熊さんより怖いものに出会った
「ま、長期間だから娘さんにも暫く会わないだろうしな。いいか」
草が生えた地面を、木の根に気を付けつつ、周囲を警戒しながら進む。
目的地はそろそろ見える筈だ。
「……あれ、か」
壁に蔦がはえ、苔がむしている家がある。
赤茶色のレンガで形成されており、窓のない真っ黒の頑丈で重そうな鉄の扉が1つ取り付けられている。
奇妙なのは2階建て相当の大きさの建物にも関わらず、窓がなく人の気配も感じ取れない。
訝しく思いつつも扉をノックする。
こん こん こん
「聞こえるか?」
しんと静まっている。
「花」
こん
「蓮の花」
こんこん
『それを?』
凛としたテノールが脳内に直接響いた。
「っ!??あ、供える」
驚き取り乱したが、決められた合言葉をこたえる。
ぎぃと音をたてて扉が開く。
室内側に開く扉のようで暗闇に何か光っているようにみえる。
「…失礼致します」
「名を申せ」
暗闇からぬっと現れた人影にびくりと反射的に剣に手をかけた。このオーラ、相当の手練れだ。
片足だけ後ろへさげてじっと目を凝らして、相手の出方を探る。
暗闇に溶け込むような黒色のローブとフードを目深に被り、背丈は自分より低いが体つきは細い。
鼻すじは通っているが、額から鼻にかけて黒色のベールで顔の上半分を覆っている。
「ラインハルト・ノースと申します」
「ノース家の三男坊か、では行こう」
聞かされた特徴の通りの護衛対象が自分へ近付く毎に恐怖を感じ、震えだす身体がとまらない。
「騎士ともあろう者がこの程度で恐怖するな、というのも無理からぬ話か。ここに籠りきりだったのでな、慣れるか我が制御できるまで我慢しろ」
「申し訳ございません、精進致します」
頭をさげてから左後ろに控えながら歩いている護衛対象のあとを追う。
「蓮の花を」
「はい」
鞄から蓮の花を取り出して渡す。
ローブから黒色の長袖シャツに黒色の手袋と徹底的に肌を曝さないスタイルのようだ。
蓮を受けとると、手をかざして何かを唱える。
呪文をかけているらしく唱え終わると蓮の花がきらきらと光った。
「そら」
光っている蓮をこちらへ翳す。
「あ、有難うございます?」
とりあえず、貰っておいた。
断るのは失礼にあたるというのもある。
「楽になったか?」
「え、あれ?本当だ」
蓮を受け取ってからいつの間にか全身の震えが止まっていたようだ。
「この蓮を持っておれ」
「御気遣い感謝致します」