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96.指導開始

 お偉いさんのボケには突っ込めないとオッサンは思ったのだ




「私がユーゲン・アインスナイデン辺境伯だ。皆よく来てくれた。グレイシア先生、ご無沙汰いたしております。ご健勝のようで何よりです」

「はい、辺境伯様もお変わりなく」


 なんとなくそんな気はしていたのだが、やはりグレイシアは辺境伯と知己のようだ。

 顔広いなあ。それにしても先生とは……。


 領都に着いた翌日、我々は辺境伯邸に出向いていた。アポイントは前日にとってあったため、すんなり謁見となった。謁見といってもいきなり応接間に通されたが。

 これもグレイシアのおかげだろうか。


「アルムット卿とご子息もよく来てくれた。此度は共に雷神殿の魔法を学ぼうではないか」


 辺境伯は四十絡みのガッシリ体型。アッシュブロンドの髪は短く刈り込まれている。まさに軍人という雰囲気だが、物腰は柔らかめで威圧感より安心感のほうが先に来る。


「は、勿体無いお言葉、恐縮です。雷神殿には娘がお世話になっており、その縁にすがって厚かましくも同行させていただきました」

「非才の身ですが、なにとぞよろしくお願いいたします」


 ジョージとデビッドも如才なく辺境伯と挨拶を交わす。

 エリザベートには作法を知らないなんて言われていたのに、まったく問題ないじゃないですか。


 ……それにしても私を持ち上げすぎじゃないですかね。辺境伯に敬称つけて呼ばれるとか居心地が悪すぎるんですが……。


「辺境伯様、私の仲間たちを紹介いたします」


 貴族方の挨拶が終わったタイミングで、グレイシアが子供たちを紹介していった。

 シェリー、コナミ、エリザベートは名前を呼ばれると緊張した様子で頭を下げる。アルジェンタムだけは普段と変わりない。


「彼が『雷神』ソウシです」

「お初にお目にかかります閣下。私のことはソウシとお呼びください。ご期待に沿うよう努力いたしますので、よろしくお願いいたします。それから彼はグランツ。優秀な斥候です」


 グレイシアに名を呼ばれ、私は頭を下げ挨拶する。グランツも紹介がまだだったので、ついでに紹介しておいた。


「うむ。こちらこそよろしく頼む。……ところでグレイシア先生とお付き合いしているというのは本当かね?」

「え? あ、はい。本当です」


 挨拶が終わったと思ったら、いきなり何を言い出すやら……。

 というかそんな話まで出回ってるのかよ! 誰なんだよ私の個人情報をばら撒いているのは!


「辺境伯様?」

「それで……どうだったんだね?」

「ちょっと? 何聞いてるの?」

「は、はあ。まあ、最高でしたが……」

「そ、そんな……ソウシったら……じゃないわよ。答えないでよ!」

「くっ……! 私のグレイシア先生が……!」

「ユーゲン? いい加減にしないと怒るわよ? というか私は貴方のじゃないわよ?」


 辺境伯の妙な質問にグレイシアが突っ込み、私はそれをスルーして答え、グレイシアがそれに合いの手をいれ、辺境伯がさらに質問を……というアホな流れが繰り返され、グレイシアがついにタメ口で無表情になった。


 辺境伯もさすがにやりすぎたと思ったのか目を逸らして姿勢を正し、誤魔化すように咳払いをする。

 私は悪くないから特に態度を改める必要はないはずだ。……グレイシアに思いっきりにらまれてるけど。

 子供たちも顔を真っ赤にしながら居心地悪そうにしている。アルジェンタムだけはわかっていないのか普通だ。


「冗談はさておき、明日からよろしく頼む」


 辺境伯の締めの言葉で謁見?は終了した。


 どうにかこうにか顔合わせも済んだし、明日から指導開始だ。これまでまとめた魔法一覧を活かしてなんとか頑張ろう。




「これより探索者団『妖精の唄』に魔法の実演をしてもらう! 噂で聞いている者もいるだろうが、今後の糧にするためにもよく見ておけ!」


 荒野にアインスナイデン辺境伯の声が響き渡る。

 領都アインスから徒歩二時間ほどの場所に、領軍約一千が集められていた。

 騎士が二割に兵士が八割といったところらしい。今日は全軍の半数ほどで、一日ごとに半数ずつが指導を受ける形だ。


 見回せば騎士はおおむね懐疑的な、兵士は期待するような目で我々を見つめている。

 辺境伯とグレイシアの意向で、挨拶よりも先にデモンストレーションを行うことで疑念や不安を払拭しておこうということになったのだが、彼らの様子を見ればそれが正解だろうと感じる。


 そういえば辺境伯とグレイシアの関係だが、二十年ほど前にまだ成人前だった辺境伯の家庭教師をしていたのがグレイシアだという。

 ご他聞にもれず美人過ぎるグレイシアに辺境伯が惚れたりしたそうだが、求愛は失敗に終わったそうだ。南無。


「さて……何から行こうかねえ」

「やっぱり派手なのが良いわよね?」


 私のつぶやきにグレイシアがそう促す。

 川が近いから火を使うのも水を使うのも問題ない。そして私の使える魔法で最も派手なものというと――。


「ウォーン!」


 頭を悩ませているとグランツが咆哮をあげる。この声音は警戒を促すものだ。

 一瞬遅れて私とグレイシアもその気配に気づく。北西の空中から近づく大きな魔物の気配。これは……。


「ワイバーンか!」

「みんな下がって身を守る態勢を!」


 私の声にグレイシアが叫ぶ。グランツの様子を訝しげに見ていた領軍の兵たちもグレイシアの声で状況を悟ったようだ。


 辺境伯が指示を飛ばし、領軍は陣形を整えてゆく。とはいえ、訓練、それも魔法をメインにした行動中だったため彼らは軽装だ。

 ワイバーンといえば三度昇級した者でも百人いればどうにかなると言われているから人数的には問題ないが、それもしっかりと装備が整えられていればの話だ。

 訓練用の装備では、真正面から大型の魔物とぶつかるにはいささか心もとない。それにここには城壁も対空兵器の類もない。


「ソウシ、一人で行ける?」

「え?」


 遠い空に飛竜の姿が見え始めたところでグレイシアが妙なことを言い出した。いや、おそらくはデモンストレーションを魔物相手にやってしまおうということなのだろうが……。


「……いけるかも」


 私の口をついて出たのは肯定だった。

 普通に考えればワイバーンほどの魔物を相手取って単身で戦うなど自殺行為のはずなのだが、今の私は何故かそれほど脅威を感じていなかった。

 ……グレイシアも同じ感覚なのかもしれない。


 名もなき神のプレッシャーを経験したことで、相手がどの程度の力を持っているかがぼんやりとでもわかるようになったのだろうか?

 あるいは七度目の昇級を経て、より感覚が鋭くなったのかもしれない。


「そう、じゃあ任せるわ」

「うん、皆を頼むよ」


 グレイシアの言葉に応え、私は一人、北西へと駆ける。領軍と子供たちから離れて戦うためだ。

 背後から驚きあわてる騎士たちの声が聞こえてきたが、まあ、ここは我慢してもらおう。


「まずは注意を惹かないと……電刃!」


 十分距離をとり川に近づいた私は、ワイバーンへと電撃を帯びた水の刃を放つ。それはまだ数百メートルはあろうかという距離を飛び越え、一直線に近づく飛竜に命中した。


「よし」


 魔法を受けてワイバーンが鬱陶しげに身じろぎし、その視線を私へと合わせる。

 威力よりも射程を重視したとはいえ、注意を惹く程度の効果はあったようだ。


 このまま上手く立ち回らねば。


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