プロローグ
あるところに、とても平和で美しい国があったそうだ。人々は皆笑顔で暮らしている、理想郷のような国だった。
しかし、その『理想郷』に響く、異変の足音を感じ取れる者はいなかった。暗く、恐ろしい何かが、少しずつ、それでいて確実に、この国に近づいてきていた。
人々がその異変に気付いた時には、もうすでに遅かった。真っ黒な雲がその国の空を覆い、禍々しい気を持った何かが、その国の中心に現れた。禍々しい気を持った魔物の足元から植物が枯れ始め、一瞬にしてこの国は死の国と化した。
突然現れた禍々しい気を持った魔物の力は、この国を滅ぼすだけでは収まらなかった。その力は周りの国にまで広がり、やがて全世界をのみこむような勢いだった。
このままでは、この国のみならず、世界が滅びてしまう…人々の心が絶望に包まれた、その時…
輝く天馬に乗った少年が、真っ暗な空の向こうから現れた。真っ暗な空のなかで、少年の姿はひときわ目立った。少年は、自分よりも遥かに大きな恐ろしい魔物を相手に勇敢に闘った。魔物と闘う少年の姿は、人々に希望を与えた。少年は一週間ずっと闘い続けた。
そして。
ついに少年は魔物にとどめをさした。空を覆っていた雲がだんだん晴れていく。人々は歓喜にわいた。世界の滅亡は避けられたのだ。
しかし、魔物は最後の力をふりしぼり、闘い続け疲れきった少年を死者の国である『ヨミの国』へと引きずり込んだ。ヨミの国に行けば最後、もう戻って来ることは出来ない。人々は悲しんだ。少年の名さえ訊くことは出来なかったのだから。
戦場となった場所には、少年の使っていた刀が残っていた。人々は戦場となった場所に、少年を讃えてほこらを作り、その中に少年の使っていた刀を安置した。自分達の為に闘った、勇敢な少年のことを忘れないように…
それはもう千年以上前の話である。
そして今、その人々の思いも裏腹に、天馬に乗った少年の話を知っている人間も少なくなっていった。しかし『ジパング』という国のどこかの、竹林の奥にある小さな村で、天馬に乗った少年の物語は語り継がれていた。
その村では、少年が闘った一週間、祭りが行われる。竹林の村の天馬祭りだ。
その村に、一人の少年がいた。少年の名は康則。人を傷付けることを嫌う、心優しい少年である。村の若者の中では、比較的目立たない方である。康則はいつも本を読んだりして過ごしていた。
年は、15から16歳といったところだ。さて、そんな康則だったが、すごい役に抜擢されていた。天馬祭りでは、伝説の少年が使った刀を村まで持ってくるのだが、その刀をほこらから持ってくるという、とても重要かつ名誉ある役だ。ほこらまでは大変危険な道のりらしい。康則は明日の出発に向け準備していた。