干支達の夢 その五b 【辰五郎のリュウ】
干支に関するショートショートです。今回は竜 その2 です。辰五郎爺さんが死んだ処からのお話です。量はほぼ葉書一枚分。一分間だけ時間を下さい。
辰五郎のじいさんが死んだ。いつもの様に銭湯帰りに立ち飲み屋
で一杯やって、いいこんころもちのまんま、自分のアパートの部屋
で眠る様に倒れたって。
「辰の野郎、ずるいじゃねえか。あの顔見てみろよ、笑ってるみて
えだ」
辰じいのつれ、隣の部屋の寅じいが泣き笑いの様な顔でそう言っ
た。
通夜も葬儀もいらねえや、寅じいの一言で直葬という事になった。
遺体を直接火葬場に持っていって、そこで火葬にしてチョン! ま
あ、誰も身寄りが無い辰じいにしてみたら、それでも出来すぎだ。
町内会の俺達は別にしても、予想に反して集まった人は多かった。
クロのダブルにサングラス、いわゆるそっちの人達が多いのにも驚
いた。
「あんちゃん、今日はご苦労だな」
見るからに親分らしき貫禄のクロダブルが俺に笑いかけた。
「はぁ……」
この際だ、聞いちまおう、俺は好奇心を投げかけた。
「あの、辰じいはもんもんも中途半端なはんちく野郎だって話です
が……」
「馬鹿野郎! 辰の兄貴はそれは勇敢なお人だったんだぞ。今組を
張ってる奴らはみんな兄貴の世話になってらぁ」
意外な言葉に俺は無口になった。
「あの背中のもんもんな」
「はぁ」
辰じいの背中には肝心な竜がいない。辰じいはいつも笑ってた。
『途中でおっかなくなってよ、やめたんさ』って。
「あのお人は、願をかけたんだ。女房を助ける為にな」
「え?」
話によると、辰じいの奥さんが病気になって、一番大切なものを
差し出すから助けてくれと願掛けをしたらしい。
「それが背中の……」
「立派な昇り竜を消したんだと。随分金も時間も掛かったって話だ
が」
「で? どうなったんです? 」
「それが余命宣告を5年も延ばしたんだそうだ」
「おーい! 火が入るぞ」立ち飲み屋のケンさんが俺を呼びに来た。
外に出ると真っ青な空にぼんやりと煙が立ち昇っている。辰じい
が今あの煙になって……そう思うと少し鼻の奥が痛くなった。
「あれ? おかしいな」
火葬場の職員達が煙を見上げて話している。
最近の火葬では煙は殆んど出ないものらしい。
ああ、そうか、と俺は思った。あの煙は、辰じいの竜なんだ。
職員達が慌しく動き始めるのと同時に、真っ白な煙が一際大きな
竜の形となって空へと昇っていった。
「辰じい、そっちの世界でも奥さんと仲良くな」
青空と竜か。悪いモンでもねえな。柄にも無くそう思って煙草
に火をつけたが、辰じいに笑われそうで、消した。
最近は火葬場もなるべく煙を出さないようになっているんですね。これも住宅事情のなせるわざかと……なるほどと思うと同時に少し淋しい気もします。