
ただ、大勢の貴族や騎士を連れてドワーフの谷に踏み入ることは躊躇われたので、最低限の人数だけにしてもらった。
一足先に走って戻った私が族長に許可を取ったとはいえ、あくまでここはドワーフたちの国であって、ベナクシー王国の領土ではない。
「ソウシ、そなたとグレイシア先生には『竜殺し』の称号と褒賞を授けねばならんな」
ひとしきりアースドラゴンの威容を堪能したらしい辺境伯が、まじめな顔でそう言う。
まあ、自分の領地のすぐそばで、下手をすれば街一つなど簡単に潰してしまいかねないほどの力を持った魔物が現れて、それを私たちが倒したのだから分からない話ではないが……。
「辺境伯様、ここはドワーフの谷ですから、王国から称号を……というのはいささか問題があるかと」
公の場であるため丁寧な口調でグレイシアが辺境伯を嗜める。
なるほど、確かに他国でその国の代表者と話もしないうちに勝手に論功行賞を決めてしまうのは無用の軋轢を生みかねない。
私の印象では、ドワーフの族長は大らかな人だと感じたが、国と国とのこととなると、安易に相手の言い分を受け入れるわけにもいかないことは多いだろう。
「う、うむ。確かにそうだな。族長殿にお会いして、その辺りのことを話すとしよう」
グレイシアの言葉に辺境伯があわてて取り繕う。
惚れた弱みって感じだなあ……。
何にしてもあまり大事にならないようにしていただきたい。
無意味に有名になりすぎて身を守りにくくなっても困る。だからこれ以上の名声は必要ないのだ。
辺境伯が族長との会談に臨んでいる間、我々はアースドラゴンの解体に取り掛かっていた。
ウィルムやワイバーンとは異なり、鱗の一枚一枚が強固なため一気に捌いてしまうことができず、ドワーフ十人以上が遺骸に群がって作業する状況となっている。
夕方を過ぎた頃には広い範囲を照らす篝火がいくつも立てられ、アースドラゴン討伐とドワーフの谷の無事を祝う宴が始められた。
そして優先的に解体しておいたアースドラゴンの尾を宴のメインディッシュとして調理にかかっているようだ。
シェリーをはじめとした女性陣も手伝いに行ったり、雑談に興じたりと、すっかり宴を楽しむ態勢に入っている。
かく言う私も、アースドラゴンの解体を早々に諦めて、グレイシアと共にゆっくりしているところだ。なにせ超大物との戦いの後で、相当に疲れているのだ。
以前に魔物の肉は瘴気が人体に悪影響を及ぼすために食べられないと聞いていたが、ドラゴンはそれには該当せず普通に食べられるという。そのうえ、食べた者の身体能力を高める効果まであるらしい。
それから当然のことながら、ドラゴン素材はドワーフたちが目の色を変えるほどの価値ある物で、何十人もの職人が「売ってくれ」と申し出てきた。
ひとまずアーロンとコベールに我々が頼んでいた新装備の計画変更をしてもらってからとし、日を改めて、残る素材を競売にかけることになった。
ちなみにアーロンとコベールから「装備製作費をドラゴン素材で」との要望があったため、その分も我々で確保することとなる。
そして地竜の素材を得たことで、今後のために追加武装も製作依頼をすることとになった。
資産が減ると思ったら増えて、増えたと思ったら減る。なんとも不思議な感覚だ。とはいえ競売を終えれば相当に増えるだろうことも想像に難くない。
それからジョージとデビッドのアルムット親子だが……。
「ソウシ殿! 飲んでおられますか! 何か持ってまいりましょうか?」
「いやはや、竜殺しと知己となる機会が得られるとは、女神様に感謝ですな!」
と、このように、すっかり私を持ち上げるようになってしまった。なんというか子供がヒーローに会ったかのような目の輝きが若干怖い。
とはいえ彼ら、特に父親の方はあけっぴろげで何の下心も悪意も感じないので、単純に誇らしい気持ちになっているのだろう。
雑談の中で「もうエリザベートのことを心配する必要もない」とも言っていたので、独り立ちした娘の仲間が確かな実力を持っていると安心したというのもあるかもしれない。
まあ、結婚前の娘さんを安心して任せられすぎるのもどうかと思うが……。
「おーい!竜殺し! アースドラゴンの尾が焼けたぞ!」
不意に一人のドワーフの声が響く。
どうやら、じっくり時間をかけていた地竜の調理が完了したようだ。
「ドラゴンステーキ!」
「どんな味がするんでしょうね?」
はしゃぐコナミと若干不安げなエリザベートを先頭に、我々はバーベキューコンロへと向かった。
肉の焼ける香ばしい匂いが辺りに充満し、味への期待がいやがうえにも高まる。
「さあ、ソウシ、グレイシア。倒した者の権利だ。あんたらが一番に食ってくれ!」
調理担当のドワーフに促され、私とグレイシアはコンロの前に進み出た。
目の前にはしっかりと火を通され、狐色に焼きあがったドラゴンステーキがある。どうやら金網ではなく鉄板で焼かれたようだ。
「それでは、いただきます」
「いただきます」
私たちは一言挨拶すると、手渡されたナイフとフォークで肉を切り分け、口に運んだ。
「これは……」
「美味しいけど……普通?」
グレイシアの言うとおり、確かに美味しいのだが普通な感じだ。
なんというか少し野性味のある鶏肉といった淡白さで、あまり脂がない。
「うん、でも……なんだか魔力が漲ってくる感じがあるね」
「そう? 私はどちらかというと元気が出てくる感じがするけど」
劇的ではないが、「身体能力を高める」という話は本当のようだ。
「なるほど、個人差があるのかもしれないね。……皆さん、ありがとうございます。一番槍、いただきました。皆さんもどうぞ食べてください」
私の言葉に「おう」と答え、ドワーフたちも遠慮なくドラゴンステーキへと手を伸ばす。そして「普通だ」「うん、普通だな」「まあ普通にうまいな」などと感想をこぼしながらも、ニコニコ顔で竜の肉を頬張っていた。
子供たちも「普通ね」「普通ですね」「普通においしい」「普通」と言いつつ、やはり嬉しそうに笑顔で食べている。グランツもだ。あとでユキにも持っていってあげないとね。
なんというか、味よりもドラゴンを食べるということそのものに大きな意味があるのかもしれない。身体能力も高まるみたいだし。
せっかく命拾いしたのだし、私もみんなと共に宴を楽しませてもらうとしよう。
あ、それと私はアースドラゴンを倒したことで八度目の昇級を果たした。