第6主:守ってくれる存在に出会わせる途中だったわね
シュウとビルルは学園の廊下を歩いている。だというのに人が一切いない。授業中というわけでもないのに、異常に静かだ。
「あの……」
「どうしたの?」
当然のことながら、二人の声が廊下に響く。鉄や石などの硬いもので床や天井が、作られたわけではないが、静かすぎて響いてしまうのだ。
「きょ……今日って、この学校、休みなのですか?」
「違うよ。今日は休みじゃない」
「でしたら、どうしてですか?」
「今日まで全校生徒で課外授業なの」
「なるほど。ですから、この学園の敷地内に入った時にほとんどいなかったのですね。しかし、あなたたちはどうして行ってないのですか?」
「この学園では、成績優秀者は、色々と免除されるの。全ての学費だったり、出席点だったりね」
「なるほど。ですから、学園長とあなた方はこの学園に今日もいるのですね。それはホントに運が良かったです」
「ホントにね。シュウくんを見つけられたのも、偶然だしね」
シュウくん呼びは慣れていないので、恥ずかしさを誤魔化すためか、引きつった苦笑いを浮かべている。そんな彼をビルルは楽しそうに見ている。
「ねぇ、シュウくん」
「は、はい! な、なんでしょうか」
声を上ずってしまって、顔を恥ずかしさで赤くする。
「これから君を連れて行く場所は機密の場所なの。だから、目隠ししてもらうよ」
「わかりました。ですが、一体何で目隠しをすればよろしいのでしょうか」
「ちょっと待っててね」
歩きながらビルルはスカートのポケットの中をゴソゴソと漁っている。すぐに目的のものを発見したのか「あった」と彼女が呟く。
「これで目隠しをしてもらうよ」
「…………えっ? そ、それで目隠しをするのですか?」
「そうよ」
「…………」
すぐに返ってきた肯定の言葉に、思考が停止してしまう。そして、恥ずかしさでか、彼は目だけではなく顔ごと背ける。無理にでも目線を合わすためか、彼女はずっと、彼を凝視している。
「正気ですか?」
「正気も何も、これが当たり前でしょ?」
「えっ!? あ、当たり前っ!?」
突然、頭を抱え出したシュウを不思議そうな目で見ている。なぜか、彼の顔は真っ赤だ。そんな彼の反応に意味がわからなくて、顎に人差し指を当てながら、小首を傾げている。
「そ、それだと生地が薄くて見えませんか?」
「大丈夫よ。こんな形だけど絶対に透けないのよ」
「何それこわい」
ボソッと呟いた彼の声は届かない。
「あの……あなたは困らないのですか?」
「困らないわよ。目隠しのためだけにあるのだから」
「隠す場所を間違えてません?」
「はい? 間違えてないに決まってるでしょ?」
「いやいやいやいやっ! 絶対に決まってないから!」
彼の口調が完全な素になってくれたので、彼女は少し嬉しく思いながらも、彼の言葉が気になって仕方がない。
「絶対に決まってる!」
「ないないないないないっ! 使い道を間違ってるから!」
「間違ってない! これは目隠しのためだけに存在しているから!」
「嘘つくな!!」
「嘘じゃない!!」
二人は立ち止まった。
シュウはビルルの回答を聞いて、不思議に思ったが、決定的な発言をすることにする。罪を自白するのと同義だから、絶対に言いたくない。けど、仕方のないことだ。
彼は意を決して、彼女の方を見て、言うことにした。
「俺は知ってるぞ! キミがそれを履いていることを!」
「履…………く…………?」
彼の言葉を聞いて呟きながらも、恐る恐るだが、彼女は自分の手に持っているものに、視線を落としていく。彼女は心を落ち着かせるためか深呼吸を一度して、自分の手元を見た。すると、そこにあったのは純白で上の部分に少しだけフリルが付いているだけのパンツがあった。
シュウはワナワナと震えている彼女を見て、ようやく気付いたなと確信した。
「どうして……? カバンに入れていたはずなのに。もしかしてあの時に……」
何かボソボソと言っていたので、不気味に思う。だが、残念ながらパンツをこちらに向けたままなので、その不気味さは消え去った。
「それで目隠しをするつもりはないですよね?」
一応、確認のために聞くと、シュウがいたことを忘れていたのか、ハッとした表情を浮かべており、みるみるのうちに顔が真っ赤に染まって行く。
彼女は慌てて、パンツをブレザーのポケットに入れる。そして、スカートのポケットを再び漁り、すぐに黒い紐を取り出す。紐と言ってもガムテープほどの横幅があるので、布といっても過言ではない。目隠しをするのには困らなさそうな。
まだ慌てているが、彼女はこちらにやってくる。そんな行動に反射的に、そして本能的に一歩だけだが、後ずさりしてしまう。しかし、すぐに下がることをやめさせる。
恐怖という感情は消えないが、今は中に押し込んでおくのが正しい。
それでも彼女は慌てていて、足がもつれたせいで、こちらに倒れてくる。それをまた、今度は逆の意味のことを反射的にしてしまう。つまり、逃げるのではなく、その場に留まったのだ。そして、優しく抱きとめたのだ。彼女の体は予想以上に軽くて、片手で止めることができた。
でも、代わりに、ふにゅんと柔らかいものに触れてしまう。
ーーラッキースケベありがとうございます! って、ちがーう!
「すみません! 大丈夫ですか!」
突然、離したらそれはそれで危険なので、そのまま声をかける。
「あわわわわ!! こっちこそごめん!」
かなり顔を真っ赤にしながら、慌てて離れられる。そして、ふらふらとした足取りで、先に進んで行ったので、心配そうな表情を浮かべながら、あとをついていく。
すると、彼女は何を思ったのか突然、走り出したので、慌ててあとを追いかける。
どうやら階段に向かって走ったようだった。でも、そのふらふらとした足取りで、階段に向かうのは危険だ。そして案の定、足が絡まったようで、階段から落ちた。でも、この世界的には死なないとわかってる。
それでも、慌てて走る速度を上げて、ビルルが階段に衝突する前にシュウか抱きとめることができた。しかし、こんなに階段に近いと回避する術などなく、背を階段にガスガスとぶつけながら、落ちてゆく。
「……っ!」
死ぬほどではないが、鋭い痛みが全身を支配して、一瞬だけ気絶しそうになるが、なんとか堪える。
踊り場まで落ちると、勢い余って、頭がドスッ壁にぶつかる。でも、目がチカチカするくらいで済んだ。
「…………大丈夫……ですか?」
彼女のことを離しながらも、掠れた声で彼は聞く。しかし彼女は、顔を真っ赤にして、ボケッとしているので、中々離れてくれない。
ーーどいてくれると嬉しいのだけどな。まぁ、背中が熱いから、血が出ているのだろうけど、圧迫してくれてるおかげで、少し血が止まっている。階段がこんなに硬ければそりゃあ、怪我するわ。実物は触ったことないけど、おそらくダイヤモンドよりは硬くない。だからと言って、石みたいに脆いわけでもない。なんでこんなよくわからない物質を床や天井に使っているんだ? 確かにその方が頑丈だろうけど、安全としては微妙だな。
完全に別のことを考えた瞬間に、ビルルが何を思ったのか、シュウの体の上に座る。別に座るのは問題ない。お腹ならだが。今、彼女は彼のちょうど股間に座っている。そのため、アレが刺激されて、男なら誰しもが経験ある、あの状態になろうとしている。しかし、この体勢であの状態になると非常にマズイと彼は考えている。
「あの……どいてくれませんか?」
恥ずかしさと少しの恐怖で、目を泳がせながら言う。しかし、今の状態の彼女には声は届かない。
ーーさて、どうしたもんかね? 俺が動くのは却下だし、ビルルを動かすのも却下。自殺しようにも、死ねそうなものはない。……やべぇ。完全に詰んだ。どうしよう? 誰か助けが来ないかな?
考えてみたが、どうしようもなかったので、人頼みにすることにした。だけど、誰も助けに来なければ意味がない。
「おうおうおう! 真っ昼間から、お盛んなもんだねぇ」
突然、聞こえてきた男性の茶化すような声に、ビルルがビクリとして、正気に戻った。おかげで、今の自分の状況を理解して、慌てて彼から離れる。
「おやぁ? そのまま続けてくれてもいいんだ……ぞ……?」
隠れていたが、上の階に出てきた男性の声が止まる。男性は茶髪のツーブロックで、瞳が赤く、鋭い。身長はシュウよりも少し高く、ガタイがいい。だけど、整った顔立ちのため、イケメンにしか見えない。制服は上と下は女子と大差ない。リボンの部分がネクタイか、肩の露出の部分が腹か、スカートの部分がズボンかの些細な違いだ。
そんな彼が慌てているが、シュウたちよりは慎重に降りてくる。つまり、階段に付いている手すりを持ちながら、慌てているのだ。そして、シュウに駆け寄る。
嫌な気がしたのか、ビルルが凛とした姿で、シュウたちの間に入る。
「邪魔だ! そこをどけ!」
「どかない! そして、この子が異世界人だからといって殺させない!」
「へぇー。こいつが異世界人ね」
男性は一歩近づくが、ビルルはどく気配がない。男性はビルルと比べると非常に背が高いので、いくら彼女が隠そうとしても、彼には意味をなさない。
「殺させないって言ったでしょ!」
「どうしてそんなに庇う? もしかして、そいつに惚れたか?」
「そんなのあるわけないでしょ!」
ーーわかっていた。そうわかっていたさ。けど、そんなにも即答されると正直、心に来るものがあるから、マジでやめてほしい。
「なら、どけ」
「殺させない」
二人がシュウのことで話しているはずなのに、彼自身は会話に入れない。入る隙間が一切ない。
「そうか。なら、力づくで通させてもらおう」
「望むところよ」
ーーあっれぇ? おかしいなぁ。どうして、こんな険悪なムードが漂っているのだろう?
シュウはかなりポジティブに、そして明るく心の中では振る舞っている。しかし、肉体的な現状だと少しでも動いたら、血が流れる。そのため勢いをつけすぎたと、少し後悔をしている。だけど、大半は救えてよかったという安心感に包まれている。
彼がそんな風に思えるのは、死というものが、この世界では存在しないためだ。死を恐れずに命を張れるので、どんなことだってできる気がしている。
ビルルと男性は同時に駆けた。見た限りだと武器を持っていないので、肉弾戦でやるつもりのようだ。
まずはビルルが右から頬にめがけて、ストレートを繰り出すが、男性はそれを左腕の側面で軽く防ぐ。そう対処されることを知っていたのか、ビルルはすぐに引き、右で肘打ちをする。それを防いだが、どうやらフェイントだったらしく左拳の先ほどと同じストレートを放つ。その拳を受け止めて、顎にめがけて左手でアッパー繰り出す。それを紙一重で体を反って、避ける。
すぐに男性を払うために右足払いをするが、それを容易くジャンプで避ける。同時に左足を振り上げて、ビルルの顎を蹴り上げる。
宙に飛ばされたが、すぐに体勢を立て直すと、右手の人差し指と中指くっつかせて親指を立てる。それを男性に向けている。
『爆ぜろ!』
ビルルがそうとだけ言うと、どういう仕組みか男性の眼前に小さな爆発が起きる。しかし、そういうことも織り込み済みだったのか、バク転で避けられる。
それがわかっていたのか、ビルルはすぐに左の人差し指を向けて、親指を立てる。
『凍れ!』
先ほどと同じで、一単語だけ言うと、とてつもない冷気が男性を襲う。しかし、その瞬間にシュウの耳元に「チェック」と静かな声が聞こえる。男性はビルルを突破して、踊り場に倒れているシュウのところにいたのだ。
「しまっ!」
すぐに男性が右の人差し指と小指を立てて床に付けると、音が消えた。
いや、違う。突然現れた、青い壁が外界を遮断したのだ。そして、何を思ったのか、男性が左の人差し指に中指を絡ませながら、8と何もない宙に書いたのだ。そして、その数字がシュウに近づき、彼の中に溶け込んでゆく。
すると、体の奥底から人肌のような温かみがにじみ出てきた。そして、数秒後には痛みもなくなったので、驚いて起き上がり、背中を触ってみると、痛みも出血もなくなっていた。
彼が床に付けていた指を離すと、青い壁がなくなった。
「「えっ?」」
シュウとビルルは思わず同じ反応をしてしまう。しかし、考えていることは別のようだ。
「あ、あの……どういう仕組みかは、わかりませんが、治していただきありがとうございます」
「気にしなくていい。お前さんはなんとなく同じ異世界人でもこの世界を襲いにきている奴らとは違う気がする。だから、助けたんだ。気にしなさんな」
「あ、ありがとうございます」
シュウは男性の優しい笑みに少し戸惑いながらも、二度目のお礼の言葉を述べた。
「それがあなたの本心じゃないことくらいわかっているよ。だから、聞かせて。どうして彼を助けてくれたの」
「ははは。やはり、心を読むことに関してはビルルには敵わないな。いいぜ。教えてやるよ。まぁ、単純だけどな」
「それでもいいから教えなさい」
「ビルルに恩を売りたかっただけさ」
「なるほどね。見返りを求めてのことだったのね。納得したわ」
「なら早速、その恩を返してもらうぞ」
「何かしら」
「今回みたいな肉弾戦ではなく、武器を用いての決闘をしてくれ」
「はぁ。まぁ、いいけど。相変わらず学園長に振り向いて欲しいんだね」
「べ、別にそんなんじゃねぇよ!」
「ねぇねぇ、シュウくん。実は彼は学園長に惚れているの」
「おまっ! 何、嘘を言ってんだよっ!!」
「嘘? 何言ってるの? バレバレよ?」
二人が戯れているのをシュウは楽しそうに見ている。
彼は愛を誰からも、もらったことがない。でも、こういう幸せそうな風景は大好きだ。全くの赤の他人でも、少し嬉しく思う。だから、彼は優しい眼差しを二人に送っている。その視線に気づいたのかビルルは顔を微かに赤らめると「コホン」と一度わざとらしい咳払いをして、シュウの方を見る。
「そういえば守ってくれる存在に出会わせる途中だったわね。申し訳ないけど、目隠しするよ」
ビルルがそう言うと今度はホントの目隠しで、視界を遮ってくれた。彼の視界は真っ暗闇になったが、全く動じない。そうして、ビルルに肩を持たれながらも、どこかへ向かった。