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猫と王女と  作者: 大熊猫大輔
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第6話 「ごめんねとありがとうと」②

 ――窓からの脱出。それはトリアリスも幾度となく考えたことがある手段の一つだ。


 部屋中の布という布を全て結んで、大人があれほど”絶っ対に落ちてこない”と訴えるあのシャンデリアのその付け根。あそこに先端を結び付けて下に垂らせば、あるいは無事窓から地上にするすると到達できるのではないだろうか?


 窓から下を見下ろそうとしてもすぐ下に子供の横幅ほどのでっぱりがあり、幼きトリアリスが何とか窓によじ登って真下を見ようとしてもその高さを正確に確認できない。

 それだけがトリアリスの完璧な計画の不安要素だった。


 そしてその頃より更に少し手足が伸びた頃、小さな庭くらいの面積を有しているベランダに出て、外枠のフェンス越しに下を覗ける様になり、幼きトリアリスの計画した”布でするする降りる作戦”は破たんを迎えることになる。


 思っていたよりちょっと高かったかも――。


 ちょっとどころではない。

 トリアリスの部屋はお城の中央、三つある塔の内一番高いそこの、更に中央に位置している。

 ベランダから真下を見れば地表がやや霞むくらいの高さである。

 いったいどれだけの布を繋げば下まで届くのか。

 それ以前にそもそもシャンデリアを過信していたり、布の自重を計算に入れていなかったり色々指摘箇所は多いのだが。


「アードロフ……。それは私何度も考えたわ。でもね、……布が……足りないのよ」


「え? 布の話どこから出てきたの? 違うよトリア、もちろん今のままでは窓から外には出れない。だからさ”実技指導”の続きだ」


 アードロフは未だ崩さないその笑みを更に悪戯っぽく歪ませて言い放つ。

 おー! と既にアードロフの授けてくれるその”実技”の有用性と応用力の高さを身をもって知っているトリアリスは、金色の瞳を丸く、大きくして感嘆の表情。




 本来ならこの王女の隔離管理教育体制そのものを何とかしたい。しかしそこには様々なしがらみが付きまとう。現在、アードロフのこの国における正式な肩書きは王国トロイアートの内政官である。

 内政議会の場において椅子にチョコンと猫が一匹座っている絵ずらのシュールさと相まって、彼のその二百年に及ぶ半生。その体験に基づく知識は様々な政策、交渉判断において既にこの国になくてはならないものになっている。

 故にそれなりの発言権を有してはいるものの、単独の意見で王女の現状を変えるには至らない。


 それ程にこの国に置ける王族の血の存続は、他国のそれより重要な意味を持つ。


 王女の環境に異議を唱える者も中にはいるが、現状維持派の中には純粋に王女の保護を主張する層も一定数おり、その身に王族の血を宿すただ一人の王位継承者に対して必要以上に過保護になってしまうのも分かろうというものだ。


 だから現状、アードロフに出来る事。それは自分の持てる知識、経験、技をとにかくトリアリスに授けることにある。


 それがあの時あの場所で、あの涙を流すトリアリスを見て、涙を拭えぬトリアリスを見て、アードロフが、自らに課した義務である。


「それじゃ、トリアリス。これから始める”実技指導”は前回のそれとは比較にならない難易度だ。だから……スパルタでいくよ!!」


「ハイ! 先生!! 私、頑張ります!!」


 いい返事だ。

 期限は今日丸一日。明日の朝にはアムルー森林、その中央の神樹を目指して出発する。


 いつも眺めていた、眺める事しかできなかったその場所に、明日遂に旅立つのだ。

 トリアリスにとっては始めて自分の足で歩む事になる外の世界。待ち受ける苦難を想像する事すら今のトリアリスには難しい。


 期待と不安と重責。内混ぜになった感情がトリアリスの精鍛な顔つきと表情を、未だかつてない形相に歪め、明日そこから飛び出す事になる縦に長く大きな窓を、王族特有の金色の瞳で鋭く睨んでいる。


 ――ともすればそれは、まるで猫が獲物を威嚇する様な、そんな覇気を発していた。





「よしトリア、じゃあ早速明日の分の勉強の先取りだ。一時間で片付けよう」


「…………」

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