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猫と王女と  作者: 大熊猫大輔
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第5話 「ごめんねとありがとうと」①

 ――辺り一面を覆い尽くすように生い茂る木々に、正午の日差しが降り注ぐ。

 緑葉が無数に灯り、僅かに木漏れる小さな光だけが点々と地面を照らしている。


 それ故、ここは正午であるのに薄暗く、日ごろから陽当たりが悪いせいか、湿度も高いのだろう。

 汗ばんだ肌と着慣れない衣類がじっとりと張り付くような感覚を背中に感じ、トリアリスは首筋にハンカチをあててそれを拭う。


 ――我が友ヒリアここに眠る――


 トリアリスが十人手をつないで輪っかになって、ようやく囲める程の立派な幹を有するその木の樹齢はどの程だろう。

 アードロフがその木の存在を知った時点で、既に神樹として崇められていたというのだから数百年程度ではないのだろう。


 その木の根元、ひときわ大きな正午の木漏れ日が落ちるその場所に、トリアリスとアードロフは小さな棺を埋め、小さな墓石をたてる。


「こんな簡素でごめんね、本当はもっと立派なものを建ててあげたかったのだけれどもなかなかうまくいかなくて」


 儀式に必要、とのことで先日訪れた予期せぬ来客であり、どこまでも青い羽根を携える鳥であり、トリアリスのはじめての友人である鳥には”ヒリア”との名前がその死後、トリアリス・L・トロイアートの名の元に正式に与えられる事となった――。


 ――この木こそ、ヒリアが求めた死に場所であり、唯一安らげる場所だったのだろう。

 ――だからどうしてもこの場所に自分の手で埋葬したかった。


 だから頑張った。

 今回のお話しはそんな少女のちょっとした冒険のお話。



 ※ ※ ※ ※



「先生どうしたの? さっきの範囲はもう読み終えたし板書もおわったの。次は何をすればいい?」


「トリア、あまり焦る事はないよ。棺の鮮度はまだ十分保てる。僕のチカラを見くびらないでほしいな」


 薬草園での友人との別れの翌日。トリアリスは未だかつてない程に机にかじり付き勉学をこなす。

 それはひとえに唯一の友人の最後の願いを叶える為だ。

 神樹に宿って終わりたい――その願いを。


 その為にまずトリアリスがやらなければならない事。それがこの邪魔な勉強ノルマの消化である。


 幸い神樹は城の裏手の森林中央にあり、その異様な大きさと存在感は城から見ても容易に視認出来る位置にある。夜道ともなれば危ないが、昼間であればそこへ通ずる道は決して険しいものではない。城からでも王都からでも大人の足でもの半日で辿りつける場所にある。


 メリビアなどから山道を渡ってここを訪れた行商人なども、物見遊山に気軽に立ち寄ったりもする場所でもある。


 しかしトリアリスを取り巻く状況は、その場所への到着を絶望的なまでに困難なものにしていた。

 そもそもまず部屋から出られない。稀にある野外の講義を除けば簡単な執務や公務、祭事で外に出る以外トリアリスはそのほとんどの時間をこの自室で過ごす。


 もし仮にこの部屋を突破したとしても、ドアの外に控える使用人を何とかせねばいけない。その後もさまざまな障害が立ちはだかる事は、幼き日の脱走劇により経験済みだ。とてもあれをもう一度突破できる気がしない。


 とは言え周到な準備や計画を練る時間はトリアリスにはない。

 棺の中の友人はこうしている間にも刻一刻と朽ちていってしまう。そこはアードロフが何やら怪しい力でまた何とかしてくれているらしいが、それでも無期限というわけではない。


 いっそその力で全てを何とかできないものなのかとトリアリスは現状の八方塞がり感に打ちひしがれて思考を放棄しそうになる。


「あーちくしょう! いったいどうすりゃいーんだよーう!!」


「ちょっとトリア!? なに今の口調! どこで覚えてきたのさ! 汚いからやめなさい!」


 どこでもなにも、以前アードロフがお話の中で他ならぬ自分自身の発言として言っている。

 子供が大人の言いつけや躾でなく、背中をみて育つ典型だ。


 これが自分にだけ影響する普段の勉強なら、どんな手を使っても状況を先送りにする方策を練るトリアリスだが、今回ばかりはそうもいかない。


 だってあの青い羽が美しかった彼女は自分のせいで望みを叶えることが出来なかったのだから。

 そもそも出会っていなければ、この部屋で足止めをくらっていなければ、彼女は何とか自力で神樹に到着できたかもしれない。


 そうでなくとも、彼女は友達になってくれないか? というその問いかけに対する律儀な返事を自身の最期より優先してしまうほど優しく、それ故彼女の望みはついえてしまったのだ。ならば私には責任がある。彼女の最期の望みを、悲願を、成し遂げる義務がある。



 トリアリスは生まれながらにして大きな責任と義務を負ってきた。その勤めを理解し、周囲の期待に応えてきた。しかしそれはどんなに大きくとも与えられた責任だ。与えられた義務だ。


 だから今回、彼女は生まれて始めて自ら望んで責任を負い義務を課した。

 重い――。

 責任とは、義務とは、淡々とこなすものだったはずだ……。

 与えられているからこなし、自身の能力を示すことで完結するもの。


 でも、これは……。


 命の重みを伴う責任の自覚。それはまだ齢十三の、華奢な体躯に伸びしろを損分に残した少女の体にも心にも大きな負担となってのしかかり、冷静な判断力や行動力を奪ってゆく。


 そんなトリアリスの苦悩を知ってか知らずか、アードロフはいつの間にかペンを持ったままいつもの勉強机にその広い額をひたりとつけて動かなくなってしまったトリアリスの背中に慈愛に満ちた視線を向けている。



「しょーがないなー。特別だ。今回も僕が力を貸してあげようかな?」


『ありがとう。アードロフ。でも、今回こそはあなたでももう無理よ。私いっぱい考えたもの。でもどうにもならないわ……。だってお部屋から出るにはドアを抜けなければならないもの。でも扉の向こうにはマリアとサテラが控えていて。それに知ってる? あの二人たまに怒ると本当に怖いのよ。アードロフはきっと泣いちゃうくらい。足もとっても速いの』


「え、そうなの? ……じゃない。なら彼女らにばれない様にこの部屋からでればいい」


「そんなことができるの? どうやって?」


『簡単さ、扉を封じられているのなら”こっち”から出ればいい』


 トテトテと歩を進めると後を追うように鈴の音が鳴る。

 そして鈴の音がひときわ大きく一回シャンと鳴り響くとアードロフの体は地面を離れる。

 格好良くひと息で飛んだつもりがやはり危なっかしく目的地に到着し、それでもそんな事は気にしない様子で悪戯っぽくニタリと口角を引きつってアードロフは悪い笑顔を浮かべている。


「え…… まさか……」


「そう。窓からさ 」


 

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