第1話「定休日の日常」-送り屋の伝言
現状場面展開ごとの更新となっていますね。
もうしばしお付き合いください。
「よう、いつもの買い出しだろ?」
大通りの“東端”、二体の対になったガーゴイル像の間で、濃灰色の毛並の背広を着た厳めしい獣の大男が仁王立ちしている。
「送り屋さん!えっ、今日はどうしたんですか?」
マールムが疑問に思うのも当然だった。毎週のように東京へ出かけているマールムたちだが、“送り屋”と呼ばれたこの男が、十字街と外界との境であるガーゴイル像で、二人を待ち構えていることなど今まで無かったのである。
そもそも、十字街─正式には狭間の十字街─の名称には「二本の交差する大通り」以外にも重大な意味が含まれている。
それは、地球世界と別の、もう一つの世界との空間の狭間に位置する街であり、二つの世界が出会う場所、という意味だ。そしてこの十字街の出入りは、太古の昔から両世界の能力者たちによって行われ、密かに国交ならぬ世界交がされてきたのである。
能力といっても大それた特殊なものではなく、素質がある者なら鍛えれば使えるようになるものだ。“波動”と呼ばれる誰もが持つ生命エネルギーを用いて、視認できない空間の境を探知し、出入りするのである。十字街に住む住人の半数ほどはこの能力を使うことが出来るが、残念なことにマールムにも雄一郎にもその素質は無かった。
そのために、素質が無くても探知できる咒道具“通行証”を十字街の管理人であるこの男─送り屋─から渡されていたのだが─
「この間交換したばかりですが、何か問題でもありましたか?」
雄一郎が問いかける。通行証は消耗品であり、何度も使っていると探知の精度が落ちてくる。探知に時間がかかるようになったり、最悪の場合は探知出来ずに出先から帰れなくなることもあるので、定期的に交換が必要なのだ。
今、雄一郎が持っている通行証も一か月前に交換したばかりだった。
「いや、そういうことではない。ただ、気がかりなことがあってな。そろそろ通りかかるのではと思って待っていた」
葉巻を切らしていて口寂しいのか、触覚のように太い髭を指でなぞりながら、少々ぶっきらぼうな口調で続けた。
「昨夜メイアと話していたのだが、空気が少しざわついている」
「それって…」
マールムの表情に不安の色が浮かぶ。
「空震の予兆だな。だが、今すぐにというわけでもなさそうだ。まあ、ひと月は大丈夫だろうがな。念のため伝えた」
「なんだ~」
マールムは安堵の息を漏らした。
「すぐ起きるわけじゃないのね…」
“空震”マールムはこれが苦手だ。ちょうど地中にあるプレートがせめぎ合って地震を起こすように、空間にもせめぎ合いが起きていて、時折、そのエネルギーを放出するように“空震”が発生するのだ。体感としては爆発の衝撃波のようなものだろうか。
「まだ規模もわからないほどの予兆だが、大規模になると色々面倒だからな。そうならないことを祈るしかない。また何かあれば伝えに来る。」
地球では突風等として片づけられることが常だが、空震の影響を受けやすいこちら側でその程度で済めば、それはとてつもなく幸運なことだ。
「ありがとうございます」
「ありがとう送り屋さん」
「まあな。じゃあ気を付けて行けよ」
送り屋はそう言うと、買い物に出かける二人を見送るでもなく、二人がやって来た方向へと歩いていく。葉巻でも買いに行くのだろうか、ポケットから取り出したシェイル硬貨を右手で弄びながら、棘なのか頭髪なのかわからないオールバックにした剛毛を左手でかき上げながら去って行った。