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猫と王女と  作者: 大熊猫大輔
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第7話 「ごめんねとありがとうと」③

「あ! あ! アードロフ! もうだめ落ちちゃう!!!」


「深呼吸をして! 頭の中に強くイメージを持って! トリア、小さな光の粒が無数に漂っているのが見えるかい!? それが”妖精”だ。彼らが自分の体の周りをぐるぐると回っている様なイメージ! そうそう!」


 トリアリスは四つん這い、まるで四足歩行の生き物の様になっている。

 窓の外、お城の外壁にある子供の肩幅ほどしかないレンガのでっぱりが壁に沿って延々続いている。

 右肩にはお城の外壁に擦れてヒリヒリとした痛みが走り、左肩はどこまでも青い空に晒されている。

 その体は金色に薄く発光している様に見え、その光がトリアリスの姿勢をサポートしている。


 そして、トリアリスの華奢な体に対しては少し大き過ぎる薄茶色の体毛の猫が右肩から背中にかけて堂々と乗っかっていた。


「アードロフ!! なんで右よりにいるの!? 私がひゅーって落ちちゃっても、自分だけは助かるように!? ずるい!」


「ちっがうよ! バランス! バランスの問題だよ! ほら進んで。もう少し行けばもっと広い屋根の上に降りられるから!」


「うーー!!」


 初めての外の世界。その冒険の物語はまさにその第一歩目、窓から出た直後に至難を極めていた。


「大丈夫! 猫は高いところも狭いところも大好きなんだ! こんな道、朝飯前さ!」


「アードロフ! 私さっき朝ごはんしっかり食べてきちゃった! だから朝飯前じゃないの!」


「落ち着いて! トリア!」


 標高の高い城の外壁に容赦なく吹きつける朝の冷たい風。

 指先が、足先が、次第にいうことを聞かなくなり、落ちたら死、という計り知れない恐怖に、思考力を奪われたトリアリスのネガティブな発言は、もう完全に的を外している。


 それでも一歩一歩、確実に歩を進めるとやがて眼下に今よりずっと広い足場が広がる。


「よし、トリア、あそこに飛び移って!」


「結構高くない? 足とか折れちゃわない?」


「今の君なら大丈夫さ、頭にしっかり”猫”をイメージするんだ」


 幾度となく聞かされたアードロフの武勇伝。その中から一つのエピソードをトリアリスは脳内の引き出しを開けて引っ張り出す。



『――崩壊する水路の街。そこに繋がる一番大きな石橋にも遂に崩壊が訪れた、僕はみんなの脱出を見届けて最後に橋を渡っていたんだ。でも間に合わなくてね。もうだめだ。このまま瓦礫と一緒に水路に落ちて沈んでしまう! ……でもそんな時、視界の隅に、下の水路を渡りきった船を見たんだ。それで――』



 トリアリスは地面に力を溜める。目的地をしっかりと見定めてタイミングを計り、一気にその体を射出する。


「ーーーー!!!!」


 地面を離れた体を無数の光の粒が追いかけて、着地の瞬間トリアリスの体はその光に守られて安全な姿勢で到着する。

 無数の光がはじけ飛び、まるで本来トリアリスが受けるはずであった衝撃を代わりに受けた様に飛散する。


「ついた……すごい」


「ね、大丈夫だったでしょ? それにしてもトリア、やはり君の”精霊力”を扱う素養は計り知れない程高い様だね」



 ――城の部屋、その窓からの脱出。その為にアードロフがトリアリスに丸一日かけて教えた”実技指導”その内容は”妖精の力の借り方”精霊力の行使だ。精霊に昇華したアードロフは以来、世界のいたる所に存在する”妖精”と呼ばれる小さな光の粒を視認できる様になる。そして彼らの特性、特徴を長年自ら観察して学ぶことで、その独自の使い方を体得している。


 そのうちの一つ”擬態”アードロフの普段のふるまい。その明らかに猫を逸脱した仕草、ともすれば、ペンを持って丁寧に文字を書き出すのではないかとさえ思えるその動きは、人間の周りを好んで浮遊する精霊を自身の周りに纏い、自身の動きに反映させているからだ。


 今回トリアリスはその逆をした。


 アードロフの周りを漂う猫を好む妖精たち、彼らをその身に纏い、猫の動きを模倣。

 跳躍や着地、狭い道幅の歩行、その姿勢確保に至るまで、精霊のサポートを受けて猫に”擬態”して、今ここに至る。


 もっとも、今のトリアリスは妖精を視認することや、まして扱うことなど出来ない。それ故、精霊力の行使にはアードロフとの接触状態の維持が必要不可欠である。


「これが妖精さん……本当にいっぱいいるのね」


 精霊としての格を持つアードロフが普段視認している世界。それが今アードロフとの接触を介してトリアリスにも見えている。

 世界中の至る所に光の粒が点在し、それが点滅したり、移動したり、風に流されたり降り注いだりと自由に漂っている。


「ここまでこれたのはいいけれど、もしかして私精霊になっちゃったってこと? なんか怖いわ」


「今はまだ、そして君に限ってはそうじゃない。でも、あんまり長いこと続けるのが良くない事は確かだね。だから急ぐよ! 出発!」




 トリアリスら王族の容姿は例外なく極めて美麗である。特に、まるで全てを射貫き、見抜く様に鋭い金色の瞳はその血が今よりずっと濃い頃は金色に光り輝き、本当に全てを見透かす力を持っていたとされている。髪の色も今よりずっと青かったとされ、まるで人間と神かなにかの混血なのではないかと畏怖の念すら抱く者もいたと文献には記されている。


 実際にトロイアートの血族がその目に写していたものは妖精の動きだった。人の周りを漂うその妖精の動きから人の心情を悟り、大気に満ちる妖精の流れから数日分の天気の推移くらいなら予測することが可能であった。天変地異の前触れに常人には見る事の出来ない妖精はその身を強く震えさせているそうだ。


 そうやってトロイアートの血族は災害を予測し、人に癒しを与え、民をまとめて国を興したとされている。


 今でこそおとぎ話として語り継がれる物語ではあるが、事実、王国トロイアートの代々の王たちには、数十年に一度ある災害や飢饉をまるで事前に察知していたかのような政策判断を下してきた実績がある。代々生まれる子供が女性である事、その血のなしてきた王国への貢献。これらが王国トロイアートが長年女王体制である所以であり、トリアリスに敷かれた徹底された管理体制の理由でもある。


 そして、トリアリスの妖精たちとの親和性は事実、人間の身には有り余るものがあった。

 妖精を視認し、使役する存在は、この世では”精霊”と呼ばれている。

 多くの魔術師が最終的に目指す到達点。そこが”精霊”である。


 王族の纏う独特の雰囲気、浮世離れしたその容姿は或いは、常人とはくらべ物にならない程濃密にその身の周りに漂う妖精たちが影響しているのかもしれない――




「ジャンプ! ジャンプ!!」


 最初の跳躍でコツを掴んだのか、もう少しも臆することなく跳躍を繰り返し、お城の数々の屋根の段差を利用してどんどん下に降りていくトリアリス。


「ほっ! やっ! やった! これでっ! 最後っ! 地面っだーー!!」


「あ! トリア! 待って! だめだっ!」


 最後の最後。あと数メートルで念願の地面。緊張の糸が切れ、待ちに待った外の世界を目前に、慎重な状況判断を怠った。

 最後の到達点は城の西門、その外側。


 トリアリスの見定めた着地点、そこに門の陰から鉄製の鎧と兜を被った門兵が現れる。


「!? どいてーー!!」


「ん? ……えっ!?」


 ――トリアリスは盛大にトロイアート城西門門兵を踏みつぶしていた。

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