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第70主:簡単に闘技戦のルールを説明

 朝食を食べ終えると、シュウはビルルに連れられて、闘技戦が行われる会場に向かう。


「そ、それにしても、どうして歩いているのですか?」


「というと?」


「あ、あの扉をくぐれば一瞬なのでは?」


「使えないからよ」


「えっ?」


「闘技戦が行われる会場は転移門は使えないの。あそこは特殊な結界が張られているかられ


「な、なるほど。闘技戦が行われる会場は決闘場とは違うのですね」


「うん。それと、仲良くするのは会場の外だけ。中に入れば、わたしたちは敵同士。仲良くはしない。シュウくんが仲良くするのはコウスターと肉壁たちだけ」


「こ、コウスターさんと仲良くできますかね?」


「それは、あなた次第。でも、そこまで気にしなくていいと思うよ。嫌われているけど、前ほど嫌われていないようだから」


「ま、まぁ、前は会えば即殺されましたからね」


 シュウは苦笑を浮かべる。そんなシュウの反応にビルルも苦笑を浮かべた。


「まぁ、全てはコウスター次第だけど」


「そ、それもそうですね」


 二人はそんな会話をしながら、会場へ着々と近づいていっている。


「そ、そもそもコウスターさんはちゃんと来てくれますかね?」


「それは心配いらないよ。異世界人が嫌いなだけで、コウスターはいい子だからね」


 少し心配していたが、ビルルの即答を受けて、ホントに大丈夫だと安心できる。


「さぁ、そろそろよ」


 ビルルがそう言ったので、顔を上げる。すると、目の前に大きな建物があった。しかし、そこで一つ疑問がシュウの頭には浮かぶ。


「あ、あの! ど、どうして遠くからは見えなかったのに今、見えているんですか? 普通は見えますよね」


「魔法……と言いたいどころだけど、残念ながら違うよ。幻術と一緒だけど、幻術はかなり選ばれた人しかできないの。だから、この街自体の幻術を解かない限り、新たな大きな幻術は作れない。だから、人の視覚情報を偽るための特殊鉱石を使ったの。その鉱石が採れる場所はわからないけど、採った鉱石にちょっとした細工をして、見えなくしているの」


 説明を受けても、シュウは首を傾げるのみ。あやふやなところが多すぎて、ほとんどわからないのだ。そんなシュウを見てか、ビルルは一度咳払いをする。


「つまりは特殊な鉱石に特殊な加工をしたの。異世界人に利用されないように」


 なんとなく理解できたが、やはり全て特殊な何かで済むようだ。だからこそ、理解するのを諦めた。


「それじゃあ」


「えっ? ちょ、ちょっと待ってくだ」


 少し遠いのになぜかビルルの姿がその場から消えた。どうしようかと迷ったが、足を進める。すると、少し遠かった会場が一瞬で眼前に現れた。


「わけわからん」


 思わずそんな呟きが漏れる。先ほどまでは会場が全て石で作られているとわかるくらい近かったのだ。何か異変も感じずに会場の出入り口しか見えなくなった。


 少し混乱しながらも、扉の前に立ち、木の扉を押すため手を前に伸ばす。しかし、扉に手が触れる寸前で扉が開いた。


「自動ドアかよ」


 予想外の連続のせいかシュウは少し疲れながら言った。


「遅いわ」


 入って瞬間に声が聞こえて、そちらを見ると短い水色の髪で猫のように鋭い黄色の目の少女がいた。コウスターだ。彼女は学校行事だからか、制服を着ていた。


「ま、待っていてくれたのですか?」


「違うわ。ここに用があったから、ついでよ」


「つ、ついで? い、いえ、それよりもここって戦う以外に何かできるのですか?」


「戦い以外にできるといえばできるけど、できないといえばできないわ」


「は、はい?」


 わけがわからなすぎて、シュウは首を傾げる。


「まぁ、異世界人ごときにわかるはずないわ」


 コウスターの言葉を聞き、シュウは困りはしたが怒りはしなかった。異世界人がこの世界の人間にしてきたことを昨日知ったから。だからこそ、コウスターの異世界人を嫌悪していること納得できる。


 逆にビルルやセインドなどの親しくしてくれている人の方が謎だ。だが、前とは違いコウスターのシュウに対する反応が少し緩和している。会った瞬間に殺されないようになったから、マシだとシュウは考えている。


「そ、そうですよね。俺なんかにわかるはずがないです。さて、とりあえずどこに行けばいいのですか?」


 もう、話すことを諦めたシュウは話を変えた。しかし、なぜかコウスターは目を細めて怒りを露わにする。


「異世界人。……いいや、アサヤ・シュウ」


 不意打ちで名前をフルネームで呼ばれたせいで、シュウはビクリとする。それは恐怖により反応だ。


(わたくし)はあなたが嫌い。だから、私が言えることではないけど、押しに弱いわ。そのままだといずれ取り返しがつかないことをするわよ」


 彼女の言葉を聞いた瞬間にシュウはスッと目を細める。


「大丈夫です。既にしましたから」


「そう。私には関係ないわ」


 先ほどは心配してくれたのに、彼女なりの気を使ってか、それ以上は聞かなかったので、安心する。そんなシュウを見て、コウスターは呆れたかのようにため息をつく。


「仕方ないから、教えてあげるわ。ここは戦い以外にできると私は先ほど言ったわね」


 シュウはコクコクと頷く。


「だけど、戦闘関連のことはなんでもできるわ。戦装束を作ったりすることもできるし、武器を作ったり、買い替えたりすることもできるのよ」


 コウスターの今のセリフを聞いて、シュウはようやく先ほどの彼女の言い回しに納得がいった。


「なるほど。戦闘を行う以外にも、戦闘関連のことは一通りできると。で、ですから、先ほどは戦う以外のことができるとはいえばできるけど、できないといえばできないと言ったのですね」


「私は最初からそう言っているのよ」


「理解力が低くてすみません」


「仕方ないわ。さて、待機室に行くわよ」


「は、はい!」


 シュウはコウスターのあとを追う。シュウは場所を知らないが、彼女は知っているようだ。そのことに少し疑問が浮かぶが、異世界人だから仕方がないとシュウは自分に言い聞かせている。



 ここはかなりセキュリティが頑丈なようで、機械と人間、両方使われていた。セキュリティとして働いている人はコウスターを見ると真剣な表情になり、その後ろにいるシュウを見ると憎しみの表情を浮かべていた。それらのことから、いくら選手登録されているとはいえ、異世界人であるシュウが一人で待機室に行けば、必ず何かしらのトラブルが起こっただろう。


 コウスターがそのため事前に待っていてくれたことがわかり、素直に感謝した。だが、それを口には出さない。出したとしても異世界人に感謝されるのは彼女にとって複雑な気分になるだろう。


「それにしても……」


「なに?」


 シュウが辺りを見回していて、思わず口から出してしまったつぶやきを聞き、コウスターは不機嫌に反応した。


「す、すみません」


「言って。そうしないと気持ち悪いわ」


「す、すみません。いえ、ただ……辺りを見回して思わず言ってしまったのです」


 そう言って、もう一度、二人は見回す。


 外から見たら、完全なる石造りだった。しかし、内部は違う。ほとんどが機械化されているのだ。今の二人の前後左右は光沢で、全て金属だとわかる。そもそも、二人の足下は床ではなくオートウォーク。つまり、動く歩道だ。


 シュウたちの周囲には石造りのものなんて一切ない。


「言わなくてもわかってるでしょうけど、外観はただの幻覚だわ」


「や、やっぱり、そうでしたか」


「それにこの世界の文明レベルを舐めないでくれる? ここは死がなくなった世界。どれほど厳しい労働環境で、働かせてもどうせすぐに生き返る。命なんてものは消耗品だわ」


 彼女の言葉を聞いた瞬間にシュウはスッと目を細める。


「たとえ死がなくなったとはいえ、命の価値を下げるような言葉は好きじゃない。消耗品なんて言葉はもってのほかだ」


「そう言ったとしても、それがこの世界の事実なのよ。あなたの好き嫌いなんて関係ない。命が消耗品という言葉は紛れもない事実なの。それに価値観なんて人それぞれだわ。だから、部外者であり、異世界人であるあなたの気持ちなんてどうでもいいわ」


「確かにそうだが……」


「そんなことを考える暇があるなら、今は闘技戦のことだけを考えておくことね」


 コウスターの言う通りなので、シュウは何も言い返せない。ただ、頷くしかない。


「さぁ、もうすぐあなたの待機室だから準備して。これは止まらない。だから、ボサッとしていると流されるわ」


 そう言われたので、シュウはコウスターの二歩くらい後ろに並ぶ。そして、彼女が右側へ飛び降りた。シュウもそれの真似をする。


 飛び降りた先は鉄でできた普通の動かない地面。しかし、先ほどまで動いていたせいで、まだ動いている錯覚に陥る。そのせいで、少し吐き気が催す。軽い乗り物酔い状態だ。


 しかし、コウスターは全く動じずに扉の真横にある液晶パネルを操作する。そして、最後に手を広げた。


 ピピッ!


 そんな音が聞こえると闘技戦の会場の入り口と同じように無音で開いた。コウスターが中へと入っていったので、シュウも慌てて入る。だけど、そのせいで吐き気が少し強くなった。そんなシュウをコウスターは冷ややかなな目で見ながらも、部屋の奥から木目があるイスを持ってくる。


「座りなさい」


「す、すみません。……ありがとうございます」


 お礼を言ってから、シュウはイスに座る。


 灰色に近い黒の前髪を少し搔き上げる。そして、冷たい手を額に当てた。


「その感覚は異世界人も変わらないのね」


「嫌でしょうが、死があるというだけで同じ造りの人間ですから」


「同じ人間……ねぇ……」


 少し不満そうだ。そんなコウスターの反応にシュウは苦笑を浮かべるしかない。



「アサヤ・シュウ」


 気持ち悪さが随分とマシになると、コウスターがシュウに話しかけた。さっきの会話以降、ずっと無言だったので彼女から話しかけてきたことにシュウは単純に驚いた。


「ど、どうしました?」


 無意識に気に触ることでもしたのかと不安になり、シュウの声が上ずった。


「言ってないのね」


 上ずったシュウの声など気にせずにコウスターは淡々と言った。気に触ることをしたわけではなさそうなので、少し安心した。しかし、彼女から発せられた言葉の意味がわからなくて、首をかしげる。


「な、何がですか?」


「私が亜人だということをよ」


 彼女の回答に納得がいき、シュウは頷く。


「あ、あのことですか。前も言った通り、話すメリットが俺にはないですから」


「あの時は納得したけど、よく考えればそのメリットがあるのよ」


「ど、どういうことですか?」


「簡単に言うとあなたは私の弱味を握った。それを利用されたら、恐らく私は何でもあなたの言うことを聞いてしまう。そう。誰かに言いふらすと脅迫して、私に卑猥な行為を強制することも」


 コウスターは言った。しかし、その声は少し震えていた。よく見ると体も震わせている。


 コウスターの言葉の異変に気付き、ようやく彼女の目を見たシュウは、彼女が本気で卑猥な行為をされることを恐れているのがわかった。その姿がなぜか妹である美佳と被った。


 美佳が恐怖で震えることは頻繁にある。シュウ以外の男性と話すときだ。それは店の店員でも変わらない。

 しかも、たまにレイプされたことがフラッシュバックして、パニックを起こすことだってあった。そのパニックを起こしたときと今のコウスターはどこか似ている。


「言っても信じられないだろうが、俺は無理矢理、 卑猥な行為をすることが大嫌いだ。だから、そんなこと迫りやしない。どうか、それだけは信じてほしい。それに言いふらしたとしても、誰一人として異世界人である俺の言葉なんて信じない。それはコウスターさん。あなたが一番よくわかってることだろう? この世界は異世界人のことが大嫌いだ。それはもう、消し去りたいくらいに。まぁ、例外も少ないがいるけどな」


 シュウの言葉をコウスターは真剣に聞く。瞳は揺れているがそこからは強い意志が感じ取れる。


「わかったわ。今回はあなたを信じる」


「ありがとう」


 シュウからの感謝の言葉を聞くと、コウスターはどこか安心した表情を浮かべた。その表情にシュウも安心する。


 何気なく壁に掛けられている時計を見る。事前に伝えられている開会式まであと三十分しかない。シュウの目線が時計に向いたのに気付いたのか、コウスターも見た。


「さて」


 すぐに手をパンと叩き、コウスターはシュウの目線を自分に向けた。


「開会式でもされるだろうけど、簡単に闘技戦のルールを説明するわ」


「お、お願いします」


「まずは勝敗条件だけど、簡単よ。相手を殺すか自分が死ぬか」


「単純明快ですね。死の条件はどうなりますか?」


「死を確認してから三十秒経っても起き上がらなかったら」


「三十秒ですか……」


 シュウは困ったように笑みを小さく浮かべた。


 ーー少し長いな。


 三十秒間も相手の息の根を止めないといけない。この世界で、死から復活するのは三秒から一分の間だと、前にビルルから聞いた。


 三十秒ということはほとんど真ん中。この世界の人たちにとっては公平以外の何者でもない。しかし、シュウにとっては別だ。


 シュウは復活するのが極端に早いときもあれば極端に遅いときもある。そして、今までの経験上でシュウが復活できるのは平均的に見ると三分後。


 つまり、相手は何度死んでも大丈夫だが、シュウは一度死ねばおしまいだ。しかも、この世界の人間はシュウよりも断然、戦い慣れている。そんな相手に一度も死なずに勝たないといけないのだ。ほぼ負け戦のようなもの。


「どうした?」


「い、いえ! 何でもないです! トーナメント数はどうなるのかと思いまして」


「不明。トーナメント数も一日の戦闘数も、そのときの参加者の人数によって変わるわ」


 コウスターの言葉を聞くと、シュウは顎に折った人差し指を当て、考え事をする。


(トーナメント数がわからなければ、ステージ(戦場)でどれくらい体力を使えばいいか、わからないな。いや、さすがに開会式で発表されるか。それに恐らく全てのステージ(戦場)が俺にとって不利な場所になるだろう。まぁ、戦い慣れしてないから、全てが不利といっても過言じゃないけどな)


「事前に知っておいたほうがいいのは、これくらいかしらね」


「わざわざありがとうございます」


「気にしないで。私としても、補助に私が入っているのに一回戦負けされたら、恥をかくからよ」


「そ、そうですか。恥をかかせないよう頑張ります」


『開会式始まり、十分前になりました。各選手は準備をして、会場に集まってください。繰り返します──』


 天井に取り付けられたスピーカーからアナウンスが聞こえてきた。


「さて、行くわよ」


「ど、どうやってですか?」


「簡単よ」


 そう言うとコウスターはポケットから鍵を取り出す。ビルルが移動に使っていた鍵と形は一緒だ。しかし、色は水色だった。ビルルの鍵の色は赤色。


 その鍵を虚空に突き刺すと、水色の扉が開く。


「さぁ、付いてきなさい」


「は、はい!」


 二人は水色の扉を通った。

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