99.魔法の実験
生身で飛べるとはさすが異世界だとオッサンは思ったのだ
グランツの嫁「ユキ」を家族に迎えた私たちはドワーフの谷に戻り、ようやく宿を取った。今日から一月連泊だ。
その際、狼たちも同室にしてほしいと頼み込み、ユキが滞在中に子供を産むであろうことも話した。条件をつけられはしたが、何とか許可を得られた。
条件というのは「室内に入る際、狼達を綺麗にすること」「狼たちが室内を汚したら自分たちで清掃・洗濯すること」の二つで、無理を言って借りる側としてはごく当たり前のものだった。
他の宿をほとんど利用したことがないので比較はできないが、これはかなり良心的なのではないだろうか。
まあ、カトゥルルスで待遇が良かったのは獣人族の国だから例外として。
「いつごろ産まれるのかなあ」
「うーん……もうかなりお腹大きいし割と近いんじゃない?」
ベッドで横になるユキを優しくなでながらコナミがつぶやき、シェリーが答える。ついでに「うちの弟か妹はまだ半年以上先だからねえ」などと待ち遠しそうにこぼす。
「子供たちにも名前つけなきゃね」
「今度こそアルがつける」
グレイシアの言葉にアルジェンタムが眉をキリッと吊り上げて宣言する。どうやら名付け親になれなかったのが悔しかったようだ。
「四、五匹は生まれるだろうから、一人一匹名付ければいいんじゃない?」
シェリーがそう言うと、みんな感心したように頷いていた。
辺境伯軍への魔法指導が始まって一週間。最初の休日となった。
魔法の指導は特に問題もなく進んでおり、段々と個人個人にあわせ助言や実演をするようになっている。
戦闘には不向きだが、ちょっとした時に役立つ「乾燥」や「加熱」を好んで習得しようとする者も出てきた。野営や雨の時に使えれば確かに便利だろう。
私自身も指導のかたわら新魔法開発に勤しんでおり、この五日ほどでいくつか形になりつつある。
特に今後役に立つであろうと思われるのは「加重」と「減重」の二つ。
これらはワイバーン戦で確認した飛行時の地属性の使い方に着想を得たもので、言ってみれば重量を増減させる魔法だ。
精霊を払うことで重力を軽減しているのではないか?という考えのもとに実験を繰り返したところ、こぶし大の石が風に舞い、さながら紙風船のようにふんわり落下する程度まで軽くすることができた。
正直なところ本当に重力を操っているのかは分からないのだが、実際に効果が現れたのだから良いだろうと納得する事にした。
ともあれ、どうやらワイバーンは「加重」「減重」に相当する魔法を使うことであの巨体の重量を操作しているらしく、「暗視」で見ると頻繁に地属性の精霊光が発生していた。
それにあわせて翼と風属性の魔法を用い、鳥のように自在に宙を舞っていると思われる。
ということはそれに似た使い方を身につければ自在にとまでは行かずとも、滑空くらいはできるようになるのではなかろうか……と私は考えた。あるいは超長距離ジャンプか。
それ以外の使い方としては、いわゆる補助魔法のように「加重」は敵の行動を制限し「減重」は身を軽くすることで速度上昇の効果を得られるだろう。
問題は他者に魔法をかけた場合、それをどう維持するのか?というものだ。壁呪文のように発生位置を固定できればいいのだが、今のところ上手く行っていない。
無機物にかけるのは簡単なのだが……。
「よし……じゃあ、やってみるよ」
ということで、我々は休日を利用していつも訓練に使っている荒野へと繰り出し、まずは私が自分で超長距離ジャンプに挑戦してみることにした。
「ソウシ、気をつけてね」
「あんまり高く跳んじゃダメよ?」
グレイシアとシェリーが心配そうに声をかけてくる。他のメンバーも不安げだ。
まあ、人間は空を飛ぶようにはできていないのだから心配するのは当然だ。だが、今後のことを考えるなら手札を増やしておくに越したことはない。
自由には飛べなくても障害物を跳び越えて移動できるようになれば色々とプラスになる場面は多いだろう。
「うん、気をつけるよ。……減重!」
魔法を発動させると足の裏にかかる重みが弱まる。上手く重量を軽減できたようだ。
それを確認して私は荒野を駆け出した。
「おお……軽い」
軽く地面を蹴るだけでもすぐに一メートル近く跳ねてしまう。
なるべく上じゃなく前へ移動するように前傾しつつ、私は足を動かす速度を上げた。
一歩の距離がどんどん伸び、景色が高速で後方に流れてゆく。
そして十分に加速したところで、強く踏み込み跳躍した。
「うおおおお!……お?……追風!」
想像していたよりもはるかに高いところまで跳びあがってしまい、私は動揺した。が、落下はごくゆっくりしたものになっていると気づき移動方向を制御するために風を発生させる魔法を発動させる。
「うわあああ!」
左から風を受けて右に旋回……と思ったのだが加減が分からず、私は独楽のようにくるくると回転することになった。あわてて反対方向から風を発生させて回転を止める。
進行方向の反対を向いて止まったので後ろ向きに飛んでいる状態になってしまったが、地上を確認することはできた。
二十メートルほど下だろうか? 女性陣とグランツが走って追いかけてきている。
彼女たちの必死な表情を見て、なんだか肩の力が抜けた私は段々近づいてくる地上に手を振りながら考える。
上手く移動するためには、どう風を発生させるべきなのか?
「……ああ、グライダーみたいに下から風を受けるような形にしてみよう」
あっさり思いついた。
考えてみれば昇級であらゆる能力が倍加するのだから、知力のようなものも上がっているのかもしれない。
戦闘中の判断速度が上がっていたことからすると、頭の回転が速くなっているというのが正確だろうか。
ということで姿勢を整えてから首から下に風が流れるように「追風」を調整する。
「おお」
途端に安定したようで、ちょっとした体重移動だけで左右への旋回が可能になった。ちょっと「水流走」の操作に似ているだろうか。体重をかけた方に移動するから厳密には逆ではあるが。
練習は必要だろうが、なんとか安定して滑空することはできそうだ。
「ソウシー! 大丈夫ー?」
「大丈夫だよー!」
私を呼ぶグレイシアの声に答え、大きく旋回してみんなの上空を移動してみせる。
すると心配そうだった彼女たちも笑顔になった。グランツも飛び跳ねて尻尾を振っている。
段々と空気抵抗で速度が低下し、しばらくして私は地上へと降り立った。
時間にして一分程度だと思うが、人間が生身で滑空する時間としては十分だろう。
「「ソウシ!」」
「よかった……」
「どんな感じだった?」
「アルも飛んでみたい」
地面の感触を確認して肩の力を抜いた私に女性陣とグランツが飛びついてきた。グレイシアとシェリー、エリザベートは随分心配していたようだ。
コナミとアルジェンタムは滑空している感じが気になるようで目が輝いている。
どうやら飛んでいる私を追いかけて走っていた時も、それぞれ違うことを考えていたようだ。
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
みんなの背をポンポンと叩き、頭をなでて声をかける。
コナミとアルジェンタムには、もうちょっと練習してから背負って飛んでみようと提案して我慢してもらうことにした。