ある日森の中
―その者、暴風の如く敵を喰らう。
塵芥すら吹き飛ばし、狂ったように嗤う。
彼の者の名は決して口にしてはならぬ。
死す覚悟のある者だけ告げよ。
***
「はぁ…」
男は溜め息を幾度もつき、重たい足取りで先へ進む。
鬱蒼と茂る森の中で赤ずきんならぬ黒ずきんを探して。
「まったく、見ず知らずの人物を警護しろなどと勝手なことを言ってくれる」
さらりと垂れた長い前髪をかき分けると、男の顔が露になる。
十人いれば十人共に美しいと評価される顔をしかめながら重たい甲冑を身に纏い獣道を進む。
「確かに騎士団長の娘さんに手をだしたとなれば、相応の罰かもしれないけど。団長の娘さんだからこそぞんざいに扱えなかっただけであって……」
―数時間前―
「ラインハルト様、あーん」
「こらこら、ここは一応騎士団の休憩室だよレディ。申し訳ないけど自分で食べるさ」
目がくりくりとした少女はバスケットから勝手にサンドイッチを取り出して食べ始めた彼に口を尖らせた。
「いいじゃない」
「流石の俺でも場所は弁えるんだよ。それにレディの作ってくれたサンドイッチはとても美味しそうだから、我慢が出来なくなったのさ」
語尾にウィンクまでつけて少女のご機嫌とりをした男は内心焦っていた。
普段ならばこのような少女は相手にすらせず、適当にあしらうのだが他の隊員から団長の娘だと紹介されている。
下手に接すればクビ(退職)になりかねない。
「おい、何故リディとお前が仲良くサンドイッチを食べているんだ!?」
大きな男が獣の咆哮の如く声を出しながらずんずんとラインハルトに近づいていく。
「これはこれは騎士団長殿、ご機嫌麗しゅう」
爽やかに微笑みながら敬礼を行うが、直ぐ様飛んできた得物を掴んだ。
「決闘だ、異論は認めん」
「…私には団長と決闘する理由がありませんが?」
うんざりした顔をしながら先程投げてよこしてきた模擬剣を返そうと団長と呼ばれた大男に差し出す。
「ふん、我が娘が私の為に作って持ってきたサンドイッチを食べておいて何を今さら!」
「はぁ…!?」
自分にお手製のサンドイッチを手ずから食べさせようとしていたし、本人も『ラインハルト様に食べて貰うために作って参りました!』と断言していた。
どこをどうとっても父親の為のサンドイッチではない。
「負けたらお前には長期の警護任務についてもらう。覚悟しておけよ」
「…仕方ない」
勝敗を決める第三者として眼鏡をかけた生真面目な団員を審判として、決闘が行われた。
勝負は拮抗するかに思われたがラインハルトの完全敗北で幕をとじた後、彼は騎士団の詰所を出発し鬱蒼と草木が生い茂る森へと足を運んだのである。
因みにラインハルトが勝つと賭けた団員はあてが外れたと嘆きながら渋々金を支払うのだった。