第5主:学園長ってあんたかい!
シュウは体が異常に凝っているのを感じて目を開けた。起き上がりすぐに凝っているであろう、首と肩と腰を順番に回すとコキコキッ! という音が鳴る。少し痛かったので、顔をしかめながら、辺りを見回してみる。
結果。完全な見知らぬ場所だった。まるで貴族の屋敷の一室みたいだが、謎に本棚が多くて、資料らしきものが本棚からはみ出しているのも少なくはない。そして、不気味なほど薄暗い。これだと明るければ、煌びやかな部屋が台無しだ。
そんな時にビルルを発見した。
「……ふぅ」
「お目覚めのようね」
知り合いがいたことに一息ついていると突然、右から声が聞こえてきたので、慌てて振り向いた。
薄い黄色の長い髪を持っていて邪魔なためか、所々、赤い大きなリボンを付けている。目つきは少しだけつり上がっているが、瞳はクリクリとしていて、薄い赤色をしている。そして、見た感じだと11、2歳にしか見えないほど幼い。ゴスロリっぽい服を着ているので、さらに幼く見える。
そんな少女が声をかけてきていたのだ。でも、そんなことよりも、完全に年下にしか見えない少女に対して、恐怖を抱いている自分に驚く。そんなことを知ってか知らずか、ビルルがこちらに手を小さく振ってきている。しかし今、そんなことされても、恐怖が増幅されるだけだ。
「まずは名前を聞こうか」
「は、はは、はい」
「…………」
「…………」
「名前を……」
「す、すすすす、すみません」
一度そこで区切り、スーハーと深呼吸をする。
「ぼ」
口を開こうとした瞬間に、扉が凄まじい勢いで開けられた。そのせいで彼はセリフを言えなかったし、目を伏せてしまう。
微かに視線を向けて確認すると、ズカズカと入ってきたのは先ほど彼を殺した水色の髪の女性だ。そのせいで意識が失う前の彼女のパンツが頭に浮かぶ。それを払拭するために首を振りながら、下を見る。今頃、気づいたがヒールが高そうな、少し薄い黒色のニーハイブーツを履いていた。なんとなくビルルの方も見ると、同じものを履いていた。
ーーなるほど。これがこの学校の正装なのかな。随分とオシャレなもんだ。
目を伏せながらも、そんなことを考えていると突然、顔を蹴り上げられた。この部屋にそんなことしそうな人物は先ほど入ってきた少女しかいない。そして、頭を鷲掴みにされて、無理矢理、首の位置を固定される。
「もう一回殺してあげようか?」
ーーえっ? ちょっ!? 顔近すぎだろ! キスできる距離じゃねぇか! してやろうか? まぁ、そんなことできる度胸は残念ながら、持ち合わせていないけどな。てかっ、何か気に触るようなことしたか? これで目を伏せていたからとか言われたら、俺の敵だぞ? 完全なるな。
「あんたを見てるとイライラすんだよ」
彼はその言葉を聞いて、苦笑を浮かべる。まるで彼がいた世界でよくあるイジメに発展するような発言だったからだ。幸い、誰からも見向きされなかった彼はイジメの標的にされたことはない。
しかし、ここは異世界だ。さらに普通ならある【死】というものが存在しない世界だ。イジメなんて受け始めると死を繰り返すだろう。一日百殺とかになるかもしれない。
「チッ! ウゼェんだよ!」
顔を彼から離しながら、そう言うと、腰に差していた刃が細い剣──レイピアというものを取り出した。
ーーいや、待て! 俺はあんな細いやつで殺されたのか? どんだけひ弱なんだよ!
ひ弱が関係あるかどうかはわからないが、彼はそんなことを思う。そういうことも決して口に出せないのが彼だ。
「やめなさい」
『っ!?』
ただ一言でシュウ、ビルル、水色の髪の少女の三人は息を飲んでしまう。なぜなら、修行や特訓などをしていない彼ですら、感じるほどの殺気が、見た目が一番若い少女から放出されたからだ。
「次に彼を殺すとあなたは停学処分ではなく、退学処分になるぞ。学園長室に無断入室と、学園敷地内での殺傷事件を起こしているのだからな。まぁ、それでも殺すなら止めやしない」
「ですが、学園長!」
ーー学園長? 誰がだい?
「ですがも、ヘッタクレもあるか! 例え異世界人でも彼は今、ワタシの客人なんだ。だから、彼に手を出している時点で、あなたは罪なんだよ! そうギルティさ」
ーーいや、どうして言い直した? 意味一緒だろ? てかっ、学園長ってあんたかい! まぁ、異世界だと、あるあるなのかな?
「さぁ、君の名前を教えてもらおうじゃないか! 異世界人くん!」
ーーえっ? この状況で?
彼の心を読んだのか、ビルルは笑いを堪えるのに必死だ。なのになぜか、覚悟を決めなさいと言われていると彼は勘違いする。
彼は口を開こうとして、閉じてしまう。一人称をどっちでするか、決めてなかったのだ。でも、すぐに何を思ってか本心でいくことにした。
「お、俺の名前はシュウ・アサヤです。俺のいた国だと朝夜主宇が一般的な呼び名です」
彼は事実だけを述べた。だというのに学園長には訝しげな表情を。水色の髪の少女には、今すぐ殺すとでも言いたげな表情を向けられた。
「それは本当か? ワタシが知っている異世界は前者の方が一般的だぞ」
「俺の世界は国によって色々と違いますから。俺が住んでいた国だと後者の方が正しいです。しかし、別の国だと前者の方が正しいです」
「なんとも不思議な世界だな。言語などを統一しないと不便だろうに」
「まぁ不便ですけど、あんまり関わることはないですから、さほど問題ないです。それに色んな機械に翻訳機能が付いてますから、言語は統一しなくてもなんとかなりますよ」
「そうなのか。この世界だと言語を統一しているから、翻訳機能は必要じゃないな」
「でしょうね」
「で、いつまで顔を伏せて、視線を背けているつもりだ?」
「永遠にです」
彼はわからないだろうが、学園長は今にも殺しそうな表情をしている。だけど、殺気は一切にじみ出ていない。そのせいか顔を上げようとしない。彼がした対応に納得ができない学園長に、怒りが募ってきているのを隣にいるビルルは感じ取った。
「隣から失礼します。学園長」
「どうした?」
「彼は軽度の対人恐怖症なのです。馴れたり、絶対に伝えなければいけないことがある時以外は、人とマトモに話せなくて、恐怖で体が震えるのです。今も震えていますよね?」
助け舟のような言葉のおかげで、自分が本当に震えていることを知った。
「ほう。そのようだな。納得がいった。そのままの状態でよいから、ワタシの言葉に反応してくれ」
「は、はい。わかりました。お、お言葉に甘えさせていただきます」
「おっと。その前に名乗ってなかったな。ワタシの名前はエルリアード・D・アストラーだ。そして、そこにいる水色の髪の少女はコウスター・T・トウセムダ」
「ちょっ! 学園長! 私の名前を勝手に異世界人なんかに教えないでください!」
「どうしてだい? その方が彼も馴れやすいだろう?」
「私は異世界人なんかと馴れ合うつもりはないです!」
「じゃあ、何をしにここに?」
「もう要件は済みました! 失礼しますっ!」
「明日から一ヶ月間の退学処分だから、忘れないようにな」
学園長エルリアードの言葉を背に受けながらも、反応をせずに水色の髪の少女コウスターが廊下を歩いていることが、ヒールの音でわかった。
「さて、言っておきたいことと、聞いておきたいことが一つずつある。それと二つ、伝えなければいけないことがある」
突然、かしこまられたので素直にエルリアードの言葉にコクリと頷く。
「まずはワタシの年齢は823歳だ。決して、外見相応の年齢じゃないからな」
エルリアードの言葉にシュウはロリババアかよと思った。だが、決して口に出さない。例え、出せたとしても、出さない方がいいことだ。
「言っておきたいことは以上だ。次に聞いておきたいことだ。彼女を……コウスター・T・トウセムダのことをどう思う?」
「ど、どうとは?」
「彼女の異世界人は全員死すべきという思想だ」
「ふ、普通だと思います。ビルルさんに聞いた限りだと異世界人はこの世界の人を奴隷にしているらしいですから、あの反応が当たり前です。そ、それと……言葉は悪いですが、あなたたちは異端だと思います。異世界人に優しくしているので」
伝えたいことは伝えられた気がするが、二人はキョトンとしている。そのせいで、伝わってなかったのではと疑ってしまい、一人であたふたし始める。
「あっはっはっ! ワタシたちは異端か。確かにな。この世界のほとんどの人が異世界人が嫌いだ。そのせいでワタシたち、異世界人を肯定するものは異端と思われている。まさか、嫌われている存在が、嫌っている存在と同じ考えとは、一本取られた!」
何が面白いのかエルリアードは笑っている。
「よし。決まりだ。シュウ・アサヤ……いや、アサヤ・シュウくん。君にはここ、クラウダー学園に入学してもらう。そして、もちろん護衛もつける」
「クラウダー……?」
「この世界の死神の名だ。まぁ、今となってはその死神すら生きているかわからないけどな」
そう言うエルリアードの表情は暗い。彼女も死ねなくて、悲しんでいるようだ。さすがにそんな顔をさせるつもりがなかったので、シュウは慌てて、話題を変えることにする。
「ご、護衛というのは?」
「今からビギンス・R・ルセワルに案内してもらう。でも、安心して。異世界人嫌いでも、異世界人を肯定的に見ている者でもないから」
エルリアードが、外見相応のとても可愛らしい微笑みで言ってきたので、恥ずかしさのあまり、慌てて扉の方に体ごと向ける。
背後からエルリアードの「ふふ」という笑い声が聞こえてきたが、気にしてはいられない。
「さぁ、行きましょう。シュウくん」
「っ!?」
突然の名前呼びだったので、ただでさえ恥ずかしかったものが、さらに恥ずかしくなる。
ビルルは凛とした立ち振る舞いで、シュウは顔を恥ずかしさで真っ赤にしながら、学園長室を出た。そんな彼らが部屋を出たのを見送るとエルリアードは何かの資料に目を通し始める。
「彼が女神がこの世界に転移させてた少年か。色々と波乱がありそうだな」
彼女はそんなことを呟きながら、椅子に深く座る。そんな彼女の手には朝夜主宇と書かれた、履歴書らしきものがあった。そんな資料を見て、エルリアード・D・アストラーが悪魔のように、ニヤリと笑みを浮かべていた。




