97.ワイバーン単独撃破
やっぱり昇級ってすごいとオッサンは思ったのだ
「久々に新魔法といくか……電流壁!」
方向を変え私に近づいてくる飛竜の手前に、川の水を使った「水流壁」と空気中の酸素と水素を用いて発生させた「電撃」を組み合わせる。
今回の「電撃」は中級魔法の「水流壁」の水を発生させる過程を用いたため、その威力は中級魔法相当になっている。
全長二十メートルにも及ぶそれを、相手に向かって縦に置いてやれば――。
「ギシャアアア!」
ワイバーンは見事に「電流壁」に突っ込み、感電と水流の勢いで飛行速度を減じる。
下級ではウィルムにもほとんど効かなかった「電撃」だが、中級相当であるからか、あるいは私の昇級によるものか、今回はそこそこ有効打になったようだ。
それが証拠に飛竜は上空へ逃れようと翼を羽ばたかせる。
しかし逃がすわけにはいかない。
「……金剛剣!」
魔法発動と同時に、手にした槍の先端に光を反射するダイヤモンドの結晶が現れ、それが高速で移動・回転することで硬いもの同士がこすれる甲高い音が辺りに響く。
森と違い周辺に元となる炭素が乏しいため、一気に魔力が抜けていく感覚に顔をしかめながらも私は全力で駆け出した。
それと共に「電流壁」は霧散し、川の水が荒地に降り注ぐ。これ幸いとワイバーンが首を上向け翼を大きく広げるが、それは私の計画通りだ。
「はぁああ!」
飛竜の左翼側から全力で跳躍した私は、裂帛の気合と共に即席のチェーンソーと化した槍を袈裟懸けに振り下ろした。
ダイヤモンドの刃が、強固なワイバーンの鱗にぶつかり甲高い高周波音を響かせる。
一瞬、抵抗を感じたが、すぐにそれは失われ、高速回転する光刃が飛竜の首の三分の二ほどを切り裂いた。
「ギャフッ」
魔物の口から小さな悲鳴が漏れ、次いで傷口から鮮血が噴き出す。
ワイバーンは二度三度と翼を動かしたが、すぐに全身から力を失い、赤茶けた荒野にその身を落下させた。
「ふっ」
先に着地した私は、ふり返り飛竜の落下を見届ける。まだ警戒は解かない。
全長二十メートルはあろうかという巨体が音をたてて地面に激突する。その衝撃が盛大に土煙をあげた。
「ふぅーッ……」
粉塵が収まるまでたっぷり三十秒ほど待ち、私はようやく槍をおろし、長々と息を吐いた。
直後、空気を振るわせるほどの大歓声が響いた。
「先生! この魔法なんですけど――」
「ああ、それはですね……」
「先生! 今度はあの魔法を――」
「あ、はい。じゃあちょっと距離をとってください」
グレイシアと辺境伯のインパクト重視のデモンストレーション作戦は、ワイバーンの乱入で一時混乱したが、私が一人で飛竜を倒すことで成功した。
その結果が、現在の質問ぜめと何回もの魔法の実演要請だ。
ワイバーンの解体と領都への討伐完了の連絡に時間がかかったため、本来なら昼食をとって終了となるはずの指導は午後にずれ込んでいた。
そのうえ、次から次に要望が挙がるのでてんてこ舞いだ。
グレイシアやシェリーにも使える魔法は彼女たちに任せているが、私にしか使えない魔法も多いからどうしても手が足りなくなる。
さらに科学的な知識がなければ理解しにくいものもあるため、ちょっとした化学実験もやってみせる必要があった。
水に電気を流したら酸素と水素が発生して、それを証明するために気体を集めて火をつけてみせるという電気分解の実験だ。
兵たちの中には理解力の高い者も結構いて、少しずつではあるが合成魔法を身につける者も出てきている。
アレンジ魔法の方は実演を見れば理解もしやすいらしく、どんどん吸収していく姿はなんとも頼もしいものだった。
特に人気の高いアレンジは「土壁」「石壁」の形状変化と「石槍」を飛ばさず設置する即席の逆茂木で、さすが街を守るのが仕事の兵隊さんだと感心させられた。
ジョージとデビッドのアルムット親子も、領軍の兵たちに混じって熱心にアレンジ魔法の練習をしている。
彼らも貴族で領地を守るという義務があるから、少しでも有用なものを選んで身につけようとしているのだろう。
領地経営に、まず武力がないと立ち行かない状況というのも大変だ。
まあ、私自身この世界に来てから武力と日本で得た知識でどうにかしているわけで、まったく他人事ではないのだが……。
やはり今後のためにも何か便利アイテムの開発でもしていくべきだろう。
ドワーフの谷にも行こうと思っていたし、丁度いいからアーロンとコベールに色々相談してみるか。
「こりゃ酷いな……」
「どう使ったら、こんなことになるんだ?」
私の鎧と槍の惨状にアーロンとコベールがため息をつきながらつぶやく。
領軍の指導を終えた私たちは探索者団の面子だけでドワーフの谷を訪れていた。というのも破損した私の装備をどうにかしなければならなかったからだ。
駆け足で二時間ほどで辿りつけるのも分かっていたし、ついでに新しく加わった子供たちの紹介もしておこうという考えもあった。
幸い、アーロンもコベールも子供は嫌いではなかったようで歓迎してくれた。ありがたい。
「実はですね……」
私は装備がボロボロになった理由、カトゥルルスに向かう途中にシーサーペントに襲われたことと、名もなき神の魔法を模倣した「金剛剣」を使ったことを話した。
シーサーペントに関してはどうしようもないことだったのだが、「金剛剣」の方は私の習熟度の問題でもあるので申し訳ない限りだ。
「なるほどな。まあ、戦ってりゃ装備がぶっ壊れるのは当然だから気にするな」
「鎧の方は新調せざるを得んが、槍は刃を交換すれば良かろう。ただ、どっちも今のお前さんの格にあわせるなら、かなり高額になるな」
「そうだな」
何せ七度も昇級した探索者など相手にしたこともないからな、と彼らは口をそろえて言う。その顔には何やら期待するような笑みが浮かんでいた。
おそらくは思い切り腕を振るえると言いたいのだろうが……。
「え、えーと……私だけでなく、全員の装備もどうにかしたいんですが」
グレイシアは私と同じ七回、シェリーが六回、コナミとエリザベートが五回の昇級を果たしている。
アルジェンタムに関しては、名もなき神とソルジャーアントの大群との戦いで一気に複数回昇級しているようなのだが、いま一つ判然としない。
身体能力的にはすでに他の子たちを凌駕しているようなのだが……。
「ソウシ、資金に関してはかなり余裕があると思うわよ?」
グレイシアはそう言うと私が忘れていたことを指摘した。それは特許のことだ。
どうやら私の名声が高まるにつれて、これまで私が申請した魔法に関するそれが方々から引っ張りだこになっているらしい。
魔物が増えていたり、強い個体が現れる頻度が上がっていることで領主や軍関係者が新たな技術と知識を求める。
商人が生モノの輸送に「凍結」の使用許諾を得る。
そして向上心のある探索者が、より安全に効率よく魔物を狩る手段を私の特許に見出している、ということのようだ。
ううーむ、いつの間にやら大事になっていたのだなあ……。