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プロローグ

 アニエラ・サントーニというやつは実に破天荒な少女で、郭興にとってそのアニエラとの記憶は概ね爆発から始まっていた。


 海陰県斉家村の丁一家が秘伝の妖術書を持っているという話が入り、知州事・王真景が提出命令を発したところ、丁氏は

「そのような妖術書を持ってはおりません」

 の一点張りであったので、王真景は直属の勇士に保全命令を下したのであるが、保全と言えば穏便に聞こえるものの、その実、力づくで奪ってよろしい、という全く穏便ではない命令であった。ただ、正面から殴り込みをかけて奪うのではなく、夜中に忍び込んで盗み出すという点ではいくらか穏便と言えなくもなかったが、保全命令を下された当の郭興にとって、侠客を十人以上揃える丁一家に一人で忍び込むという命令は心が乱れること以外の何物でもなかった。

 しかし、下された以上は命令に従う他ないため、新月の日を選んで丁一家の屋敷に忍び込んだのである。

 塀を越え、屋根伝いに蔵へと移り、天切りの秘技を使って蔵の内部へと侵入し、妖術書が収められているであろうと思われる葛篭を見付けたまでは順調であった。

――どうやら丁一家の侠客達とやり合わなくても済みそうだ。

 そう安堵して葛篭に手を掛けた時、全く予期せぬ事態に見舞われた。

 壁が、爆発したのである。

 想像を絶することであったため、一瞬何が起きたのかすら分からない程に呆然としていた。これが侠客の仕業であったなら討ち取られていただろう。しかし、犯人は侠客ではなかった。

 爆発により壁が吹き飛び、夜の濃紺が直接目に飛び込んでくる。その濃紺の中に人がいた。ひらひらとしたレエスの装飾がそこらかしこに散りばめられた淡い藍色の装束、黒いマントに手袋、ニイソックスといういでたちで、これが諸外国の書物に見るところの魔女かとも思ったが、ただ魔女と言えば老女を想像するところ、この目の前にいる魔女らしき者はその真逆で、実に可憐な少女であった。長い銀髪が夜風に靡き、暗闇の中に浮かぶ眼光は黄金色であり、異人の子であろうと思われた。小柄な身体からしても、齢十五を越えてはいまい。

「おっと、先客がいたみたいだね。でもその魔法書はボクのものだよ」

 郭興の存在は少女にとっても意外であったらしい。郭興は、状況が読めないために次の一手を選びきれず、ただ葛篭を抱えてまま固まっていた。

「曲者だ! 出会え! 出会えい!」

 すると、屋敷の方から野太い声がいつくも聞こえ始め、郭興の思考は柔軟性を持ち始めた。

 郭興は葛篭から妖術書を抜き取ると、葛篭を元に戻すと同時に別の葛篭を開けてその中身も抜き取った。こちらは葛篭をそのままにしておく。

「わわっ、ど、どうしよう!?」

 少女は急に狼狽し始める。あれ程見事に爆破しておいて、この事態を想定しなかったというのはあまりにもお粗末なこと。それがある意味で毒気を抜いてくれたのかもしれない。郭興は妖術書を懐に収めつつ、少女を小脇に抱えると、少女の穿った穴から蔵を抜け出した。

 周囲を見回すと、武芸自慢の侠客達が何人も蔵に向かって来ているのが分かった。

 郭興は裏手門付近に場所を定めて駆け始める。しかし、小脇に少女を抱えて走るのであるから逃げ切れるわけもない。

――何人かとは切り結んで退けなければならないな。

 とは思うものの、本来であれば刃を交えずとも済んだ相手である。実に割りの合わない“偶然”の出来事であった。

 郭興は少女を下ろすと、少女を背に匿いつつ知州事から頂戴した宝刀をやおら抜いて構えると、右に左にと鋭い眼光を飛ばして牽制する。

 眼前には三人。まず右に一太刀浴びせると、返す刀で左の足を薙ぎ、振り向き様に中央の右肩を突いて手負わす。遠くより放たれた弾弓の球を認めると、刀で打ち落して身構えるも、状況の悪さを一目で理解し、冷や汗ばかりが流れていく。屋敷の角より次々と精悍な男の群れが現れ、これはいかんな、と諦めかけたその時である。

 地面が、派手に、弾けた。

 突風と衝撃と爆音とが同時に襲いかかってきたが、それは郭興に向けられたものではなかった。

「よ、妖術使いか!?」

 侠客達は一斉に屋敷の壁や大岩の影に退避し、顔だけを出してこちら……の少し後ろ辺りを見遣っている。

 郭興は振り向くと、そこには少女が何やら青い妖気を薄く纏いながら立っている姿があった。

――なるほど、先程の爆発といい、本物の妖術使いか。

 普通に考えれば、この調子でいくらか妖術を使えば逃げ切るのも難しくはないなという目算が立つところであるが、

「つ、次どうしよっ!?」

 という少女の動揺が、普通の考えを打ち払わなければならなくさせていた。

「なんだなんだ、妖術使ってこねぇぞ」

 侠客達も妖術の次弾がなかなかこないことに気付くと、再びわらわらと物陰から現れて一斉に襲いかかろうかという構えを見せ始めた。

 幸いなことに、まだ距離がある。郭興が一瞬前に走り出すと、侠客達はそれを見て一歩後ずさる。すると、郭興はすぐに背を向けて逆に走り出した。少女を再び小脇に抱えると、塀際まで走り、勢いそのままに大岩に足を掛けて一息に越えると、後は暗い夜道を駆けに駆けたのである。

 小脇に抱えていた少女は、逃げる当初は借りてきた猫の如くであったが、上手く逃げ切ったかと思う頃合になるとジタバタし始めた。

「ボクがキミのことを助けてあげたんだから、その魔法書はボクのものだよっ!」

「小脇に抱えられながら逃げているくせに大層な口を利く。第一お前が派手なことをしなければ侠客達とやり合わなくても済んだんだ。こちらはいいとばっちりだ」

 ぐうの音も出ないのか、うー、だの、あー、だの言いつつ暴れ出す。あまりに鬱陶しくなったため、手近な草叢を見付けると、その中に放り込んだ。

「なにするんだよ!」

「もう十分だろう。あとは自分の足で逃げることだな」

 郭興はそう言うと、草叢を離れてすぐに走り出した。草叢の方角から罵詈雑言が飛んでいるようであるが、聞き取れないために問題はない。聞き取ったところで子供のそれであるから聞こえない振りをしておけばよいのである。

 しかし、夜道を走る傍ら、郭興は、偶にはこういうドタバタも悪くはないな、と思う自分がいることに気が付いた。とはいえ、まさかそれが日常になろうとは、当の郭興も想像していないことであった。


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