看板娘は茨の夢を語る
深夜クオリティー第二弾。
聖女視点、神官視点、聖女視点です。
わたしは、リディア=ヘイル。
13才です。
王都の下町にある食堂、銀の鈴音亭の看板娘です。
生まれ変わる前はある国の王太子妃でした。
はい。
頭は正常ですよ。
なんで前世があるかと言えば、単純に神様の都合です。
わたしは、元々平民でした。
守護神の加護が厚い聖女に祭り上げられ、気づいたら王太子の妃になっていました。
けれど、王太子には恋人がいました。
それが、災いの種となりました。
恋人は貴族で侯爵令嬢で、平民を見下していました。
わたしが、王太子妃になるのが赦せなかったのでしょうね。
数々の嫌がらせをされました。
後宮では聖女の身分が役にたたなかったです。
侍女や女官からも不満をぶちまけられました。
食事や着替えが届かないのは、しょっちゅうでしたよ。
陰湿ないじめにわたしは晒され続けていました。
味方はただの一人もいませんでした。
だから、衰弱したわたしはあっさりと病気に患って死にました。
王太子も、笑って薬を床に撒いていました。
わたしは彼らにとって、招かねざる人物でした。
まったく、神聖な神託を反故にして、神様の罰を受けるとは思わなかったのか、不思議です。
だから、神様も躍起になって神託を実現しようとするんです。
わたしを転生させたのが、いい例です。
後は、王太子と恋人の例ですね。
いえ。
元王太子ですね。
生まれ変わって、驚いたのが彼らの処遇でした。
元王太子は、妃の死を擬装していました。
数年間周囲を騙して生存させていましたんです。
なんでも、王様の在位記念日の祝賀行事に出席しない妃に怒り、実力行使をしたらしいです。
派遣された騎士が発見したのが、ミイラ化した死体。
祝賀行事に水を差された王様はご立腹。
王妃様は、寝込まれましたと聞きます。
当然、元王太子は訊問されました。
自分の後宮で起きた出来事ですから、管理不足は言い訳になりません。
王太子妃の予算で恋人に貢いでいたのも、発覚したのですよね。
処断された人数は百を越えていました。
即、侍女や女官に侍従は首と胴体がおさらばです。
侯爵令嬢は父親の嘆願で修道院送りでしたが、ほとぼりが覚冷めたら王都に舞い戻っていました。
元王太子に侍っているようです。
何故に知っているかと問われたら、答えます。
神様の都合です。
いえ。
ひっきり無しに神託を降ろして、くださりやがります。
正直、鬱陶しいです。
こちとら、下町の食堂の看板娘です。
もう、聖女でも何でもありません。
いらん、情報です。
くだらないゴシップは必要ありません。
食堂には、騎士の皆様もお客様です。
つい、うっかりと仕事の愚痴に相槌を打ちそうになります。
元王太子と恋人は正式には夫婦になれません。
神様が嫌っているようで、認めないのです。
王室典範には、神様の認めない仲の子供には継承権は与えられません。
まあ、二人には子供がいませんので、関係がありませんね。
王様には、1男1女がいます。
その1男が元王太子です。
馬鹿をやらかした元王太子は、臣籍に降るしか生き延びられませんでした。
でも、甘い処断ですよね。
神託を蔑ろにして、人一人死なせていますのに。
侯爵令嬢との仲を黙認している状態ですよね。
平民の聖女より、王室の血筋が勝った訳です。
今の王太子には、姉姫様のお子様がたたれました。
御歳11才です。
可哀相に未来が決められてしまいましたね。
過去のわたしを見ているようです。
同情申し上げます。
婚約者にはまた、聖女が名乗りを挙げるとの事。
やってられません。
誰が名乗りを挙げるか。
一度で懲りたわ。
王様も、あの王太子の親だけにぼんくらか。
我が儘放題に甘やかしたから、妃が死んだのだろうに。
平民を王室に入れるなよ。
また、前世の二の舞だから。
貴族の養子になったところで、身分が保障されるか。
バカ野郎め。
神様も、泣かない。
王室の系統が途絶えたら、どうする?
そんなの、平民には関係がない。
誰が王様になろうとも、税金がなくなる訳がないじゃん。
それに、神様の神託に疑いをもたれたんだよ。
立派な反抗じゃないか。
どうして、分からないかな。
もう、神様を敬う誠心が王室には、ないことを。
だって、聖女が亡くなった時には、神様が神託を降ろしていたのにも拘わらず、王様も信じなかったのでしょう。
笑い飛ばして、元王太子の言い分を聴いた。
いらい、神様の声は届かなくなった。
聴いてくれる人が神殿にもいなくなったのは、王様の責任でしょう。
平民の小娘が喚いたところで、不敬罪で牢獄に入れられるのが当たり前。
嫌だよ。
新しい人生がお先真っ暗になるなんて。
前世で出来なかったことを、やり直しするんだから。
神様も諦めて、別な人を聖女に選んだら?
それか、国自体を見限るとかしたら?
わたしは、いまの人生に満足している。
聖女になんてならない。
絶対に。
だから、そう伝えて頂戴。
わたしを探しても無駄骨を折るだけだって。
絶対に伝えて。
「以上で、伝言を終わる」
室内が静寂に支配された。
聖女候補の少女は列聖式に姿を現さずに、守護神の御使いだけが伝言を伝えた。
い並ぶ面々は青い顔色だ。
御使いが、聖女候補を連れて来ない。
これは、神が彼女の言い分を聴いて了承した証だ。
国を守る神の守護が消えた証でもある。
「御使い様、お答えください。神託を蔑ろにした馬鹿息子を重罪に処したら、リディア=ヘイルは此方の謝罪を受けいれてくださいますか?」
「母上? 何を言うのですか」
王妃の言葉に元王太子は更に顔色を青褪める。
本来ならば、彼は招待される理由がない。
息子に甘い王妃が無理をして手配した。
その母親が突然に鞍替えした。
元王太子は耳を疑った。
「否。リディア=ヘイルは関わりを持たない。と、聖神に誓った。聖神との誓約は履行される」
「直ちに、その食堂に騎士を派遣しろ!!」
国王が叫ぶ中で、神殿の神官は頭を振るしかなかった。
名前と居住が分かる中で、堂々と誓約を交わした聖女候補だ。
何かしらの、対策をこうじていない訳がないはずだ。
「否。リディア=ヘイルはこの国にはいない。他国の住人だ」
果たして、無慈悲に御使いに告げられた。
この国は、聖神に守護されてきた。
列強が狙う肥沃な大地は、聖女の不在と共に見る影もなくなりつつある。
年々不作が伝えられる。
まさか、病死と発表された前聖女が、元王太子と侯爵令嬢によって亡くなる原因を作らされていたとは。
とんだ、醜聞である。
式には、件の侯爵令嬢の父親も出席していた。
愛娘の仕出かした事件が終わっていない現実を突きつけられた。
言葉もなく、茫然自失していた。
「どうしたら、良いのだ。どうしたら、国は守れる」
「知らぬ。我は聖神と聖女の言葉を伝えるのみ」
御使いは、人の機微に疎い。
ただ、聖神の言葉を伝えるだけだ。
「聖女の血筋のみが国を救えた。聖神は、神託通りにこの地を離れる」
15年前に降ろされた神託。
聖神は人々の愚かさを指摘して、守護が喪われると予言した。
回避できるのは民間出身の聖女が王太子妃になること。
神の加護が厚い聖女の血筋が王室に入る。
これにより、守護が続いていくと思われた。
王太子がやらかさなかったら。
聖神は、今も国を守護していただろう。
「御使い様。リディア=ヘイルの居所をお教え下さいませ。誠心誠意謝罪を致します」
「否。聖神より固く禁じられている」
「ですが、このままでは何も罪のない民人が、王室の愚かさに巻き込まれてしまいます」
王妃の訴えにも御使いは、表情すら変えない。
人形のように能面だ。
懸命にすがる王妃の姿には、神官は心が傷んだ。
だからと言って、助ける気は起きないが。
神官にとって、御使いの言動は聖神の次に敬う行為であった。
その御使いが慈悲を与えない以上神官に出来ることはない。
たとえ、各国の使者が訪れた聖殿内であろうとも。
列聖式は、取り止めだ。
本殿の大神官は、前聖女の末路に怒り心頭である。
病死を信じた聖殿の神官も罰を受けざるを得ないだろう。
「なんとか慈悲をお与えくださいませ」
「否。まつろわぬ人を見捨てる。聖神のお言葉は履行される。リディア=ヘイルは関わりを持たない。この地は荒れる。原因を担った愚者を恨め。育んだ自身を恨め」
御使いは断言した。
すがり付く王妃の姿に何ら関心はわかない。
元王太子は国王の顔色を伺い、身体極まる様子を見せていた。
臣籍降下で見逃されたのも、王妃の嘆願を受けからに過ぎない。
二代続いての聖女の不在は、王室の在り方にも問題提起を醸し出した。
聖神の守護が喪われた土地に恵みはもたらされない。
諸外国も不毛な荒れ地は欲しがらないだろう。
神が去った土地に残されたのは、贅沢に慣れた王侯貴族と疲弊した民人だ。
この国の未来は閉ざされた。
聖女一人が不在なだけで、この有り様である。
侯爵令嬢の父親に詰め寄り詰る貴族達。
茫然自失な王妃と国王。
元王太子は座込み虚ろな眼差しで、自分は悪くないと呟いている。
この国、終わったな。
神官は、一人黄昏た。
「いらっしゃいませ」
はい。
2名様ご案内。
リディア=ヘイルです。
ただ今食堂の稼ぎ時な、お昼です。
ですから、御使い様。
おとなしくしていてください。
神様の愚痴。
違った。
神託は後でききますから。
はい?
食事に来ただけ?
そうですか。
ありがとうございます。
本日のオススメは一角兎の煮込み料理です。
はい。
二人前ですね。
暫く御待ちください。
料理が出来上がるまでお話しですか。
周りを見てください。
今はお客様で一杯ですよ。
後にしてくださいな。
これでも、看板娘です。
人気者なんですよ。
お喋りしている暇はありません。
あっ。
何をしやがりますか。
時間を停めたですか。
「これで話が出来る」
得意げに言わないでくださいな。
御使い様も、段々と遠慮がなくなってきましたね。
そこの、お連れ様。
何を泣いていやがりますか。
わかっているんですよ。
「聖女~。我は自由になったぞ」
「昨日、至高の御方から守護剥奪が言い渡された」
だからと言って、御使い様と共に下界に降りないでくださいよ。
神様の有難みがなくなります。
威厳は何処にいきましたか。
「我は自由ぞ。あんな阿呆な輩は罰を沢山落としたからな」
知っていますよ。
御使い様が教えてくださいましたよ。
元王太子の存命に不快を示して、処刑が決まった際に不死を与えた。
侯爵令嬢にも同じようにして、毒杯を飲ませたらしいですね。
どんなに、苦しんでも死なせない。
神様。
グッジョブです。
ざまぁみろ。
苦しんで苦しんで前世のわたしに詫びろ。
今では、斬首でも死なない二人ともに魔物呼ばわりですか。
あはは。
笑えます。
お臍でお湯が沸かせそうです。
「我。頑張った」
神様。
得意満面です。
対して御使い様は、額に手を当てています。
「リディア=ヘイル」
「はい。御使い様」
「汝の気は晴れたか?」
「いいえ。まったく」
まだ、元凶が残されているではないですか。
平民の聖女を毛嫌いした女は、侯爵令嬢だけではありません。
黒幕は今ものうのうと生きています。
それに、国は滅亡していません。
いやまぁ、そんなに早くに滅びないものですけどね。
前世のわたしは死に際に呪いの言霊を吐き出しました。
神様はその言霊を実現しようとしてくださっています。
聖神なのに、わたしの復讐に付き合ってくださいます。
「我は聖女の味方ぞ。心の父ぞ。娘を守るは我の役目ぞ」
前世では救えなかった反動がきています。
有り難いことですね。
転生先に貴族のお家を勧めてくださいましたが、根っからの平民です。
高望みはしませんでした。
今世も平民を選びました。
国は違えど下手に貴族にでもなったら、政略結婚まっしぐらですよね。
自由恋愛がしたいです。
not政略結婚。
一度で懲りましたよ。
「聖女。女狐には、どのように罰を与える?」
「もう、罰を受けているのではないですか?」
魔物を産んだ魔女。
密やかに噂が流れてきています。
そう。
平民の聖女を誰よりも忌避したのは王妃でした。
侯爵令嬢を唆して、排除しようとしていた黒幕。
表では賢妃を謳い、陰では立場を脅かす聖女を疎んじていた。
常に自分が一番優遇されなければ、癇癪を起こしていた。
「化けの皮は未だに剥がれておらぬ。我は、赦さぬよ」
確かに、噂の域をでていません。
ですが、国が滅亡する瞬間まで正気でいて欲しいです。
元王太子と侯爵令嬢は発狂したと聴きます。
公衆の面前で行われた処刑は、わたしに向けての意思表示みたいですが、何ら関心はわかないです。
情報が拡散し続けています。
あの国はどれだけ腐敗しているのか、外側から見るとハッキリと浮き彫りになっています。
食堂には、噂が集まります。
行商人や旅人は、税金があがり作物が育たなくなったと教えてくれます。
貴族は沈む国から避難しようとして、神様の罰を身に染みて理解させられています。
神様は、国の住人が逃げ出すことを赦しませんでした。
国境沿いに神罰の結界が張られていました。
他国の住人は出入りできても、彼の国の住人は誰一人も出入りを禁じられています。
それは、貴族であろうとも、平民であろうとも同じです。
神様のお怒りは凄まじさを表しています。
「女狐は逃げ出す準備をしておる。我は、見逃さぬよ」
「確か、出身は他国でしたね」
南に隣接する国から、嫁いで来たはず。
「侍女に変装して結界を抜けようとした。我、更に罰を与えた」
「聖神の勘気を受けたと、同僚の御使いに見張られている」
へぇー。
そうなんですか。
四六時中ですか。
それは、気の休まることはないですね。
感情の起伏がない人形に、見られ続けるとは苦行です。
神様。
再びグッジョブ。
ただ、正気でいてくれないと困りますけど。
「毎日煩く喚いておるぞ。民人に見せつけてやっておる。民人の怒りは王室や貴族に向けられておるぞ」
笑う神様。
腹に据えかねていたようです。
「国王の退位による恩赦を願い出ているが、赦すか?」
御使い様に問われますが、横に振ります。
わたしは滅亡が見たいのです。
平民の聖女を賄賂に富に目が眩んだ聖職者。
我が儘放題に元王太子を育てた国王。
平民の聖女を見下した王妃。
泥豚呼ばわりした元王太子。
陰湿ないじめに走った侯爵令嬢。
見て見ぬふりをした女官長や侍女頭。
思い出しても腸が煮えくり返る。
誰が赦すものか。
あの苦しんだ日々は忘れない。
「了承した。我らは汝の味方である」
「我もじゃ。聖女の怨みは晴らしてやるぞ」
御使い様と神様には頭があがりませんね。
泣けてきます。
ありがとうございます。
わたしは、前世のわたしを苦しめたあいつらの破滅が見たいのです。
民人には、可哀相と思います?
わたしはそう思いません。
だって、王室が発表した嘘を信じたのですよ。
不作続きは、わたしの呪いが原因だと信じたのですよ。
お陰さまで、お墓を荒らされました。
神様が嘆いてくださいました。
遺骸は燃やされ、骨は砕かれたそうです。
聖女が魔女呼ばわりでした。
罰が当たらないと思わない阿呆らしさに、神様は怒り心頭でした。
自分達の愚かさで国は衰退一択です。
わたしは、遠い遠い国から成り行きを見守ります。
「では、王妃はどんな罰が良かろうか。不死はやらずに老化を早めてやろうか。それとも、触れた物が腐蝕する厄をやろう」
神様は神罰をそらんじています。
美容には人一倍苦心していました王妃に、老化は大敵です。
いきなり老婆になったら、大絶叫間違いなし。
神様。
是非にそれでお願いします。
「わかったぞ。聖女の願いは叶えよう」
うふふ。
楽しみです。
魔物を産んだ悪女には、似合いの罰です。
あはは。
神様。
こんなわたしですが、転生させてくださいましてありがとうございます。
憎いあいつらの、衰退を見られて嬉しかったです。
たとえ、魔女と罵られても構いません。
後宮で過ごした時間は短かったですが、人の悪意は一生分浴びました。
今世はまったりと、過ごしたいです。
だから、絶対に聖女として戻ってやるものか。
後年。
聖女と聖神を蔑ろにした国は一年も持たなかった。
肥沃な大地は荒野と化し、作物が育たない不毛な土地になった。
守護が喪われた国は、列強に蹂躙された。
国境沿いには避難しようとした住人が集うたが、怒れる神様の結界に阻まれた。
それは、貴族にも言えた。
いくら聖殿に寄進したとしても、神様は応えない。
国王は退位。
一夜にして老婆になった王妃は幽閉。
魔物呼ばわりされる元王太子と侯爵令嬢は、地下深くな牢獄につながれた。
それでも、わたしは赦しはなかった。
齢10代に満たない新国王は可哀想に公開処刑にされた。
若干、罪悪感を抱かないでもない。
だけど、あの元王太子の血縁だ。
赦したくはない。
征服した列強が王室を根絶やしにしようとしていたが、不死な魔物は御使い様に見張られていた。
生殺与奪権はリディア=ヘイルにある。
御使い様は語るのみ。
各国もわたしを捜索したが、結局は見付からず。
今も、地下深くな牢獄に繋がれているだろう。
旧王城の跡地には呻き声が始終漏れている。
魔物が生存している証だ。
数百年経とうがわたしの断罪は続いているらしい。
今日もまた、見回りの兵士が語る。
リディア=ヘイルを呼ぶ魔物の声を。
わたしは神様の領域に招かれて嗤う。
ざまぁみろ。
壮大な復讐にわたしは地獄に堕ちても構わなかった。
だけど、聖女を慈しむ神様に寿命を全うした後に、眷属に迎えいれられた。
神様は懐が深い。
今世は聖女の役目を放棄したのに。
だから、眷属の仕事は頑張りたい。
神様の役にたちたい。
ですので、お仕事ください。
茶飲み相手は他の眷属にお願いしましたよ。
御使い様。
これ以上甘やかさないように、神様に進言してください。
切実です。
わたしは、お仕事がしたいです。
神様。
お仕事くださいな。