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1.転移、そして遭遇

 初投稿ですので色々とよく分かっていませんが、よろしくおねがいします。

 突然見知らぬ世界に放り出されればオッサンでもうろたえるのだ。




「ナニココ」


 いや実際には見れば状況はわかる。私は今、林の中にいる。全体の規模を確認したわけではないから森かもしれないが。

 とにかく青々と葉を茂らせた広葉樹の木々が生え、下草が伸び放題の原生林らしき場所にいる。


 頭上を見上げれば枝葉の間から、まだ日が昇りきらない時刻の暗い青味を残した空が見えた。


「おかしい……改札を抜けたはずなのに、なぜ林の中にいるのか」


 そうなのだ、私はいつも通り朝七時三十一分発の通勤列車に乗るため、最寄り駅の自動改札にICカードを押し付け、通せんぼするあの板がバタリと音を立てて開くのを確認してから改札を通り抜けた。


 にも拘らず何故か林にいる。


「これは、アレか。 もうボケが始まったのか」


 まだ四十代なのに痴呆症か。若年性痴呆だったか? いや若年というほど若くはないが。


「なんにせよ自分と周辺の状況を確認するしかないか……」


 手足を動かし、怪我などがないことを確認してから衣服や持ち物に目を向ける。

 スーツ、靴などには特に外傷は無し。左腕につけた時計もOK。通勤カバン、問題なし。中身は……うん、持って出た時のままだ。


「あ、そうだ。こんな時は携帯電話だよ」


 平静を装っていたつもりが基本的なことがすっぽ抜けていた。

 携帯電話が通じれば大抵のことはどうにかなるだろう。科学全盛の現代日本バンザイだ。


 スマートフォンでないのは、特に必要と感じないからだ。決して機械音痴というわけではない。自宅では普通にPCくらいは使っているしね。


「うん、知ってた」


 山という感じではないが、どっちを向いても木しか見えないような場所で電波が届くわけがないですよね。衛星携帯電話じゃあるまいし。

 小さな液晶モニターの右上には、はっきりと「圏外」の文字が表示されていた。


「……どうにか、ここを抜けるしかない、か」


 アウトドアに役立つ知識や技術の持ち合わせはないため、方角すらわからない。だが、人気のない林の中でぼんやりしていても状況は好転しない。


 これまで運がよかったと感じることなど片手の指でも余裕で余る程度の、実に頼りない運に任せて歩き出す。

 すると来ましたよ。アレが。森とか林だと定番のイベントです。


 藪がガサリ。

 さすが、運とタイミングの悪さでは定評のある私だ。外さない。いや、外しているのか。


「へ?」


 音がした方に注視していると現れたのは、なんというか半端に膨らまされたビーチボールのようなモノ。


 中には空気ではなく水?が詰まっているようで、ぶよぶよと表面が波打ち揺れている。そして、上面と言っていいのかわからないが、とにかく私の方に向いている部分にはニッコリと笑う絵文字のような柄が浮き出ていた。口がギリシャ文字のオームの小文字で表現されているアレだ。


 しかも水分の多い絵の具で描いたみたいに、口や目に当たる部分の端から地面に向かって赤い筋ができていて、血涙を流しつつ吐血をしたかのような有様だ。


「ナニコレ」


 うっかり漏らした困惑の声に反応したのか、出来損ないの絵文字っぽいナニかは、大きく体をたわませると私に向かって跳躍した。

 ――人間を恐れない人懐っこい生き物なのだろうか。


「そんなわけないわな!」


 というかこんな生き物がいるなんて見たことも聞いたこともない。

 私はソレに背を向けると、一も二もなく逃げ出した。




 私とヤツの攻防は熾烈を極めた。

 通勤以外ではろくに運動もしていない四十路の身体能力を駆使し、泥酔して歓楽街を千鳥足でうろつくお父さんよりも頼りない足取りで木々の隙間を縫って逃げる。その私に、ヤツは木にぶつかるのもお構いなしで突進を繰り返す。


 どう見ても脆弱そうなのに、ぶつかった木の表皮がはがれるほどの打撃力を有しているらしい。もしや顔のような柄にある部分は表皮が特に分厚いのだろうか。


 数分後あっさり体力の限界を迎えた私は、下草に足をとられ盛大に転倒した。


 だが、それが功を奏した。仰向けに倒れた私の上をヤツが跳び越え木に激突、跳ね返ってきたところにスライディングの要領で私の右足がめり込むと、転んだ勢いのまま見事にヤツを木の幹と踵でサンドイッチ。出来損ないの絵文字野郎はあえなく爆発四散したのだった。


「はぁはぁ……た、助かった……」


 しばらく倒れたまま呆然としていた私は、ようやく息を整えると上体を起こした。

 見ると、右足にはべっとりとヤツの体液が付着している。どうやら水ではなかったようだ。生物の体内に詰まっていたものだから当然と言えば当然なのかもしれないが。


「あ? あれ…」


 染みになったら嫌だなあ、などと馬鹿なことを考えていると、スラックスに付着している物のみならず、ヤツの残骸が地面にしみこむように溶けて消えた。


 そして後に残ったのは親指の爪ほどの大きさの赤い小石。


「ゲームで魔物を倒すとなんか出たりするアレみたいだな……」


 アレとか年をとると単語が出てこなくなって困るが、アレだ。ドロップアイテム。


「うん。これは夢だ」


 全力疾走したせいで息苦しいし、転んでぶつけた尻や腕も痛い。どう考えても現実だ。


「この年まで独身だと、独り言が増えて困るな」


 それも今はいい。重要なことじゃない。


「ドッキリ、あるいは何らかの研究施設で開発された新種の生物か……」


 こんなオッサンにドッキリを仕掛けてどうする。新種の生物はありえない話ではないかもしれないが、その死後が問題だ。


 何にせよそろそろ認めるべきなのかもしれない。

 痴呆とか夢遊病でもないのにいきなり林に移動。

 見たこともない上に死んだら消える妙な生き物。

 その生き物が消えた後に出てきた赤い小石。


 これは……ゲームだの漫画だのアニメだので近年大流行のアレ。


「異世界……なのかなあ」


 どうせなら、もっと若い頃に転移したかった。

 最初のエンカウントで体力を使い果たした四十路サラリーマンこと私、高御創司タカミソウシは切実に痛感した。


 元気があれば何でもできると言ったプロレスラーがいたが、元気がなければ何もできないと。


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