100.地竜襲来
ちょっとイベント戦闘みたいなの続きすぎじゃない?とオッサンは思ったのだ
新魔法「加重」「減重」の自分自身での実験をした翌日。午前中のアインスナイデン辺境伯領軍への魔法指導が滞りなく終わり、我々はドワーフの谷へと戻った。
女性陣と別れ、アイテム製作の試行錯誤のため、アーロンとコベールの工房へ行った際に「加重」「減重」を使っての滑空について話した。
すると彼らが物凄い勢いで食いついてきたため、実際にやってみせることになった。
谷底の川原で崖の上まで跳躍したり、そのまま滑空してみせたりしたところ二人は大喜びだった。
そしてそろそろ工房に戻ろうという時、それは現れた。
「なんだ!? 事故か?」
谷間に轟音が響き、坑道の一つから大量の岩塊と粉塵が噴き出す。
坑道にいたと思しきドワーフたちが叫びをあげて逃げ惑っていた。
その様子にアーロンが困惑の声を上げる。
粉塵の中に何か巨大な影が動いているのが見える。
「……は?」
土煙が晴れ、現れた者の姿にコベールが呆然とつぶやく。
ワニのように平べったい体に金属の鎧のような鈍く輝く茶色がかった鱗。流線型の頭に口内の鋭い牙。その頭から後方に伸びた角。巨木の様な手足には鋭い鉤爪が備わり、全長二十メートルを超えようかという巨体を力強く支えている。尾は意外と短い。
「「アース……ドラゴン……」」
静まり返った谷間に、アーロンとコベールの言葉が響いた。
「グゴオオオオ」
地の底から響くような重低音の咆哮が地竜から発せられ、周辺の空気をビリビリと震わせる。
名もなき神と対峙した時に勝るとも劣らないプレッシャーだ。
「アーロン! コベール! すぐに逃げろ!」
「なっ」
「そ、ソウシっ」
大声で竜の重圧を撥ね退け、二人のドワーフに指示を出す。
恐怖による硬直から解放された彼らが止めようとする声を無視し、私はアースドラゴンに向かって駆け出した。
「今日はそこまで魔力を使っていないが、どこまでもつか……水刃!」
正直、倒すビジョンがまったく浮かばないが、なんとか注意だけでもひきつけようと魔法を放つ。
このまま居住区に近寄らせては洒落にならない被害が出てしまうだろう。当然そこには私の仲間たちも含まれることになる可能性が高い。それは看過できない。
「グゥ……」
水の刃が地竜の顔に命中し、鬱陶しげな声が漏れる。まったく効いていないが、その目は私の姿を捉えたようだ。
「よし、こっちだ」
アースドラゴンの視線に晒されながら、私は対岸へと跳躍する。川幅百メートルはあるが、「減重」の効果が持続している今なら軽く飛び越えることができる。
私の移動に釣られて地竜も体の向きを変えた。
「もう一丁……水刃!」
さらに怒りを煽るため、空中で魔法を放つ。それで魔物は完全に私を標的と定めたようだ。これで居住区に近づくことは阻止できただろう。
しかし私はアースドラゴンの身体能力を見くびっていたようだ。
「うっ!」
私が着地すると同時に、地竜は咆哮をあげて突進してきた。
いくら巨体とはいえ、百メートルの距離を三歩ほどで渡ってくるとは思いもしなかった私は、あわてて横っ飛びする。
直後、轟音をあげてアースドラゴンが岸壁に激突した。
「くッ……石壁!」
岩の壁が放射状に陥没し、砕けた岩塊が周辺に飛散する。それを防ぐため魔法を発動するが、何発もの礫がぶつかり、あっさり破壊された。
「おいおい、破片だけでこれか。だが……電流壁!」
あきれた破壊力に嘆息しつつ、私は次の一手を放つ。ワイバーンにも効いた魔法だ。少しでも効いてくれれば……。
「グオオオオ」
大量の水流とともに電撃を浴びながらも、アースドラゴンは特にダメージを受けた様子もなく私に顔を向ける。ただ、鬱陶しくはあるようで怒りの咆哮をあげた。
「なっ!?」
また突進してくるか……と思ったが、地竜は大きく口を開けると直径二メートルはあろうかという巨大な石、いや岩の槍を吐き出してきた。
これはブレスではなく魔法のようだ。「暗視」で見ると口に地の精霊が集まっていくのがはっきりと見えた。
カトゥルルスで見た資料によると、火を吐いたり氷を吐いたりする、いわゆる「ドラゴンブレス」というものは無いらしい。
それっぽく見える攻撃はあるが、全部魔法だということだろうか。
「くっ……狙いは甘いが、また破片が……!」
岩槍そのものは簡単に避けられても、着弾した場所にある石と砕けた岩槍が周囲に飛び散るのまでは完全には避けられない。
資料を見てある程度知ってはいても実際に相対すると到底対処できない暴威だ。
昇級で素の防御力も上がっているからまだましだが、防具を身につけていないのはあまりに厳しい。
外に出るのに槍すら持ってきていなかったのは、完全に気が抜けていた……。
「槍があれば、あの魔法を撃てたんだが……!」
しかし無い物ねだりをしても仕方がない。なんとか岩槍に対処する方法を考えなければ、アレを連発されるだけで終わりかねない。
ちらりと対岸を見ると、多くのドワーフたちと「妖精の唄」の仲間たちが負傷者の回収をしつつ「土壁」と「石壁」で流れ弾を防ぐ防壁を築いている。
坑道内に取り残されている者がいないかも捜索しているようだ。
これでひとまず最悪の事態は回避できただろう。だが、問題は――。
「こいつを倒す方法を思いつかないことか」
とはいえお見合いをしているわけにもいかない。
竜がどの程度の魔力を持っているのかわからないが、人間より少ないということはあるまい。であれば、持久戦はこちらに不利だ。
「来たかっ」
懊悩する私にお構いなく、再びアースドラゴンの岩槍が放たれる。
「ちぃいッ!」
同じ物と思ったのが間違いだった。今度の魔法は散弾のごとく通常サイズの石槍が大量に放たれたのだ。
すでに横に跳んでいた私に回避の手段はない。「石壁」も成形が間に合うかは微妙だ。となるともう博打を打つしかない。
「地払い!」
両手を前に突き出し、地の精霊を全力で払う。地竜の攻撃に地面から土や石が使われた様子はない。であれば――精霊を払ってやれば槍を分解することができるはずだ。
「ぐッ、ううぅ!」
私に接触する軌道だった石槍は、精霊が払われた空間に到達すると同時にバラバラに粉砕され、こまかい砂になって散ってゆく。
だが、さすがに全てを消し飛ばすことはできず、いくつもの欠片が腕や足をえぐっていった。
こりゃあキツイ……。