第9主:魔力人形です
「到着したよ」
突然、ビルルの声が聞こえた。直前まで意識がなかったシュウはハッと目を開ける。
「も、もしかして、寝てました?」
「うん。それはもうグッスリと」
「す、すみません」
「いいよ! いいよ! 気にしないで。きっと疲れていたのだから」
「た、助かります」
彼はお辞儀をしたままの態勢で、会話をした。
「それじゃあ、少ししたらわたしの使用人が来るから、その子に色々聞いて」
「あっ、はい。わかりました」
彼がそう返すと何かを部屋の中に放り込むと、扉を閉めて、どこかに向かった。
「一体何を……っ!?」
何を放り込まれたかと気になり、下を見た瞬間に彼は口を押さえた。少し離れると我慢できなくて、吐いてしまった。
しかし、この世界に来てから何も食べていない。胃の中は空っぽ。胃液しか出てこなかった。そのため喉が焼かれたように痛い。だというのに吐き気は治まる気配がない。
心配になった二人は彼の背中をさする。
「えっ……?」
少し、やつれた表情で、かすれた声を出しながら、背後を見る。そこにはヒカミーヤとサルファがいた。視線が合ったことに気づいてかヒカミーヤは「大丈夫ですか?」と心配そうに聞く。
その二人がビルルが投げ入れた何かの正体だ。ビルルは二人の生首を雑に投げ入れたのだ。その生首を見て、シュウは吐いていた。
だから、二人を見た瞬間に彼の全身の力が抜けた。
「俺は慣れていないんだよ」
かすれたままだが、キチンと伝えると二人は謝罪でもするかのように彼を優しく抱きしめた。今は恐怖心よりも安心感が強いので、少し泣きそうになったが堪えた。力が入らない彼はしばらく二人にそうしてもらった。
落ち着いて来てから感謝を述べて、二人を離れさせる。
「さて、雑巾か何かはあるかな?」
床に吐いた自分の胃液を掃除するために彼は立ち上がった。そのことを察したサルファも立ち上がる。
「使用人らしい仕事をやらせてくれ」
そう言い彼を引き止めたが、無意味だった。
「さっきので充分さ。自己処理をさせてくれ。甘えていると何もできなくなる」
「うう……。そうか。なら、仕方ないな」
「そう仕方ないんだ。だけど、雑巾がある場所を知っているか?」
「ど、どうぞ」
ヒカミーヤが、か細い声で言うとまた感謝を述べて、シュウは雑巾を受け取った。そして、すぐに掃除をやり始めた。
床に赤い絨毯が敷かれていたが、どういう仕組みなのか、汚れが取れやすいようなので、簡単に拭き取れた。
「ほえぇ。スゴイな。異世界の技術は」
関心しながらも、辺りを見回して、部屋の構図を頭に叩き込むことにした。
まず目に入るのは、三人くらいなら余裕で寝れるほど大きなベット。掛け布団は青色と落ち着いていて、敷布団や枕は真っ白。
灯りは小さいが、ちゃんと部屋全体を照らせるほど明るい白色蛍光で、電気の傘が真っ白で、庶民的に感じる。
壁は壁紙を貼られているのか、肌色よりもさらに薄い色だ。
机は目に見える範囲だと一つだけあり、ただの勉強机にしか見えない。これもまた庶民的に感じる。
窓はとても大きく、開けるとバルコニーに繋がっている。女子なら、こういうところでお茶会などができそうなほど大きい。カーテンも真っ白に見える。しかし壁とほぼ同色のため、かなり見えにくい。
クローゼットやタンスは壁に埋まっている。
これらが集まっている部屋だけでも、充分に広い。一般的な一軒家の一階のスペースが、丸々一個分くらいはある。広すぎて落ち着かない人が出るかもしれないほどだ。だというのにさらに扉がある。
シュウはその扉に向かい、着くと戸惑いもなく開ける。扉は壁と同じ色で埋まっている形なので、ドアノブに気づかなければ、絶対に見つからない仕掛けになっている。
扉を開けると洗面所兼脱衣所があった。カーテンで仕切られている部分があったので、開けてみると一般家庭くらいの大きさの浴槽があった。大きさは少し予想外に大きかったので驚いてしまう。
「あれ? トイレはどこにあるんだ?」
シュウの中ではベッド以上に大事なので、ついついそんなことを雑巾を洗面所で洗いながら、呟いてしまう。ついて来ていないが、耳がいいためヒカミーヤとサルファの耳にも届いている。
「シュウ! トイレあったぞ!」
サルファが大きな声で言ったので、雑巾を固く絞り、乾きやすいように開けてから、慌てて飛び出す。すると、先ほどは気がつかなかったが、浴槽と洗面所がある部屋を少し真横に進むと、ドアノブがあった。今、その扉は開けられている。
だからと言って、トイレ独特の匂いがするわけではない。それに消臭剤もないのにバラの匂いがするため、不思議に思ったが、異世界だから仕方ないとも思った。
ちなみにトイレも浴槽も洗面所も全て真っ白だった。
「ここってほとんどが白なんだな」
彼が呟いた瞬間にコンコンコンとノック音が三回、部屋に響く。しかも、小さく聞こえるわけではなく、普通に聞こえる。
「お入りしてもよろしいでしょうか?」
小さいがしっかりとした少女らしい声が聞こえて来たので「どうぞ」とシュウが答えた。
ーーそれにしてもまた女の子か。普通ならヒャッホー!! ハーレムだ!! となるのだろうけど、こんなにも女性ばかりだと、少し辛いな。
彼は自虐的な笑みを浮かべながら、出入り口の扉から見える位置に移動する。しかし、なぜか入ってこないので、扉に近づいた。
そんな時に、ふと罠かもしれないと思った彼は警戒をして、扉の下から相手に見つからないように出入り口の扉の横にある壁に、慌てて背を預けながら、近づいて行く。
シュウみたいな凡人でも至る発想だったので、力がないとはいえ、魔王と勇者である二人は既に壁に背を預けている。しかも、危険があると察知してか、勉強机に置いてあったペン立てから、ハサミを取り、サルファはシュウの方に投げた。
反射神経とかも一般人よりも少し高い程度の彼は受け取れないとわかっていてか、少し離れた壁に刺さるように投げた。すぐに壁に刺さったハサミを引き抜き、刃先前に向けながら、扉に近づく。
「どうしたのですか? 入ってこないのですか?」
相手の姿が見えなければ平然と話せる彼は扉の向こう側にいる誰かに聞いた。
「それがドアノブに手が届かなくて……」
「ドアノブに手が届かない? 子供でも届きますよ」
「今のボクだと届かないのです」
「今の?」
その部分だけ気になった彼は訝しげに思いながらも、嘘じゃないと思い、ハサミを持ちながらだが扉を開けた。しかし、誰もいなかった。
「えっ?」
「下です。下」
言われた通りに下を見ると、全体的に白いフリルが付いているの黒が基調の服……俗にいうメイド服を着ている、小さな女の子がいた。いや、本当に女の子か怪しい。なぜなら、身長が十センチほどしかないからだ。さすがに意表を突かれたので、その相手をジッと見つめることになる。
少しすると、恥ずかしく思ったのか、頬を少し赤らめながら「な、何でしょうか」と聞いた。そのことでハッとした彼は慌てて、顔を逸らす。
「あの……突然で申し訳ないのですが、これをボクの口に放り込んでください」
そう言い女の子が差し出したのは、見下ろす形だと肉眼で捉えるのが難しいほどの小さな錠剤。だから、シュウは床に座って、目に見えてからそれを受け取った。
「どうして自分でしないの?」
「無魔力で飲まないと効果がないからです。あなたからは魔力を感じられませんから、あなたがピッタリだと思いました。……あっ! 無魔力というのはですね、書いて字の通り、この世界に溢れている自然エネルギーの魔力を宿していない状態のことです。体内に元からあったり、あとから宿すことができる人もいますが、この世界だと数が少ないです」
「これはどうもご親切に」
どうやら自分には魔力を操る才能がないことを知ったシュウは平然としていた。そういうことに対してのこだわりがあまりないのだ。それに無魔力でも役立つことがわかったので、シュウは錠剤を受け取る。
「はい。口開けて。あーん」
彼はついつい言ってしまったが、女の子はちゃんと「あーん」と言いながら、口を開けて錠剤を放り込まれるのを待っていた。
すぐに口の中に放り込むと役割が終わったとでも言わんばかりに彼は立ち上がる。その瞬間に女の子が白色に淡く光り始めた。
数秒後にその光が収まる。しかし、何も変化はない。そう思った瞬間に女の子は身長がグングン高くなり、十秒くらいかけると、その成長が止まった。
恐らくは160cmあるかないかくらいだ。髪は亜麻色で首の辺りまであり、毛先が少し内側にカールがかかっている。琥珀色の瞳は大きく、少しだけタレ目だ。胸はない。でも、体全体が華奢なので違和感がない。
「ありがとうございます。シュウ様。ボクの名前はPLO-03GWです」
「は、はぁ……。も、もしかして、アンドロイドですか?」
「いいえ。魔力人形です。ちなみに魔力人形とは血液の代わりに人工的に作られた魔力が流れていて、体全体から魔力が常時溢れている状況です。ちなみにこの世界製ではなく、異世界製です。
この世界の方々を最初に奴隷にした科学が異常に発展している異世界です。そのためボクたちは兵器として作られています。普通なら感情がないのですが、ボクの場合はなぜか感情があります。要するに失敗作ですね。失敗作は廃棄されるのみですから、この世界に逃げてきた所存です」
突然の情報量に少し困惑しながらも、何となくは理解した。
「その逃げた時に助けてもらったのが、ビルルさんということですか?」
「はい! ビギンス様に救っていただき、今は使用人として使ってもらっています」
ビギンスは久々に聞いたことなので、一瞬誰のことだかわからなかったが、すぐにビルルの本名だということを思い出した。
「とりあえず中に入って。色々と聞きたいから」
そう言ってPLO-03GWを部屋の中に入れた。案の定、サルファとヒカミーヤは警戒していた。




